アルベリヒは優秀な鍛冶屋だ。
小さいながらも店内には種々の武器が並び、値段も手頃。職人のアルベリヒ自らが接客をするとあって、武器に悩む初心者勇者などからの人気は絶大である。
しかし俺は神官だ。
若手有望鍛冶職人は客でない人間に厳しい。
俺が武器を買うはずないと踏んだらしいアルベリヒは剣を研ぎながら視線だけを俺に向け、そして再び手元の剣に視線を戻した。
「何の用だ」
司会をやっていた時とは大違いのローテンション。
俺の中のアルベリヒヤク中疑惑が大きくなっていくのも知らず、せっせと剣を研いでいる。俺はその辺に転がっていた脚立を取り、ヤツの隣に腰かけた。
「クレームです」
「アンタに武器を売った覚えはないぜ」
「フェーゲフォイアーガールズコレクションの件ですよ。イベントも結構ですがね、人に迷惑をかけるような賞品にしないでいただきたい。おかげで腱鞘炎一歩手前です」
研いだ刃を窓から差し込む光に当て、裏に表に動かしながらアルベリヒは頷いて見せる。
「まったくもって同意見だ。だがなぜ、それを俺に言う。見ての通り俺は下っ端だ。それを俺に言ったところでどうにもならないぞ」
そうだよねぇ。
でも商店街の上のヤツら怖いんだもん……
ま、今のクレームはちょっとした愚痴みたいなもんだ。
俺は身を乗り出して本題に入る。
「あなた方のパトロンの情報を教えてください」
アルベリヒの手がピタリと止まる。
研ぎかけの剣を置き、ようやく俺に体を向けた。
「そんなの知ってどうする気だ? 神官に何の関係がある」
「私だって商店街の仲間ですよ。隠し事なんて水臭いじゃないですか」
俺はそう言って神官スマイルを顔に張り付ける。
しかしアルベリヒの表情は変わらない。ただ、何も言わず俺からふいっと視線を逸らす。
なるほどね。まぁそう簡単に口は割らねぇか。
最近、武器防具連合会にパトロンが付いたのは有名な話だ。
なにせ街の真ん中にわずか一晩で城と見紛う大豪邸が建ったのだ。そんな目立つもんから人の視線を逸らすのは不可能。
凄まじい金持ちが引っ越してきたとの噂は光より速く街を駆け巡り、その後音速程度の速さでその金持ちが武器防具連合会のパトロンであると伝わってきた。
ここはフェーゲフォイアー。世界で最も苛烈な戦いが繰り広げられている最前線の一つ。そこの武器防具連合会に出資……それだけ聞けばなんの不審点もない。唸るほどの富を持つ富豪が人類存続の為、勇者たちにより良い武器を提供する手助けを行う。筋の通った話だ。
しかし武器防具連合会は受け取った金を何に使った?
フェーゲフォイアーガールズコレクション……このイベントが直接的に勇者たちの戦力を高めるとは思えない。
もちろんこのイベントがパトロンの許可なく進められたはずはない。そこには必ず出資者の意向が取り入れられているはずだ。
あのイベントに一体何の意味がある。金持ちの道楽と言えばそれまでだが……どうにも、嫌な予感がしてならないんだ。
「話さないってことは、私には言えないような人間なのですね」
アルベリヒはポーカーフェイスを崩さない。
しかしヤツは嘘が上手いわけではないし、人の心を無くしているわけでもない。視線の揺らぎが大きい。逡巡している。それを隠すように、アルベリヒは背中を丸めて俯き顔を隠す。
俺はアルベリヒを見る。決して口は開かない。アルベリヒの決心がつくのをジッと待つ。
やがて、アルベリヒは足元に視線を落としたままポツリと口を開いた。
「パトロン様は、FGCの優勝者をいたく気に入ったみたいだ」
「……どういうことです?」
アルベリヒが顔を上げる。
――なんて悲しい表情をしてやがる。
「行くなら急いだほうが良い。いや、すまない。こんな事言うべきじゃなかった。もう手遅れかもしれない。ただ罪悪感に耐え切れなくなっただけなんだ。忘れてくれ。俺は……」
「なんなんですか、どうしてオリヴィエが……ねぇ!」
脚立をひっくり返しながら、俺はアルベリヒに掴みかかる。
だがいくら強く揺すっても、アルベリヒは振り払うことも口を開くこともしない。ただただ、悲しい顔で遠くを見つめている。
「くっ……」
――本人も言っていた通り、アルベリヒは武器防具連合会の中でも下っ端だ。偉大なパトロン様の邪魔をすることなどできようはずもない。アルベリヒを責めたところで何も始まらない。
時間が惜しい。
俺はアルベリヒの武器屋を飛び出し、屋敷へひた走る。
手遅れだと? ふざけるな。
今でも手が覚えてる。あいつの血の温もりを。
首を千切られ、背骨をへし折られ、臓物を四散させ、それでもマーガレットちゃんと触れ合えたことに喜び満足そうに死んでいったオリヴィエ。あのときの笑顔が俺の脳裏に過る。
だが……
「オリヴィエ」
屋敷の一室に、オリヴィエはいた。
FGCの時と同じく女装しているが、俺がオリヴィエを見間違えるはずはない。
フリルで飾られた服は血でじっとりと濡れ、肌に張り付いている。怪我はなさそうだが。
「貴方はいつも血塗れですね……」
するとオリヴィエは長い髪を耳に掛け、首を傾げながら微笑を浮かべる。
ああ。俺は悟った。
遅かったんだ。間に合わなかった。
なんて……なんて痛々しい笑い方をするんだ!
「僕……汚れてしまいました。もうマーガレットちゃんには会えないな。こんな姿見られたら、きっと嫌われる……はは」
オリヴィエは血で物理的に汚れた手のひらに視線を落とす。
俺はピシャリと言った。
「笑うな」
「え?」
オリヴィエの血に濡れた頬を撫でる。
なんて冷たいんだ。震えているじゃないか。
俺はゆっくりと首を振った。
「無理に笑わなくて良いんです。悲しいときは泣いていい。それに……マーガレットちゃんはそんなこと気にしません。もはやあなたの好感度はこれ以上下がりようのないところにあるのだから」
「うっ……ううっ」
オリヴィアの頬に温かいものが流れる。まるで血を洗い流していくかのように……
「いや、良いね。感動的だ」
パンパンと手を叩きながら男は現れた。
一目でこの屋敷の主人だと分かった。纏っているオーラが違う。いかにもキレ者といった、鋭い眼光。理知的な顔つき。上等な布をふんだんに使い仕立てられた服は、穴だらけかつ血まみれだ。
そしてヤツの後ろに控えている男。俺はその見覚えのある顔に思わず声を上げる。
「お前は……デュフ男!」
ルビベルを連れまわしたあげく残忍な拷問により肉塊に作り替えられた哀れな勇者の姿。それが、なぜこの大富豪の従者のごとく振舞っている?
頭の中に散らばったピースが、少しずつ組み合わさっていく。
「まさか……お前は……」
大富豪が胡散臭い笑みを浮かべる。
オリヴィエが「ひっ」と声を上げた。オリヴィエが持った血塗れの剣が小刻みに震え、血を地面に滴らせる。
男はそれをじとっと見つめ、そしてふっと息を吐く。
「オリヴィアちゃん……だったかな? ふふ、剣の扱いはなかなかのものだったよ。でもやはり物足りないな。そんなヤワなプレイじゃ僕は満足できない。そして……君は少し育ちすぎだ」
やはり……
俺は確信した。いつかは顔を合わせるような気がしていたが、とうとうその時がやってきたみたいだ。
なるほどな。従者を潜り込ませてターゲットの存在を確認。その上で街を味方につけて土台を固めつつ新しい好みの女をも探す。
なかなか小賢しいことをするじゃねぇか、このドマゾロリコン紳士め。
だがな。どんなに綿密な計画もそう思い通りには動かないもんだ。
「随分派手なことをしているようですがね。ルビベルはもう立派に自分の足で歩いているんです。今更主人ヅラしたって遅いんですよ。それに――」
俺は口の端を持ち上げて笑う。
「オリヴィエは、男です」
さすがは美少年だ。ドレスを着てカツラをかぶれば少女にしか見えない。だが男だ。どんなに着飾ろうとその事実は変えようがない。
しかし。俺は変態を舐めていたようだ。
「問題ない」
「なっ……」
男は表情を変えず、なんだそんな事かとばかりに頷く。
――強がりか? いいや、そうではない。
男は堂々と言い放つ。
「男の娘は守備範囲だ」
俺の額を嫌な汗が伝い落ちる。広い部屋が静寂に包まれ、自分の鼓動だけがやけに耳障りに聞こえる。
ドマゾロリコンホモ紳士……
俺は恐ろしくなった。勝てる気がしない。
まるで闇鍋のような男だ。底の見えないヘドロの底に、コイツはあとどれほどの性癖を隠し持っていると言うのか……