植物モンスターたちが戦ってくれているおかげか、あるいは人間のしぶとさに恐れをなしたか。
防衛戦以来、嘘のように荒れ地の魔物が大人しい。
お陰でフェーゲフォイアーの街も驚くほど平和だ。良い傾向である。
しかし俺は忘れていた。
この街における平和な日常というのは、砂上の城のようなもの。
買い物から帰ると、教会が燃えていた。
「は……?」
崩れた塀、炎が渦を巻き赤赤と燃え上がる職場兼自宅。
突然のことに理解が追いつかない。
夢かな? そう信じたかった。しかし頬を舐める熱さは本物だ。
俺は無意識のうちに買い物袋を手放し、気付くと地面に膝をついていた。
しかしそう途方にもくれていられないようだ。
……なんか、燃え落ちる教会を背景に戦ってるヤツがいる。
「最初からまどろっこしい事せず、こうしていれば良かったんだ」
炎を鎧のように纏った……少女、か?
その体には性を感じさせる凹凸がなく、肩の辺りで切りそろえられた微妙な長さの髪も相まって少年のようにも見える。
そして特筆すべきは、ヤツの頭に生えた二本の突起物だろう。角に見える。通常、人間にはないものだ。
「ちょっと見ない間にずいぶん可愛くなったじゃん?」
ヤツは中庭から伸びるツタを軽やかに避け、炎にまかれた教会の屋根にふわりと降り立つ。炎を纏ったハンマーを構えながら子供のように笑う。
ヤツの視線の先にいるのは――ツタを全方向に伸ばし、威嚇するようにうねらせるマーガレットちゃんだった。
「死んだとばかり思っていたのに、こんな辺境に逃げ込んでたとはな。水くさい。決着つけようぜ!」
少女(?)が燃え盛る教会を蹴り、高く飛び上がる。重力を味方につけて振り下ろされるハンマーがマーガレットちゃんに牙を剥く。
マーガレットちゃんはツタを幾重にも張り巡らせハンマーをガードするが、纏った炎がマーガレットちゃんのツタを焦がし切る。
今まで幾人もの勇者がマーガレットちゃんに挑んでは地面に転がされて涙を呑んできた。しかも勇者をあしらう時にマーガレットちゃんが使うのはせいぜいツタ一本。
それでも、我々人間はマーガレットちゃんに傷一つ付けられなかったのだ。なのに。
この少女、何者だ。
マーガレットちゃんと互角に戦う戦闘力、それにあの荒々しい力……もしや。
「荒れ地の魔族……?」
俺は愕然とした。いや、ちょっと待ってくれよ。
なんで魔族ってヤツは、いつもうちの教会に集まるんだ?
うちは魔族の集会所じゃねぇんだよ!
っていうか結界張ってるから大丈夫とかなんとか言ってたのはなに!? 教会物理的にぶっ壊せば結界も壊れるのかよ。
ホント女神の奇跡が聞いて呆れるね! この体たらくを全国の聖職者たちになんて説明するのかなァ〜女神さんよォ〜
「お、おい……なんだアレ……」
騒ぎを聞きつけたか、ポツポツと勇者たちが集まってきた。
なに阿呆ヅラ晒して野次馬してるんだよクソ勇者どもがよォ〜
俺はキレた。
「見世物じゃねぇんですよ! ボーッと見てないで加勢したらどうです!! 植物モンスターすら加勢したっていうのに、あなた達の頭に詰まってるのは藁なんですか〜? だったら蘇生も楽なんですけどねェ〜?」
俺の言葉に、勇者たちは緩慢とした動きで武器に手をやる。
「神官さんめっちゃキレてるよ……」
「仕方ないだろ、教会が燃えちゃってんだから」
うるせぇ! 金にならない同情なんていらねぇんだよクソが!
燃え盛る教会を舞台にした超人決戦に突っ込んでいく勇者たち。
戦力差は明らかだ。魔族たちに比べれば、人間など虫けら同然である。束になっても虫けらの塊でしかない。
しかし微妙な判断が求められる魔族対魔族の戦いにおいて、虫けらが体に集ってくるというのは大きなハンデである。
「雑魚が! 邪魔すんな!」
少女の体に武器を持った大の大人たちが集って燃えている……絵面最悪だ。
「ふふっ……本当にこの街は退屈しないね」
燃え盛る炎をバックにして立つ身なりの良い男。ハンバートだ。血の匂いを嗅ぎ付けてきやがった。
ヤツは少女の形をしたバケモノの持つハンマーを見上げ、ベロリと舌なめずりをする。
「興奮してきた」
さらに絵面を悪化させる男が参戦!
混沌としてきました。
「お前ら、手を出すな!」
崩れ落ちた瓦礫の上に、ルイが立っている。
そういえばアイツ、防衛戦で見かけなかったな。取り敢えず正気には戻ってるようだが……今さら何してんだ?
ルイは激しく戦う魔族とへばりつく虫けら共を見上げて声を張り上げる。
「魔族を屠れるチャンスだ! 加勢するなら強い方に加勢しろよ」
「……それはどういう意味です?」
ルイは答えない。
ステンドグラスが激しい音を立てて割れる。ガラスの破片が雨のように降り注ぐ。
「貴方が……手引きしたんですか」
渦巻く炎がルイの怪しい微笑みを照らす。
しかしその顔はすぐ苦悶に歪むこととなった。
ルイの脚に矢が刺さっている。流れ弾なのか、勇者がルイを狙ったのかは分からない。
ルイは膝を折り、苦しげに呻く。
「ルイっ!」
む?
荒れ地の魔族が視線をルイに向ける。
その隙をマーガレットちゃんは見逃さない。荒れ地の魔族の脚が宙を舞う。しかし荒れ地の魔族はそんなものかすり傷とばかりに意にも介さない。
実際、脚はすぐに元通り生えてきた。新しい脚で地面を蹴り、負傷したルイに駆け寄る。
しかしルイは手のひらを突き出し、肩で息をしながら首を振る。
「俺のことは良い。早く森の魔族を……!」
むむむ? 随分と仲がよろしいんですね。
微笑ましい光景ですな。
種族を超えた絆に、俺は思わずニッコリする。
そしてカッと目を見開いた。
「ルイが弱点です! ヤツを殺せ!」
「えっ」
ルイが意外そうに目を見開く。
魔族との戦闘力の差を体で思い知った勇者たちがこれ幸いとばかりに魔族から離れルイに襲いかかる。勇者も勇者を襲うほうが楽なのだ。殺り慣れてるしね。
だがやはり、魔族はルイを守った。
襲い来る勇者をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
キリがないと察するや、魔族は負傷したルイをひょいと抱きかかえた。
「熱っ……なにやってる! 俺のことは良いから。熱っ」
「ダメだ。ルイは殺させない」
荒れ地の魔族は鋭い眼光で俺たちをグルリと見回す。まだ終わっていないとでも言いたいのか。
そして魔族は、ルイを抱えて消えた。