あ~、痛い。痛いよ。体中が痛い。
意外と指の方は大丈夫だった。日頃から蘇生で鍛えてるからだろう。
むしろ足がヤバい。久々に全力疾走だったからな。日頃の運動不足が祟った。やっぱ筋トレしなきゃかなぁ……
被害者が秘密警察と変態さんたちだっただけあり、ルビベルのバーサーカーモードはさしたる問題にはならなかった。この街ではあんな惨劇珍しくもない。勇者の命の軽さが虫ケラ以下なのは周知の事実だ。
だが万一にも勇者以外の人間へ被害が出ないよう、今後満月の夜はハンバートの屋敷でルビベルの面倒をみることになりそうである。鉄格子のついた子供部屋を作ることぐらいヤツにとっては訳ないだろう。
とにかく俺を巻き込まないでほしいと口酸っぱく言っておいたが、どこまで通じたのか……殺戮蘇生殺戮コンボを大富豪様はいたくお気に召したようだったからな。
俺はため息を吐きながら暖かくなった懐に手をやる。
ま、昨晩大変だったことには違いないが悪い事ばかりではなかったということだ。
そういう意味では、昨晩の一番の被害者は彼らかもしれない。
「なんだその剣捌きは。よく見ていろ。こうやるんだ」
そう言って、アイギスが秘密警察の首を刎ねる。
昨夜の戦いでルビベルに勝てた者はいなかった。それどころかルビベルに攻撃を当てられたヤツすらいなかったのではなかろうか。それがアイギスさんの逆鱗に触れたらしい。
秘密警察の仕事ぶりは、傍から見ていても酷いものだ。頑張ってはいるが成果が全く上がってない。溜まりに溜まっていた不満が爆発したってとこだろう。昨日教会にいなかったメンバーも連帯責任とばかりに特別訓練に参加させられている。
なんならルビベルもいる。
「君もだぞルビベル。なんだあの切り口は。もっと美しく、だ。筋繊維を潰さずに断ち切れ。君ならできるはずだぞ。こうだ」
アイギスはそう言ってまた哀れな秘密警察の首を刎ねる。
いや、どこ説教してんだよ。でもアイギスは真剣だ。ルビベルも真剣な表情で頷いている。やめろ、ルビベルがそれ以上強くなると本当に困る。
そしてなぜか、本件とは本当に全然関係なさそうなフェイル君もいる。
「フェイル。貴様がついていながら、何故止められなかった」
「いや……あの、寝てました」
正直に答えた弟君の頬をアイギスがひっぱたく。
首がねじ切れんばかりの勢いで吹っ飛んだフェイルは、赤くはれた頬を手で覆いながら涙目になって訴える。
「いや、姉様だって寝てたんですよね!?」
アイギスは無視した。
「ちょうどいい。地獄の新兵訓練だ。貴様も参加しろ」
あらあら。しごかれてるしごかれてる。
「この街本当ヤベェなぁ」
「ここは色々特殊ですからね。石を投げれば勇者に当たる。そんな街は数えるほどですから」
「ほーん」
アイギス教官に走り込みさせられている秘密警察一同を庭からぼんやり眺めながら、ユライが茶を啜る。
大して興味はないらしく、駆けていく秘密警察が見えなくなると腑抜けた表情を空に向けた。
二人から星を奪って以来、ユライは安心しきったように牙が抜けて穏やかになった。街をぶらぶらしてるところを誘ってみると、ほいほい着いてきたくらいである。
「あなたたち、今は何してるんですか?」
ダメ元で聞いてみたら、ユライはあっさりと答えた。
「ああ……ふたりは手柄上げるために頑張ってるみたいだけど。でも昨日の夜なんか酷い目にあったみたいでさ、ロージャが部屋に籠って出てこねぇのよ。朝から大騒ぎだぜ」
あぁ、そうだね。ルビベルに激しくやられたからね。
しかしユライは全く心配している素振りがない。
星を盗んでここに留めたほどだ。ユライのあのパーティに対する執着はかなりのもののはずなのだが……。
「あなた達、どういうきっかけでパーティ組んだんです?」
「ルイとは幼馴染なんだ」
「なるほど。ロージャは?」
ぼんやりしていたユライの表情がここに来て初めて変わった。
「……ルイが連れてきた女だ。器用だからな、鍵開けとか色々できて行動の幅が広がったが……」
苦々しく呟くユライ。
ははん、ルイとロージャはデキてんな。で、ユライは幼馴染を取られて悔しいと。
ロージャはキツい上に優秀だ。男のプライドを傷付ける。そのロージャの星まで奪ったのは、ロージャが王都に帰ると言えばルイも付いていくと言い出すと踏んだからか。
星をなくしたからって物理的に王都に帰れないわけではない。プライドの問題だ。その星持ちのプライドを引き裂かれるより、ロージャと離れ離れになるほうがツライってことだ。随分入れ込んでいるらしい。
くく、見えてきた。見えてきたぞ。ヤツらの関係。
やはりガワは立派なエリート勇者パーティも蓋をあければ中は腐ったヘドロみてぇなもんさ。取り入る隙はある。
「おい、どうなってんだ! やめさせろ!」
む?
噂をすればルイの声。門の前で叫んでる。俺に言ってんのか?
「ああ……」
俺は察した。
街を一周して戻ってきたらしい秘密警察達が二周目に突入しようとしている。
さすがはアイギスだ。不甲斐ない部下を引き連れて自ら先頭を走っている。ただの走り込みでは物足りないか。どこで拾ってきたのか、先程は無かった五十キロ程度の重りをロープで腰にくくりつけている。褐色の“重り”は脱力し、ぐったりとアイギスに引きずられていく。
気絶してるのか諦めているのか、声を出すことも縄を抜け出そうと藻掻くこともしない。まぁ重りが喋ったり動いたりするわけないから当然か。
ルイは重りを指さして怒鳴る。
「おい、なんとかしろよ! ロージャが!」
俺は葡萄ジュースを優雅に啜りながら呟く。
「神官は勇者事不介入なのでね」
「お前の差し金だろ!」
肩を怒らせて詰め寄ってくるルイ。
俺はぐりんと首を回し、ルイの顔を見上げる。
「そういう訳ではありませんがね。私の可愛い聖騎士が怒るのも仕方のないことでは? なにせ、勇者が民間人――それも神官を拉致監禁、あげく傷害未遂、いや殺人未遂だなんて前代未聞です。いや、まぁ前代未聞ではありませんが……少なくとも“元”とはいえ、星持ちのエリート勇者がやって良いことではありませんね?」
「ぐっ……」
ルイは唇を噛み、握った拳を震わせる。
感情を表に出しすぎだ。やはりロージャがルイの弱点か。
ルイの姿がふっと消える。
特訓中の秘密警察からどよめきが上がった。
どうやら強硬手段に出たようだ。
星持ちといえども、ルイの純粋な戦闘力はアイギスには敵わない。しかもあの人数差だ。
それでも、ルイはロージャを救出してみせた。
なにをしたのか俺には分からなかった。ただ、気付くとアイギスの腰に繋がれたロープが切られ、ロージャを担いだルイが門の上に立っていた。
ヤツは俺を見下ろして言う。
「貴様がこの街の勇者を裏で操っていることは分かっている。ユライに何を吹き込んでいるのか知らないが……必ず尻尾を掴んでやるからな」
何を言ってるんだ。
俺は首を横に振った。なにか大きな行き違いがあったらしい。
しかし行き違いを正す時間を彼は与えてくれなかった。俺が口を開くより早く、ルイは溶けるように消えた。
どんな理屈なんだ。転移魔法の類か、あるいは幻術か。さすがは星持ちだ。
やはり三人の中でも群を抜いている。欲しい……ヤツこそ、忍び寄るパステルイカれ女への切り札となり得る。
俺は顎に手をやり、この状況からルイくんとお近づきになる方法を考える。
『ふふ……』
なっ!?
俺は慌ててキョロキョロと辺りを見回す。
い、今パステルさんの影を感じたような。気のせいか。くそっ、俺の精神がパステルさんに侵されているというのか……