商店街に突如舞い降りた救世主は、膨大な資金力を持ち、教養と社会的地位を兼ね備え、小さな女の子(男の娘でも可)に痛めつけられるのが好きな変態だった。
「ルビベルは返していただく」
そう、ルビベルの元ご主人様である。
俺の想像ではいかにも成金の太ったおっさんだったが、現実の彼は非常にスマートで思いのほか若い男だった。整った身なり、整った顔。やや胡散臭さが纏わりつくものの、やり手経営者を思わせる自信あふれる立ち振る舞い。放っておいたって女は寄ってくるだろうに。一体なにが彼の性癖を歪めてしまったのだろう。
相対するは甲斐性無しのチンピラ勇者。絵面だけ見れば完全に誘拐犯である。
「渡さねぇ……と言ったら?」
突然現れた元ご主人様に噛みつくように言うグラム。犬歯を見せつけるようにして凶悪な笑みを浮かべる。
しかし男の態度は飄々としたものであった。
「無理に奪おうという気はない。しかし、予言しておこう。あなた方は必ずこの僕を頼ることになる」
グラムの背に隠れるルビベルに、変態紳士――もといハンバートは優しい笑みを向ける。
「もうすぐ満月だ」
*****
「もう良いんじゃないですかぁ、返してやってもぉ」
「よくそんな薄情なことを! お前の友達のちっちぇのだってアイツにやられたんだろうが」
俺の言葉にグラムが吠える。
まぁね。俺もあの時は雰囲気に飲まれて挑発的なことも言ったよ。アイツが変態なのは間違いないしね。
でもさぁ……勇者を無理矢理殺しまくったルビベルと、オリヴィエに無理矢理剣を握らせて自分をメッタ刺しにさせたハンバート。どっちがヤバイかって言ったらルビベルでしょ。
それに。
俺は静かに首を振る。
「ルビベルは殺したいんですよね。あの紳士は殺されたいんですよね。需要と供給が一致してるじゃないですかぁ。あの人の元なら良い暮らしもできるだろうし……ルビベルだってあの変態さんのことが嫌いな訳じゃないんですよね?」
ルビベルは耳をピコピコと動かし、笑顔で頷く。
「うん、嫌いじゃないよ」
「そんな、ルビベル……」
これにはグラムさんも蒼い顔をますます蒼くする。
しかしルビベルは無邪気なものだ。
「でも、ルビベル帰りたくないな。お兄ちゃんと冒険したいの」
「ルビベル……」
「あ、もちろんフェイルくんともね! フェイルくん?」
ルビベルは小さなおててでフェイルを揺する。
しかしフェイルは白目を剥いたままピクリとも動かない。
ルビベルが不安げな視線をこちらへ向ける。
「神官さん、どうしようフェイルくんが」
俺はルビベルを安心させるため、彼女の頭を撫でる。
「大丈夫です。気を失ってるだけですよ。フェイルは美しいものだけを与えられて純粋培養された騎士です。小汚い小悪党の死体など見るに堪えないのでしょう」
「誰が小汚い小悪党の死体だ」
グラムが不服そうに呟く。
そうだな。“まだ”死体じゃない。だが――
フェイルの無事に安心したらしいルビベルがぴょんと飛び上がり、グラムの膝に飛び乗って腹にナイフを埋め込む作業を続ける。
「ぐっ……」
グラムの口から呻き声とどす黒い血が漏れる。
ルビベルは腹に沈んだナイフを、ダメ押しとばかりにぐるりと回した。
グラムは歯を食いしばって痛みに耐えている。
もうギリギリだ。いつ息絶えてもおかしくない。
口が利けるうちに聞いておこう。俺はグラムに尋ねる。
「貴方もあっち側の人間なんですか?」
グラムはハッと息を吐き、血で汚れた歯を見せつけるように笑う。
「俺はただ、ルビベルの笑顔をみたいだけだ」
――そうかい。
そりゃ立派だ。ロリコンの鑑だよお前は。
ステンドグラスから差し込む光が、黒ひげ危機一髪みたいになったグラムの体を柔らかく包み込む。
光属性のロリコンは今、静かに息を引き取った。