職場兼家が燃えました。
燃え落ちても女神はあそこの教会認定を解かなかったらしく、相変わらず死体はバンバン送られてくる。悲しいかな、女神はこんな状況でも俺に労働の義務を押し付ける……。
さて、問題なのはむしろ“家”の方だ。
俺だってさすがに野ざらしの場所で寝たくはない。
こんな時に頼れるのはやはり宿屋のババアである。
ヤツは防衛戦で体を張って勇者たちを蘇生させた挙句不幸な事故に見舞われた善良な神官に心底同情し、しばらくの間宿屋の一室をタダで貸してくれることになった。
しかし生憎、今日は満室とのこと。だからまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさぁ……
「そんな顔すんなよユリウス。まだ怒ってんのかぁ?」
ルッツの野郎、へらへらしやがって。
俺は屋根裏部屋のすみに据え置かれた簡易ベッドを踏みつけるようにして腰を下ろす。
一晩、俺はルッツの住処である屋根裏で過ごすことになってしまった。屋根裏とはいえ結構広いが、きったねぇ部屋だなぁ。神官学校時代を思い出すぜ。ヤツの寮部屋は“不法投棄場”と呼ばれていたくらいだ。実際、俺も処分に困ったガラクタをルッツの部屋に投棄したこともある。まぁさすがにあの部屋よりはマシだな。
「ゴメンって。だってさ、俺が防衛戦に出たとこで役に立たねぇじゃん。お前みたいに器用じゃないしさ。あんなとこで俺に蘇生なんてやらせてみろ。ハチャメチャなクリーチャーができあがるぜ」
ルッツがご機嫌を取るようにして俺にすり寄ってくる。
……まぁ、いつまでも怒っていても仕方がない。俺は渋々頷いた。
「一理あるな」
「だろ? ほら、こっち来いよ。お詫びに良いもん見せてやる」
俺を強引に立たせ、ルッツが向かったのは屋根裏の一角である。
特に変わったもんは無いように見えるが、ルッツは埃に塗れるのも構わず床に這いつくばり興奮したように目をガン開きにする。
「ここ、ここ」
ルッツが指差したのはただの床――いや、木材の隙間から光が漏れている。
まさか。
ルッツは床を舐めるようにへばりつき、下品な笑みを浮かべる。
「ここからよぉ、下の部屋が見えるのよ」
「覗きかよ……サイテーだな」
俺はゲス野郎の首根っこを掴み、穴から引きはがして埃っぽい床に転がす。
変態には裁きを下す必要がある。そのためにはヤツにどれほどの罪があるのか知る必要がある。ま、こりゃあ実況見分ってとこだな。へへっ。
俺は穴を覗き込む。
「…………」
「どうよ、どうよユリウス?」
俺は顔を上げ、ルッツの頭をひっぱたく。
「イテッ、なんだよ」
「なんだよじゃねぇよ、騙しやがって。なんも見えねぇじゃねぇか」
「はぁ? そんなはずねぇよ。ちゃんと見てんのか?」
ルッツに嘘を吐いている様子はない。
まぁルッツがそんなくだらないウソを吐く理由はないか。
俺はもう一度穴を覗く。
うーん、やはり部屋の様子は見えない。
紙かなにかで目張りされてんのか? いや、なんかチラチラ動いているような気もする。
目張りの紙にしては派手な色だな。しかしこの色、どこかで。
俺は穴を覗きながらルッツに尋ねる。
「この部屋、今日はどんな勇者が泊まってるんだ?」
「若い女の子だったぞ。ほら、目がパステルカラーの」
「パス……テル……?」
俺は跳ね上がるように顔を上げる。
床の隙間から覗くパステルカラーが、俺を見ている。俺を追ってパステルカラーがギョロリと動く。
俺は……俺は覗く側じゃなかった。覗かれる側だったんだ。
「ひいっ!」
後ずさろうと藻掻く俺の足を、床を破って伸びた細い手が掴む。
隙間から覗くパステルカラーがうっとりと細くなる。
「ユリウス……」
俺は宿屋中に響くような絶叫を上げた。
*****
だからホラー展開やめろよマジで……
俺は腕に絡みつくリエールを振り解こうとして――やはりできないのでとりあえず諦めた。
リエールがしなだれかかってくる。
「教会、燃えちゃったね?」
「ええ……」
リエールが俺の頭を抱き寄せ、耳元で囁く。
「私の部屋、来る?」
俺は顔を上げ、視線だけでルッツに助けを求める。
ベッドに座ったルッツは聖人のように穏やかな顔で頷き、リエールが開けた穴を指さす。
「行ってこいよ……ここから見守っててやるから」
殺すぞ。
「リエール。丁度いい、貴方に聞きたいことがあったんです」
俺は話を逸らすことにした。
リエールはパステルカラーの瞳を細め、俺の乱れた前髪を細い指で撫でつける。
「良いよ。なに?」
「ロージャのことです」
「ロージャ?」
「……貴方がぬいぐるみになったと言っていた星持ちの女勇者ですよ」
「ああ」
リエールはつまらなさそうにため息を吐き、ふいっと俺から視線を逸らす。
かと思うと、なにかスイッチを切り替えたように急に笑みを浮かべてパステルカラーの瞳を俺に向けた。
「もちろんあんなの嘘だよ。あはっ、本気にした?」
「嘘?」
リエールは悪戯っぽい笑みを浮かべてこくこく頷く。
「安心してよ、あの女は街を出たから。私が見送ったの。あの男しつこいから上手く言い包めておいてって頼まれたんだ。ストーカーってホント面倒くさいよね」
えっ、それお前が言う?
まぁ良い。先を続ける。
「荒地の魔物が跋扈している中、ロージャは一人で帰ったんですか?」
「星持ちだもの。それくらいはできるよ」
……たしかにロージャは王都に帰りたがっていた。
だが、やはりどうにも腑に落ちない。ロージャならルイを手玉に取ることくらい容易いのでは。
少なくともリエールに頼るようなことをするとは思えない。というか、お前らそんな仲良かった?
むしろ――
俺を監禁したロージャに、リエールはどんな感情を抱いたんだ?
なんだか汗が出る。屋根裏だからか? 妙に暑い。
俺はリエールに尋ねる。
「貴方がロージャを見送ったのはいつでした?」
「んっと、一週間前だよ」
「貴方がマチ針を持った惨殺体になって教会へ転送されてきたのはいつでしたっけ?」
「……一週間前だね」
「もう一度聞きますよ」
俺はリエールをジロリと睨む。
「ロージャ、どこ行ったんです?」
刹那、パステルカラーの髪がふわりと揺れる。
俺の胸に飛び込んだリエールが、嬉しそうにパステルカラーの瞳を細めた。
「勘の良いあなたが大好き!」
そう言って俺の胸に顔をうずめるパステルイカれ女の姿に心底ゾッとする。
やりやがった……コイツ、本当にロージャをぬいぐるみに変えやがったんだ!
ルイはリエールにまんまと丸め込まれたわけじゃない。あのぬいぐるみがロージャだってことを肌で感じたんだ。
だが……ルイはなぜ、ロージャを人間に戻そうとしない。なぜあのとき、ロージャをぬいぐるみに変えた張本人であるリエールに掴みかからなかった。
分からない……いや、分からない方が良いのかもしれないな。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。
俺はパステルカラーの深淵から、そっと視線をそらした。