市場ってのは良いもんだよな。
立ち並ぶ露店。様々なものが雑多に並べられ、ジャンルを問わない色々なアイテムを一挙に視界に収めることができる。まるでおもちゃ箱のようだ。
まぁ土地柄、並んでいるのは武器や防具などの物騒なものが多いが。
いや、待て。ブドウが売ってるぞ。でも皮を剥くのが面倒なんだよなぁ。おっ、ブドウジュースがあるな。こっちにしとくか。
「ちょっと待っててください。買ってきます」
「いや、なんでお前が着いてきてんだよ!」
グラムが怪訝な表情を俺に向ける。
ヤツのことはどうでも良い。心底どうでも良い。今ここでヤツの首がゴロリと落ちたとしてもきっと俺はシカトして葡萄ジュース買いに行く。
問題はヤツの小汚い手を握ったルビベルである。市場が珍しいのだろう。宝石のような輝きを湛える瞳を忙しなく巡らせている。
「あなたのような危険人物が幼女を連れて歩いているなんてゾッとします。監視しないと」
「どうせ仕事したくないだけだろ」
「あっ、見てください。服ですよ。これならルビベルでも着れるのでは?」
俺はグラムの言葉を無視し、籠いっぱいに入った服の中から一枚のシャツを取り出す。
ここは勇者の街。市場に子供服などないが、これならワンピースとして着れなくもない。
「うわー!」
奴隷として生きてきたのだ。真新しい白いシャツなど、これまで着る機会が無かったのかもしれない。
ルビベルが目を輝かせながらシャツを手に取る。
「すごーい、ペラペラ! これ、なんの生地でできてるの? こんなゴワゴワしたお洋服初めて」
俺はルビベルの手から素早くシャツを取り上げ、籠に戻しそそくさと店を離れる。
そうだ。忘れていた。奴隷ってのには二種類いるんだ。労働者としての奴隷と、愛玩奴隷。奴隷の全てが酷い生活をしているなんてとんでもない。金持ちの犬が普通の人家より大きな犬小屋に住んでいるのと同じように、金持ちの奴隷は俺たちには想像できない生活を送っている者もいると聞く。
店主の鋭い視線が背中に突き刺さるようだ。俺はグラムに耳打ちする。
「……あなた、ちゃんとお金もってるんですか?」
「まぁな」
視線を落とすグラム。おや?
俺はグインと首を曲げて強引にグラムと視線を合わせる。
「……また誰かを洞窟に連れ込んで追い剥ぎでもしたのですか」
「ちっげーよ! 自分で稼いだんだ」
グラムはそう言って麻の袋から煌めく金貨を取り出す。
とりあえず血の染みはないようだ。だが、疑問が解決したわけではない。
「ふうん? あれ、おかしいですね……戦闘には行ってないって言ってたじゃないですか。じゃあどこでなにしてその金貨を手に入れたのですか?」
グラムは追及を逃れるように俺から顔をそむける。
俺はシャカシャカとカニ歩きして強引にヤツと視線を合わせた。
「分かってるんですよォ。しばらく教会を離れたおかげで、鼻が敏感になってるんです。匂います、匂いますよ。血の匂いです」
「気持ち悪いな。やめろ。分かった、言うから! その目やめろよ! ……バイトしてんだ」
「なんの冗談ですか。アル中に片足突っ込んだチンピラ勇者がバイトぉ? だいたい血の匂いのするバイトってなんですか。ルビベルにまで血の匂いがついてましたよ」
「レストランだよ。勇者がオーナーやってる、三匹の小棺ってとこだ。有名だろ」
げっ、あの堂々と腐乱死体を引き連れて飲食店やってる不届き者のとこか。
あそこは狩った魔物をさばいて料理するからな。血の匂いの説明もつくか。
「不法な金でないなら、安心して貰えますね」
「えっ……おい、俺の!」
俺はグラムから掠め取った金貨を手の中で転がす。
「蘇生費の支払いが滞ってるじゃないですか。そろそろ返済していただかないと。さぁルビベル。資金は十分です。神官さんがなんでもほしいものを買ってあげますよ」
「なにがしたいんだテメー……」
ルビベルは目を輝かせながら市場を回る。
彼女はある店の前で足を止めた。
「これ! ルビベル、これが欲しいな」
「えっ……これですか?」
「うん、お兄ちゃんとお揃い」
ルビベルが指さしたのは洋服でも花でもお菓子でもアクセサリーでもなく、刃煌めく斧である。
しかもゴッツイバトルアックスだ。試しに手に取ってみようとして、止めた。重い。無理に持つと腰を痛めそうだ。
俺は辺りを見回す。
くそっ、ここじゃあ子供のおもちゃも満足に売ってねぇ。
子供が武器に憧れる気持ちも分からないではないが斧はないだろ斧は。
やっぱグラムはダメだ。ヤツの存在がルビベルに悪影響を与える。
「……まぁ物騒ですから、護身用兼料理用にナイフくらいは持っていても良いかもしれませんね。ほら、これなんてどうです。キラキラですよ」
俺は細かく美しい透かしの入ったナイフを手に取る。小ぶりだが、ルビベルの手には丁度良いだろう。
ルビベルも気に入ったようだ。
「うわぁ、綺麗。これ何でできてるの? 銀じゃなーい!」
「そうですよぉ、銀はすぐ錆びるからこっちの方が良いんですよぉ。すみません、これくださ……おやぁ?」
店主の顔。見覚えがある。
この前、拷問を受けて勇者廃業宣言をしながら教会から逃げ出した勇者だ。
なんだ、思ったより早い再会だったな。
俺は素早く神官スマイルを装備する。
「またお会いしましたねぇ。いけませんよぉ。蘇生費のお支払いがまだでしたよねぇ?」
「えっと、そうでしたっけ?」
店主は人差し指で頬を掻きながらあらぬ方向へ視線を向ける。
俺は機敏な動きで店主の前に回り込み、強引に視線を合わせる。
「まだ勇者はやめてないじゃないですか」
「今にやめますよ。ハロワ神殿に行くのだって手間と金がかかるし、今は混雑しているらしいので。しばらくはここで露天商でもしてます。目利きには自信があるんですよ」
「ふーん? ま、このナイフは蘇生費としてもらっておきますね」
俺はルビベルにナイフを手渡す。
「わーい! ありがとう神官さん!」
「ははは、振り回してはいけませんよ」
嬉々とするルビベルを見下ろし、店主は眉間に皺を寄せる。
「えっ、容赦ないなぁ……俺の死体見てるでしょ? あんな状態にされた俺に、もう少し優しくできないんですか?」
「ええ。あなたが二度とあのような目に合わないよう祈りましょう。神のご加護があらんことを。でもそれとこれとは別です」
「ちぇっ。お優しい神官さんだな」
蘇生費を払うのがそんなに不服だったのか。店主は口を尖らせながらグチグチと文句を言う。
「まったくひどい目にあった。とんでもねぇとこだな、この街は。油断も隙もねぇ。街中ですら安全じゃねぇし」
「なんです。他の勇者に絡まれでもしました?」
「ちげぇよ。拷問だよ。路地裏で急に捕まったんだ」
「……なるほど、そのパターンでしたか」
拷問事件の被害者のほとんどが魔物との戦闘の末行動不能にさせられてから被害にあっている。
しかし何件か魔物との戦闘を経ず、街中での奇襲の末に突然拷問を受けるケースも見られた。今回がまさにそれだろう。
「犯人の顔は見ました?」
「分かんねーよ。まず目をえぐられたから」
「なにか取られたものは?」
「いや、命以外は」
やはりそうか。他のケースと同じだ。
物取りじゃない。まぁ当然ではある。物取りならわざわざ拷問までする必要はない。
拷問すること自体が目的だとすると……魔物が街に潜んでいる?
無い話じゃないか。勇者は入れ替わりが激しい。一つの街にとどまらず旅を続ける者だっている。同じパーティでもなければ、勇者同士の関係など希薄だ。
仮に魔物が潜んでいると仮定して……そんなのどうやって見つければ良い?
というか、もし本当にこの街に魔物がいるなら俺たち一般人がヤバいのでは? 勇者は蘇生できるが、俺らは死んだらそれっきりだ。
「……ん? あれ、ルビベル?」
辺りを見回す。
人混みに紛れて、遠くにグラムの頭が見える。足早に遠ざかっていく。
くそっ、あいつルビベル連れて俺のこと撒きやがったな!
まぁ良い。たった今俺にも用ができた。
俺は市場を颯爽と駆け抜ける。街に魔物が潜んでいるなら、街に出なきゃいい。
こうしちゃいられねぇ、食料を買いこまねば。
あの血生臭ぇ教会で籠城だ!!
餅は餅屋。魔物のことは勇者に任せるぜ。
俺は葡萄ジュースの樽を背負いこみ、ポテチを抱えて風のように走るのだった。