「うわぁ……」
俺は頭を抱える。
損傷の激しい勇者が転送されてきた時に受けるのがフィジカルダメージだとすると、これはメンタルダメージに相当するだろう。
祭壇の前に転がってるのは、頭のてっぺんからつま先まで人工的なパステルカラーで纏めた女。名をリエールという。
本当に冒険をしているのか疑いたくなるほど派手な格好だが、彼女の実力は本物だ。
しかし今、彼女の薄ピンク色のワンピースは真っ赤な血に染まり、腹には大穴が開いている。
「チッ……仕方ねぇな」
フリルに縁どられたワンピースにハサミを入れる。
傷口を露出させるため切り裂いたワンピースを開き、そしてすぐに閉じた。
「……………………」
呼吸を整え、頭を整理する。
見間違えかな?
そうだ、そうに違いない。
もう一度切ったワンピースを開く。
そして閉じる。
不毛な動作を数度繰り返した後、俺は観念してそれを直視した。
彼女の白く柔らかい肌には致命的な大きさの穴が開いている。
それは良い。想定内だ。むしろ傷もないのに教会に送られてくる勇者の方が少ないのだから。
問題は、腹に刻まれた致命的ではないほうの傷である。
『ダ イ ス キ ! 私 ヲ プ レ ゼ ン ト』
なんだこれ……ナイフか何かで刻んだのか?
ご丁寧に水色のリボンで亀甲縛りまでしてやがる。なんておぞましいラッピングだ。神も泣いてるぜ。
*****
リエールと会ったのは数か月前。
当時パーティを組んでいたヤツは、他のメンバーと共に外傷の少ない優秀な死体として何食わぬ顔で我が教会の床に転送されてきた。
俺は慣例に従い、先頭にいたリエールの体の修復と蘇生を行った。
今思えば、この判断は大きな失敗だったと言わざるを得ない。
「仲間の蘇生も行いますか?」
いつものように尋ねると、リエールは静かに首を振った。
彼女はおもむろに棺を開け放ち、死んだ仲間に魔法をかける。
赤い髪、青い髪、黄色い髪をした勇者たちが、それぞれ棺桶から這い出るように立ち上がった。
俺は彼女が蘇生魔法を使ったのだと思った。繊細な技術と莫大な精神力が求められるとはいえ、蘇生できるのはなにも神官だけではない。
しかし棺から出てきた彼らは紛れもなく死んでいた。
後から知ったことだが、リエールはテイマーであった。
自分の持てる技術を惜しみなく発揮し、彼女は仲間の死体を使役したのである。
勇者のくせにネクロマンサーはマズイ。
というか神を冒涜するような技をよくもまぁ神官の前で行えたものである。
あまり厄介ごとに首を突っ込みたくはない俺だが、これをスルーすれば神官として……いや人として終わる。
俺は口を開いた。
「そ……それはダメですよ。あの、すれ違った人がビックリするし。その、衛生的にもよくない」
経験したことのない想定外のトラブルにかち合った時、人はクソみたいなセリフしか出ないことがある。
「分かった」
とはいえ、俺のクソみたいな説得により彼女は案外アッサリと魔法を解いた。
「テメーよくも!!」
有無をいわさず急ピッチで蘇生させた哀れな勇者たちは、今度こそ生きて棺を出るなり口々にリエールを罵った。
自分の死体を好き勝手に操られたらそりゃ怒るよな……と考えかけてハッとする。死体になっている最中の記憶など彼らにはない。
今にも彼女に掴みかかろうとする男たちを俺はなんとか宥めすかし、彼らに尋ねてみる。
「勇者同士が神の御前で争い合うのはおやめなさい。一体なにがあったのですか」
赤髪の勇者が声を上げた。
「こいつが! こいつが俺らを殺したんだ」
血気盛んな勇者たちだ。
未熟な勇者たちは時にそういった言葉で足を引っ張った仲間を苛烈に非難するのだ。
「この女、俺らの泊まった宿屋の前にアリ地獄召喚しやがったんです。みんなで落ちて死にました」
なにその地獄の落とし穴。
血気盛んだとばかり思い込んでいた勇者たちが急に聖人君子に見えてくる。
俺が君たちなら四の五の言わずこの女棺桶に閉じ込めて埋葬しちゃうね。
いや、いかんいかん。神官たるもの物事を一つの角度から見てはいけない。多角的な視点が重要なのだ。
どう考えても狂人にしか見えない彼女の凶行にも、深い訳があったりするのではないか。
実は仲間たちに乱暴されていたとか、実は仲間たちの一人が親の敵だったとか、あるいはより強大かつ邪悪な敵から逃れるため緊急避難的にあえて全滅したとか。
のっぴきならない理由があるなら教会の外の酒場か何かで四人で話し合ってもらい、彼女が身勝手な理由で凶行に走ったのなら教会の外の森か何かで死なない程度に殺し合うといい。
殺すと教会に戻ってきちゃうからね。俺の仕事は増やさないでね。
「いったいどうしてこんな事をしたんです?」
事態を鎮静化させるためにも、取り敢えずリエールにそう尋ねる。
すると彼女は表情を変えず言った。
「みんな優しいから、ずっと側に置いときたかったの」
沈静化はしなかったが、とりあえず静かにはなった。
*****
当然パーティは解散。
いや、正式に解散したかは知らないけど、少なくともあれからカラフルな頭髪をした仲間の勇者たちの顔は見ていない。
あの悲しい事件以来、彼女はたびたび教会へ転送されてきては体を使った全力のラブコールを送ってくる。
なにかフラグを立ててしまっただろうか。
いや、俺は彼女と事務的な会話しかしていない。触らぬ神に祟りなし。俺は不用意な発言を控えた。
しかし時として災いは向こうからやって来る。
勇者は自分の意思で彼女との接触を断つことができるが、神官はそうはいかない。籠の中の鳥だ。やって来る死体を受け入れるしかない。
それがバラバラ死体だろうと、腹に病み切ったメッセージを刻んでくるイカレ女だろうと。
だが神官だって全力の抵抗をさせてもらう。
俺は蘇生費の請求書を祭壇の上に置く。
蘇生させてから意識を取り戻すまでに少しタイムラグがあるのだ。その隙に身を隠す。
腹に刻まれた傷の回復はサービスだ。
じゃあな!!
駆け出した俺は、女から数メートルも離れられぬまま血の匂いのしみ込んだカーペットに倒れこんだ。
運動不足は否定しないが、何もないところで転ぶような天然神官で売っていこうという気はさらさらない。
俺は足を見る。
思わずつぶやいた。
「ふわふわ……」
俺の脚に絡みついているのは、おぞましきパステルカラーの毛玉三匹。赤いのと、青いのと、黄色いの。
ぬいぐるみか?
いや、精霊だ!
くそっ、やられた!
意識を取り戻すより早く、使役した精霊に俺の脚止めをさせたのだ。
パッチリおめめのカワイイぬいぐるみが今は悪魔に見えるぜ。
うわっ、脚を這いあがってくる! 何する気だ、おぞましいケダモノめ!
『……タスケテ』
えっ?
『タスケテ、タスケテ』
『モドシテ、モドシテ』
『ニンゲンニ、モドシテ』
つぶらなおめめが訴えかけるように俺を見る。
この声、この派手なカラーリング…………
「まさか」
全身の毛がぞわぞわと逆立つ。
しかし思考が深いところにまで到達するより早く、棺の軋む音で我に返る。
何かが俺の手を掴んだ。
振り返った俺の視界が、パステルカラーに染まる。
「つかまえた」