いやー、キツい。二日連続はキツいよ。
なにがキツいって庭から掘り出すのがキツい。
いちいち埋めるんじゃねぇよパステルイカれ女め……
とにかく、メルンがこれ以上ここにいるのは無理だ。多分リエールに毎晩埋められる。俺の腕が持たん。
メルンも限界っぽい。
「……………………」
膝を抱え、虚ろな目でここじゃないどこかを見ている。
蘇生させてからずっとこれだ。
「大丈夫ですよ、アイギスに頼みますから。秘密警察に入ればリエールもそう簡単に手を出せませんし、みんな色々教えてくれます。笑顔の絶えないアットホームな職場ですよ」
しかしメルンの返答はない。
最初に蘇生させた時のことを思い出す無反応っぷりだ。大丈夫かこれ。
「メルン?」
「……パパ、私分かったよ」
「え?」
メルンがへらっと笑う。
「この狂った世界を正すために、私はこの世に戻されたんだね。パパ」
「ん? んん~?」
……な、なにいってんだ? 大丈夫かな。
俺は曖昧な笑みを浮かべてお茶を濁す。
どう解釈したのだろう。メルンがふらりと立ち上がる。
「安心して! 私が平和な街を作るからね」
何をする気だ? 良く分からない……
分からないが否定するようなことを言って逆上されたら怖い……
よし、当たり障りのないことを言おう。
「ほ、ほかの人に迷惑かけちゃダメですよ」
「もちろん分かってるよ、パパ」
ホントに分かってんのかコイツ。
まぁ良いや。俺は止めたぞ。か弱い神官さんが勇気をもって止めたんだぞ。
ザワザワとした胸騒ぎを覚えながら、俺は教会を去っていくメルンの後ろ姿を見送る。
……ちょっと練習しとくか。
*****
「……なに遊んでんの?」
「え? あぁいや。いざという時のためにですね」
くそっ、リリーに遊んでるとこ見られた……いや、遊んではないんだけど……
俺は糸が絡まって酷い格好のまま固まったマリオネットをいそいそと祭壇の裏に隠す。
「で、どうしたんです? かくれんぼですか?」
「いや……」
リリーは扉を半開きにし、何かから隠れるようにして教会内を覗き込んでいる。
まぁ大方予想はつく。
「メルンならついさっきここを巣立ちましたよ」
「あ、そ、そうなんだ……」
リリーはいつになく深刻な表情だ。
まぁ当然だよな。ひとまず騒動は収まったとはいえ、封印されてた危険人物が解き放たれたわけだし。っていうか俺が蘇生させちゃったんだけど。
……あれ? もしかして俺、怒られんのか?
「だ、大丈夫ですよ。人に迷惑かけるなって言っておいたので……復讐とかはしない……と思うので……多分……」
俺はしどろもどろになりながらなんとかフォローをする。
リリーが怒ったところで怖くはないが、ババアに出てこられたら死ぬ。この前のメルン戦でのババアの気迫で怒られたら比喩表現じゃなく死ぬね。
だが俺の心配をよそに、リリーは苦笑しながら首を振る。
「大丈夫。婆ちゃんが負けるわけないよ。そうじゃなくて、その……ありがとな、神官さん」
「ひっ。な、なんでですか?」
怖い……なんだよ、急に礼なんぞ言いやがって小娘め。
今、この状況での心当たりのない礼など恐怖でしかない。なんだ、一体何を考えている……?
しかし俺の心配を嘲笑うように、小娘は大まじめに口を開く。
「アタシは婆ちゃんがやったこと悪いとは思わないよ。あの時はきっと、他に方法がなかったんだ。婆ちゃんはいつだって街のことを一番に考えてたから。でもどっか後ろめたい気持ちがあったんだと思う。神官さんが蘇生させてくれたのが、婆ちゃん嬉しかったんだよ。まぁ婆ちゃんはそんなこと口には出さないと思うから……アタシが代わりに、ね」
「あ……そ、そうですか」
ふ、普通に真っ当な礼だった。変な汗かいたぜ。
神官服の袖で汗を拭っていると、リリーが不意に尋ねてきた。
「神官さんはさ、なんで神官になったの?」
え? なんだ急に。
突然の質問に戸惑いながらも、俺は咄嗟にカッコつけた。
「なんでって……うーん。困っている人に手を差し伸べたかった……からですかね」
心にもないことを言った。子供の前ではカッコイイ神官さんでいたかった。
しかし子供というのは、意外と勘が鋭いものだ。リリーは「本当かよ」という顔をしながら、さらに口を開いた。
「神官ってさ、どうやったらなれるの?」
「ええ……なりたいんですか?」
俺は密かにドン引きした。この街で生活し、俺を見て神官になりたいとか……なにか人には言えない特殊な性癖があるとしか思えないぞ……
「ちょ、ちょっと聞いてみただけだよ! そんな顔すんなよな」
おっと、あまり子供に見せてはいけない表情をしていたらしい。
俺は神官スマイルを装備した。
「神官になるには、まず神官学校に行かなくてはなりません。学校に行くには試験を受ける必要があります。魔法適正があるかないかも見られますね。神職にも色々ありますが、私のように教会を受け持つなら適正は必須です。勉強もしなくてはなりません。入学試験では簡単な計算や歴史、一般教養も問われます。貴方が思っているよりは簡単じゃありませんよ」
真面目に答えてやると、リリーはぽかんとした表情になって言う。
「それ、ルッツも受かったの?」
あのアホ、小娘に呼び捨てられている……
宿屋内でのヤツのヒエラルキーはどうなっているんだ?
まぁルッツを庇う気はさらさらないが、かといってヤツのせいで神官という職業の権威が揺らぐのは癪だ。俺は曖昧な笑みを浮かべた。
「ルッツもやればできるんですよ。やらないだけで……まぁ、とにかく今は勉強しなさい。勉強は職業選択の幅を広めますよ」
「……分かった」
お? 素直だな。意外だ。
前までは口答えして、色々と言い訳を並べ立てていたのに。
なにも考えていないアホな子供だとばかり思っていたが、リリーも案外色々考えているのかもしれないな。
*****
それ以来、リリーが図書館に出入りするのをたまに見かけるようになった。
心なしか顔つきまで変わったような気がする。
子供というのは成長が早いな。少し目を離すとどんどん変わっていく。
俺はリリーの小さな背中を眺めながら、ふっと笑みをこぼす。
成長というのは嬉しくもあり、寂しくもあり、そして少しだけ怖くもあるな。
「アナタは神を信じますか?」
おっと、こっちも何か大きな心境の変化があったらしい。
見覚えのあるピエロのような格好をした女がなにやら怪しげな活動をしているのをできるだけ見ないようにしながら、俺は教会への帰路を急ぐのだった……