勇者たちだってアホではない。
向こうが拷問をしてくると分かっているなら、それなりの対策をする。
楽に死なせてくれないのなら、自分でさっさと死ねば良い。
早い話が自殺である。
最近じゃちょっと劣勢になると勇者たちはすぐ自殺しやがる。おかげで俺は蘇生作業にてんてこ舞い。無計画な自殺による蘇生破産が相次ぎ、巷には棺桶を引き連れたパンイチ勇者が跋扈している有様。
もうね、世も末ですよ。
騎士は敵に捕らえられて生き恥を晒すくらいなら戦場で死ねと教えられるらしい。女騎士の“クッ、コロセ”という鳴き声はあまりに有名。騎士候補の女児は「パパ」「ママ」より先にその言葉を口にするという。
しかし悲しいかな。勇者は死んでも生きても恥を晒す。
「いやぁ、ビックリ。まさかトゲトゲ爆発フグに毒があるとは」
ニコニコしたカタリナが物騒な名前をサラリと口にする。
なぜそんな危険物のアソートみたいな名前の魔物を食べようと思ったのか。
俺の疑問を察したのか、彼女は言い訳がましく言う。
「味は良かったんですよ。私が食べてなんともなかったので、みんなにも振舞ったんです」
遅効性の毒か。
パーティでフグ鍋をつつき、仲良く全滅。
勇者たちはアホではないと言ったが、この勇者御一行に関してのみ言えばアホである。
「まったく、この忙しい時に。なんですあの酷い死に様は。拷問を受けた勇者の死体の方がまだ小綺麗でしたよ。フグのように体が膨れ、圧力で眼球は飛び出し体の穴という穴から血を流し、全身殴られたような青紫色に染まり……私じゃなければ卒倒するところです。ねぇオリヴィエ」
「はい。卒倒しました……」
たまたま先頭にいたがために最初に蘇生させられ仲間の死体を目にしてしまった哀れなオリヴィエ君は未だに水死体のような顔色をしている。
彼は顔を覆い、ふうと息を吐く。
「でも味は良かった」
お前もか。
人間の食への探求心というのは恐ろしい。
「それにね、ユリウス。あの毒全然苦しくないんだよ。最初はぼやーっとして、だんだん感覚が無くなってきて、気付いたら息が止まってるって感じなの。これがあればいつでもユリウスに会えるよ」
リエールが俺に纏わりつきながらニコニコする。
なぜお前は死体の状態で俺に会いたがるんだ。
神官服の裾から中への侵入を試みるリエールを華麗なステップでいなしながら、思わずため息が漏れる。
「まったくあなた方には困ったものです。神の奇跡をこんなにカジュアルに使って。いや、あなた達だけではありませんがね。はぁ、このままでは教会がパンクしますよ」
「魔物の拷問と自殺回避のことですか? 僕たちだって痛いのは嫌だし、こればっかりは無理に止めることはできませんよ」
そう、勇者たちには痛覚があるのだ。死には慣れても、痛みにはそうそう慣れないらしい。
女神は勇者の蘇生は行うが痛覚の除去は行わなかった。
いっぱい戦っていっぱい苦しんでいっぱい死ねってことだ。勇者の苦痛に歪む顔を雲の上でワインでも呷りながら眺めて喜んでいるに違いない。悪趣味にも程があるぜ。
でもまぁ、痛みがなければ今以上に勇者はバカスカ死んでただろうな。
ヤツら、死ぬことなどなんとも思っていないのだ。
魔物の方がよほど命を大事にしてたぜ。彼らだって勇者のグロ死体など進んで見たくなどないだろうに――
「あっ」
「どうしました?」
首を傾げるオリヴィエ。
俺は自分の頭の中に浮かんだ考えにもじもじとした。
「いやぁ、その……でもなぁ、これ言っちゃうとなぁ。神官風情が偉そうに、とか言われたらショックだしなぁ。私別に参謀キャラでもないですし……」
するとオリヴィエが蒼い顔になんとか笑みを浮かべて俺の肩をバシバシ叩く。
「なにか思いついたんですか? 平和な教会でのうのうと暮らしている神官様の生温い考えにこの現状を打破するヒントが隠されているとは到底思えませんが。まぁ話してみてくださいよ」
「ええぇ? でもぉ……絶対バカにしないでくださいね?」
「うーん、それは約束できませんねぇ」
「えー? じゃあ言いませーん」
「嘘ですよぉ、教えてくださいよぉ」
変なテンションになった俺達は身を寄せ合ってはしゃぐ。
きゃっきゃきゃっきゃ。
*****
「良く聞け負け犬共ッ!!」
壇上のアイギスが聴衆たる勇者たちを威嚇するように靴音を響かせる。
勇者たちの表情は暗い。気持ちが悪いほどに美しく整列させられた彼らは一様に背中で手を組み、虚ろな視線を虚空に漂わせている。
「貴様らは魔物に負けた挙句、情けなく自死を選ぶ腑抜けだッ! 女神様も天の上でさぞかしお嘆きだろう。ならばせめて女神様を喜ばせるような死に様を見せよ。虫ケラ以下の命のくせに何を格好つけている。もっとだ。もっとエンターテイメントに富み、センセーショナルかつ、心に外傷を負わせるような無様な死に様を!!」
いやぁ、やっぱアイギスの演説は良いな。
見ろあの勇者たちの顔。ドン引きだぜ。でも抗議する者はいない。怖いもんね。
やっぱ大事なのは話の中身じゃなくて誰が話すかよ。
俺はさ、厳しい事言うの似合わないって言うか。癒しキャラみたいなとこあるからね。
なので俺は彼女の後ろで“私は脅されて教会を会場として提供しただけです”みたいな顔をして立っている。
そして俺は“脅されて仕方なく……”みたいな顔でポケットに収まるサイズの瓶を勇者たちに配っていく。
トゲトゲ爆発フグから抽出した毒だ。一口服用すればこの毒は神経を侵して感覚を奪い、痛みを一切感じなくさせる。もう少し時間が経てば見る者の脳裏に否応なく刻まれるグロ死体に早変わり。今夜の夢の主役降臨ってわけだ。
拷問も無駄だ。痛みも感じず、意識も虚ろ。下手に刺激を加えようものなら膨張した勇者の死体は破裂し、素敵なシャワーを拷問官に浴びせかける事だろう。今夜の夢に彩りが加わること請け合いである。
オリヴィエが俺に耳打ちをした。
「神官様」
「はい」
「ドン引きです」
おう。
結構な言い草だな。もう少しオブラートに包んだ物言いというものを君は学ぶべきでは?
っていうかさっきもそれ言ってたよね。わざわざ二回言うことないじゃんね。まぁ約束通りバカにはしなかったけどさ。
っていうか、お前ら勇者が不甲斐ないから神官さんがアイデアを出してやってんだろ。
本当は教会に籠城してポテチ食ってたかったけどさ、このまま放っておくと仕事が増えて増えて飯食う暇もないっての。
「そもそも魔物が人間のグロ死体にダメージ受けるんですか?」
オリヴィエの疑問に、俺は自信を持って頷く。
「魔物だってダメージを受けるメンタルや、お腹をすかせた人間にブドウの皮を剥いて与える優しさを持っているんですよ。拷問を受けた死体にもそこはかとなく優しさを感じました。そっちじゃなくてここを切ってたらもっと苦しみを長続きさせられたのになぁ、とか惜しく感じる点がいくつかありましたし」
「それは単に下手なのでは?」
そう、拷問って結構難しいと思う。
致命傷を与えず、かつ人体に苦痛を与えねばならないのだから当然である。決して器用とは言えない魔物たちにはかなり難しい作業に違いない。
だからこそ、ヤツらが拷問技術を獲得する前になんとかしたいのだが。
「そもそも神官が自殺の推奨して良いんですか? 神罰下りません?」
俺はオリヴィエの耳打ちを鼻で笑う。
「文句があるなら止めれば良いんです。神ならばそれくらいできるでしょう。止めないってことはやれやれって言ってるんですよ」
『そうやって、あなたはすぐに私の名を騙る』
突然の不思議空間。仁王立ちのロリ。
咄嗟の判断により、俺はとりあえず笑っておくことにした。えへへ。
『なに笑ってるんですか。あんな残酷な行為を私の可愛い勇者たちに強要しておいて』
あらら、結構怒ってる?
さらにロリは小さなお手手で小さなお鼻をつまみ、キレイな瞳に汚物でも見るような嫌悪を浮かべる。
『それに、あなたなんか匂いますよ』
グサッときた……グサッときましたよ……
仕方ないじゃん! 毎日風呂入って毎日洗濯しててもさ、職業柄血の匂いが染み込んで取れないのよ!
誰のためにこんな頑張ってると思ってんだよ。
あーあ、娘に「パパくさーい」って言われるのってこんな感覚なのかなぁ。
っていうかマズイよね。これ以上嫌われると俺マジ死ぬんじゃない?
いいや違う。これは俺のストレスと過労が生んだ幻覚。俺の良心が痛んでいるという事か……
『都合の良い解釈ですね。とにかくあなたの残忍な計画に私の名を出さないでください。傍から見たらまるでカルトです』
「でも良い案だと思うんです。どうせ自殺するなら魔物に最大限嫌がらせをして死んだ方が良いじゃないですか。肉体にダメージを与えられないのなら精神にダメージを与えたいじゃないですか」
『……ふふ、上手くいくと良いですね。精神というのは目に見えず掴みどころのないもの。傷付けていると思っていたら逆に傷付けられていたなんてことにならないと良いのですが』
なんだその含みのある言い方。
嫌な予感するな。
俺は心を入れ替えることにした。
「やっぱり神的にはあんまりよろしくない作戦でしたかね。失礼いたしました。所詮は不肖神官の浅知恵。すぐに中止いたしましょう」
『いいえ、続けなさい。私の名前を使うな、というだけです』
あっ、女神がデカいカナブン見る目してる。
子供って小動物がぶっ壊れるの見るの好きだものなぁ。
蝶の羽根むしったり、カエルのケツに爆竹突っ込んだり。
なんだよ! 自分の手は汚さず美味しいとこだけ取るつもりかよ!