「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」
俺はお決まりのセリフを吐く。
うなだれる男の後ろに並ぶ三つの棺桶もどことなくしょんぼりしているように見えた。
「では蘇生費として寄付のご協力を。銀貨四枚になります」
男はいかにも軽そうな財布から銀貨を取り出し祭壇の上に置く。
そしてしょんぼりした顔のままボソボソと口を開いた
「あの、仲間の蘇生もお願いして良いですか?」
「もちろんです。誰からにしましょう」
すると男は近くの棺を指さした。
俺は棺の蓋を少し開け、中身を確認する。
「分かりました。この方を蘇生するなら銀貨四十枚の寄付を」
「はい…………はい!?」
「はい?」
「あの、聞き間違いでしょうか。四十って……」
「四十枚で間違いありませんよ。蘇生費はその方の実力によって決まりますので」
「そ、そんな……じゃあこっちは……?」
男は震える手で次々と棺桶を指さす。その度に俺は棺桶を少し開けて蘇生にかかる金額を伝える。
男は体の震えをどんどん激しくさせていく。
最終的に男の震えはもはや痙攣と呼べるものになった。
「は……払えません。払えるわけがない」
「では寄付金を用意できたらまたいらしてください」
「そんな!! 俺は見ての通り新人なんです。それも弓使いなんです! どうやってそんな莫大な金を稼げと!?」
「弓使いが金を稼げないなんてことはないでしょう。武器のせいにするのはやめなさい」
「無理ですよ……戦士みたいに巨大な敵を倒すこともできないし、魔法使いみたいに器用でもない。どうしてよりによって俺を蘇生させたんです」
「先頭にいたので」
「そんな理由で……」
男は頭を抱える。
「俺一人でこれからどうすれば。強い魔物は倒せません。後衛職ですし」
「なら自分で倒せる範囲の魔物をコツコツチクチク倒してお金を稼ぎなさい。小さな魔物でも、肉を売ればそこそこの稼ぎになるはずです」
「……分かりました。棺桶置いてって良いですか」
なるほど。確かに棺桶を連れての旅は大変だろう。
俺は即答した。
「ダメです。連れていきなさい」
「必ず戻りますから! それじゃ!」
男はさっきまで死んでいたとは思えないほどの素早い動きで逃げていく。
そのあとを、同じく凄まじい速さで棺桶がついていく。
男はすぐに戻ってきた。
「なんですかこれ……棺桶がストーキングしてくるんですが……」
「神は仲間を見捨てる事を許しません」
「こんなの呪いじゃないですか」
そうだよ?
だいたい細切れにされても教会で蘇らされるって呪い以外の何物でもないだろ。
死んでる暇があったら馬車馬のごとく働いて魔物を倒せっていう神の声が聞こえてくるぜ。
とは言えないので、俺は神官スマイルでその場を乗り切った。
*****
それから数日後。
酷い腐臭を漂わせながら奴……いや、奴らはやってきた。
「使います?」
差し出した消臭スプレーを男は受け取らなかった。
鼻がイカれてしまっているのだろうか。
「神官様に言われた通り狩りをやってみたんですが、これが大当たりで。棺桶があると獲物が寄ってくるんです」
「なるほど、魔物好みの腐臭なのでしょうか。では蘇生費もそろそろ集まりましたかな?」
「いえ、実は弓が壊れてしまったので新調しまして……」
男は背負った弓を誇らしげに見せつける。
彼には不釣り合いとも思える無駄に豪華な弓がギラギラと輝く。
「なぜそんな弓を。それを買わなければ一人ぐらい蘇生できたでしょうに」
「メンバーが生きてたら止められますもん。いっつも俺の武器は後回しなんだから。とにかく稼ぐ手段は確立できたので、仲間を復活させる日もそう遠くありませんよ」
「じゃあ今日は何をしに来たんです? 毒の治療ですか? 呪いの解除?」
「いえ。棺桶から変な汁が漏れてきたので、助けてください」
なるほど、それはお困りだろう。
俺は即答した。
「嫌です」
すると男は地面に膝をつき、俺の脚に縋りつく。
「お願いですぅ。これのせいで宿屋への宿泊も断られるんですぅ」
見ると、男の通ってきた道筋をなぞるようにテカテカした粘液が続いている。
まるでナメクジだ。
クソが。またカーペットが汚れてしまった。いっそビニール製にしようか。
とにかく、ここでタダ働きをするわけにはいかない。
ただでさえ多い俺の仕事に棺桶修理まで追加するわけにはいかないからな。
俺は神官スマイルを携えて言った。
「神のお与えになった試練です。たまには夜風を感じながら眠るのも良いでしょう」
*****
それから数か月後。
妙にフローラルな匂いを漂わせながら、男が尋ねてきた。
「なんか雰囲気変わりました?」
後ろに三つの棺がくっついている事は変わりないが、服装や髪型が妙に垢抜けている。
服も真新しく、どことなく金の匂いがしてくる。
「実はレストランの経営をはじめまして」
「れすとらん……」
思いもよらぬ単語に頭が追い付かない。
だって後ろに棺桶引き連れた男からそんな言葉が出るとは思わないじゃないか。
「棺桶のせいで宿屋に泊まれないので、家を作ったんです。ついでに狩った魔物の肉を料理して売ってみたら、これが意外にウケて」
「そうですか……では、今日こそお仲間の蘇生に?」
しかし男はまたもや首を横に振る。
「さすがにもう蘇生費あるでしょう!!」
「まだ足りません。もっともっとビッグになって、こいつらを驚かせたいんです。それに……」
男は外に向かって手招きをする。
駆け足で飛び込んできたのは、フリルのついたエプロンを付けた少女だ。
男は彼女の肩を抱いて、誇らしげに胸を張る。
「妻です。彼女を連れて旅をするわけにはいきませんから」
「おお……もう勇者やめれば良いのでは……?」
「食材の調達のため魔物との戦闘は続けてますし、勇者としての責務もしっかり果たしています。しばらくは二足の草鞋を続けるつもりです。そうだ、今度レストランに来てください。サービスしますよ」
それ以来、彼は教会には来ていない。
だから詳しい事は分からない。だが風の噂で、彼に子供ができたと聞いた。
今や彼の後ろには三つの棺桶だけではなく家族とレストランの従業員がくっついているのだ。
彼と、彼の後ろに並んでいる者に幸あれ。
そして腐乱死体の入った箱を三つもくっつけている男が飲食店を経営できるこの狂った世に災いあれ。