「どうだ」
ルイがドヤ顔を浮かべている。隣に並んだルイが、それを平然と見つめている。
ルイが二人。変装とかそんなレベルではない。鏡に映したようにまるで同じ顔、体格、髪質まで寸分と違わない。
ドヤ顔を浮かべている方のルイが得意げに口を開く。
「これが変身術だ。幻術の一種だが、非常に高度で繊細な技術が求められる」
こっちがルイに化けたユライである。多分。
ヤツらの作戦はこうだ。
変身術でルイに化けたハンバートが彼に代わってリンに炙られる。
ルイは炙り殺されることがなくなって嬉しい。ハンバートは可愛い魔族に炙り殺されて嬉しい。ウィンウィンってヤツだ。
そのためには、ハンバートが変身術をマスターする必要があるのだが。
「実在の人物を真似るのは非常に難しいんだ。その人を構成するのは見た目だけじゃない。喋り方、歩き方、ちょっとした仕草。ターゲットと親しい人間に化けるなら、そのあたりまで完璧にしなくてはならない。ちなみに、今の俺はルイを完全にコピーしている。髪の毛の生え際の位置から全身のホクロの数まで完璧に一致している。見るか?」
前からちょいちょい思ってたが、お前ちょっと気持ち悪いぞ……。
俺はユライの申し出を丁重に断り、スカした態度のハンバートを見る。
「できそうですか?」
するとハンバートは組んでいた足を解き、前のめりになって、大きく息を吸い込んだ。
「……変身してみてくれ」
「え?」
ユライが首を傾げる。既にルイに変身しているのだが。別の人間に、ということだろうか。
困ったように視線を泳がせるユライ。俺と目が合う。
次の瞬間ユライの体がぐにゃりと歪み、別の輪郭を描く。
……赤い染みだらけの神官服。生気のない目。パサパサの白髪。
俺は思わず顔を顰めた。
「もしかして私のつもりですか?」
「不満か? まぁ自分に化けられるのは気持ちのいい事ではないか」
「いや、それ以前に全然似てないですよ! そんなに目死んでないです私」
不満を言う俺を宥めるように、ルイが口を開く。
「変身術……特に実在の人物に化けるのは本当に難しいんだ。即興でやるには限界がある。芝居なんかと同じく稽古が必要だ。まぁ、即興にしてはかなり上手く変身できていると思うけど」
えぇ? そうかぁ? ちょっと誇張しすぎじゃねぇ?
俺は首をひねって溢れる文句を垂れ流そうと口を開く。だが、俺より先にハンバートが声を上げた。
「違うッ!」
「え?」
苛立ったような大声に、俺たちは困惑して顔を見合わせる。
俺の不満を代弁してくれているのだろうか。だとしたら気持ち悪いな……
しかし、どうやら違うらしい。
ハンバートは前屈みになり、組んだ両手の上に顎を乗せる。
「貴族だ。没落した名家の末の娘。家族と引き離され、初めて見る下品な奴隷商に売られ、全ての大人を憎む幼女。歳は十歳」
……?
俺たちは顔を見合わせる。ユライが化けた俺が困惑の表情を浮かべている。きっと俺も似たような表情を浮かべているのだろう。
これは……注文? その通りに変身しろということか?
困惑顔の俺がグニャリと歪み、一際小さな輪郭を描く。
幼女だ。そこには幼女がいた。
金髪の、黒いワンピースを纏った目つきの鋭い幼女。しかしその小さな顔にはやはり困惑の表情が浮かんでいる。
小さく可愛らしくなったなったユライを見下ろし、ハンバートが椅子を蹴り上げるようにして立ち上がる。
俺は咄嗟にユライを背中に隠すようにしてハンバートの前に立ち塞がる。
……いや、なにやってんだ。本物の幼女ならともかく、コイツは大の男だし勇者だ。なんなら俺のほうがか弱い。
しかし思わずそうしたくなるほどユライは幼女だし、ハンバートは変態だ。
蒼い目を凶暴なまでにギラつかせ、激しく息を弾ませ、大きく腕を広げてみせる。
「なにやってる! 早く来い!」
「え?」
「全ての大人を憎んでると言ったろう。……さぁ殺れ」
ええ……
ユライは一層困惑したように視線を揺らすが、変態の勢いに押されたのか。言われるがままにナイフを振りかぶる。
しかし腰の入っていないユライの一振りを、ハンバートはため息とともに軽々受け止めた。
「はぁ、まるでダメだな」
よく分からないがまるでダメだったらしい。
勝手に期待され、勝手に失望された幼女状態のユライがぼんやりした顔で首を傾げる。
すると変態が頼んでもいないのに勝手に解説を始めた。
「幼女の放つ危うさや繊細さ、大人への憎しみと恐れを全く感じない。さっき君たちが言っていた通り……見た目だけ似せてもダメだな」
なんだこのダメ出し。話が変な方向に進み始めた……
変態談義は続く。
「俺ならできる……貴族、庶民、乞食、ありとあらゆる生まれの幼女を完璧に再現することができる」
再現してどうすんだよ。誰が得するんだそれ。馬鹿かよ。
なんとも言えない表情のユライの姿がグニャリと歪み、元の姿に戻る。
結局のところこの変態は何がしたいんだ? 疑問が残る中、ルイがふらりと立ち上がる。
「もういいよ……最初からこうすべきだった。怖がっていただけだったんだ」
んん? ルイが変態に呆れたか。
……いいや、違うな。目が真剣だ。窓から空を見上げ、呟く。
「ちゃんと話をつけに行くよ。もうこの街には来ないように。できれば、人間を襲わないように。リンは魔族だけど凄くいい子なんだ。純粋で、ちょっと乱暴だけど。だから騙し討ちなんてしたくない。できるとも思えない。それに、俺にはロージャがいる。彼女を裏切って他の女と逢瀬なんてできない……」
ルイはそう言って、腕に抱いたキツネのぬいぐるみをギュっと抱きしめる。
変態すら、その目に憐れみを浮かべて壊れかけの男を見つめていた。
……なんと声をかければ良いのか。
本来なら止めるべきだ。人類が魔族を討つ千載一遇のチャンスをみすみす手放すことになるかもしれない。
しかし……期待せずにはいられない。
この血に塗れ、屍の上に築かれた街が平和を取り戻すことを。