目を覚ますと、冷たい床に転がされていた。
「クソがーッ!! リエールどこだッ、出てこい!!」
俺は怯えた小型犬の如くギャンギャンと吠える。
くそっ、とうとうやりやがった。拉致監禁とはベタな真似を。いつかやるんじゃないかとは思ってたけど、まさか白昼堂々コトに及ぶとは。
っていうか俺拉致多すぎない? いい加減にしてほしいんですけど。ちょっと慣れてきたわ。ちょっとだけね。
さて、まずは現状を把握せねば。
攫われてどれくらい経った? ここはどこだ?
冷たい床の感触と鈍い頭痛以外、暗くて何も分からない。
「……神官さん?」
聞き覚えのある声。
俺は思わず手を伸ばすが、指先に触れたのは冷たい鉄格子と……分厚い布?
鉄格子の隙間から指を入れ、布を引っ張ってみる。軽く掛かっていただけだったらしく、布は簡単にずり落ちた。
布の向こうに広がっていたのは思っていたよりずっと広い空間だった。
倉庫のような、殺風景なだだっ広い部屋。部屋の隅には取ってつけたような女神像が一つ。そして布のかけられた正方形の……恐らくは俺が入れられている檻と同じものがいくつも並んでいる。
その中の一つ。俺と同じく布の払われた檻の中にヤツはいた。
「カタリナ!?」
どういうことだ。なぜカタリナが。
いや、カタリナだけではない。
「神官さぁん!」
檻を両手で掴んで喚く秘密警察数人。
そして膝を抱えて横になり、死んだように動かないルイの姿もあった。
なんだこれは。
俺だけならともかく、複数人を拉致る理由などリエールにはない。別の人間の仕業なのか?
とにかくヤツらに状況を尋ねてみる。が、明確な答えは返って来なかった。ヤツらも俺と似たような情報しか持っていないらしい。
カタリナが泣きべそをかきなから言う。
「きっと神官さんの娘がやったんですよぉ。パパなんですから責任とって下さいよぉ」
「知りませんよ! パパでもないし!」
だいたい、メルンが俺にこんな乱暴な真似をするとは思えない。なにより……
「ルイ、貴方なにか知りませんか? メルンはなにか言っていませんでした?」
ルイは既にメルンの手に落ちた人間のはず。ならば拉致する理由などない。
しかしルイはなにも答えない。俺の方をチラリと見たが、すぐに視線をもとに戻す。
「大丈夫……俺たちは神に守られてるんだ。なんとかしてくれるさ」
は? 神?
助けてくれるわけねぇだろ。俺を見ろよ。普段から神に祈ってる俺が神に救われてるように思うか?
俺の無言の圧力を感じたのか、ルイは更に加える。
「もし助けてくれないなら、それは神が俺たちに対して罰が必要だと判断したということ。ならば甘んじて受け入れなければならない」
はぁ〜? いつも神が助けてくれないのは俺の自己責任って言いてぇの?
冗談じゃねぇ! んなわけあるか! 俺は善良の権化だぞ。神が誰かを助けるとしたら、まず誰よりも先に俺が助けられるべきである。
ルイも本気で言っているわけではなさそうだった。
ヤケになってんだ。生きてるのに死んでる、そんな目だ。
まぁ良い。ヤツの消極的自殺に付き合ってやる義理はない。
「はぁ、仕方ないですね。すみません。どなたか死んでもらえます?」
俺の投げかけた言葉に秘密警察達の表情が強張る。
「えっ……し、神官さん。イラつくのは分かりますけど……」
「神官が勇者に死ねはないんじゃ……」
あぁ? なに言ってんだ。俺は何も八つ当たりで言ってるんじゃない。第一、テメェらが死んだところで俺の胸は少しもスッとしない。「あぁ、仕事が増えたなぁ……」と思うだけだ。
俺がヤツらに死ねと言ったのは、もっと建設的な理由からである。
「死ねば教会に転送されるでしょう。そうすればここから逃げ出すことができます。勇者にしかできない逃走術です。逃げ出して、助けを呼んでください」
「あぁ、なるほど……いやいや、待ってください。教会に誰もいないんじゃ、蘇生もできないじゃないですか。死んだままじゃ助けも呼べないです」
「死ねば持ち物や装備品も一緒に転送されます。手紙か何かを握って死んでください。教会を訪れた誰かが発見してくれれば助けが呼べます。そうですね、人目を引くよう変なポーズで死んでもらいましょうか」
秘密警察達が互いに視線を交わらせる。嫌な役目を押し付け合っているかのようだ。
だが秘密警察の一人がハッとしたように声を上げた。
「で、でも俺ら紙もペンも持ってませんよ。神官さん、紙持ってます? 聖書とか」
聖書なんか持ってるわけねぇだろ。あんなもん何の役にも立たねぇ。重いだけだ。教会には一応置いてるけど埃かぶってるわ。
俺は神官服の中を探す。ううむ、やはり紙はないな。女神像(極小)なら持っているが……
お、そうだ。
俺は手を打ち、女神像の首を二回引く。足の部分からシャコンと小さな刃が飛び出た。
「誰か服脱いでください。ナイフはあるので、皮膚にメッセージを刻みましょう」
「ひいっ!?」
秘密警察共は自らの肩を抱きすくめ、乙女のように震えだす。
「あ、あの、一応婿入り前なので……」
「裸NGですぅ……」
あ? 何言ってんだテメー早く脱げや。
「普通に服を破いて布に書けば良いんじゃないですか?」
おっ、カタリナにしては名案だ。
俺は神官服の袖を破り、女神像(極小)を包んで適当な秘密警察に投げて寄こす。
「じゃあお願いします。インクはないので血文字にはなりますが」
「えぇ……俺ぇ……?」
あからさまに嫌そうな顔をするが、誰かがやらなくてはならないのだ。
数分に渡る駄々と躊躇いと説得の末、秘密警察は血文字で描かれたメッセージを手に自害した。
息絶えるなり、秘密警察の亡骸が見慣れた光に包まれ、消える。
そして亡骸は、俺の檻の前にゴロンと転送されてきた。
「……は?」
どういうことだ。
なぜ転送されない。いや、転送はされたはずだ。あの光は間違いなく、勇者の亡骸を転送させる光だ。……しかしなぜ教会ではなく俺の前に。
「ふふ。ふふふ。無駄な抵抗ね」
その声に、死んだように動かなかったルイがバッと顔を上げた。俺たちを見下ろす、歪んだ笑みを見るなりぽつりと呟く。
「ロージャ……」
「良いザマね、ルイ。星持ちがここまで落ちぶれるなんて悲しいわ」
微塵も悲しさなど感じていない口調で言い放つロージャ。
あぁ、そうか。拉致はコイツの差し金だったか。やりかねない人間が多すぎてすぐに思い浮かばなかったが、俺は前にもロージャに監禁された経験がある。懲りないヤツである。
だが、今回はかなり手の込んだ拉致監禁のようだ。
ロージャがべらべらと喋りだす。
「ここはね、廃れた古城を改築して作った場所なの。城に教会は付き物でしょう?」
「まさか……ここが?」
ロージャがニタリと笑う。
勇者の転送場所は、一度でも敷地に足を踏み入れたことのある最寄りの教会。
……この倉庫のような場所こそが教会だとしたら、勇者がいくら自殺してもここから出ることは叶わない。
「どうしてこんなことを。勇者はまぁ良いとしても、神官に危害を加えるのは重大な違反ですよ。金剣星章どころの話ではありません。勇者の資格を剥奪されます」
「うるせぇッ!」
「ギャッ!」
ロージャが長い脚で俺の檻を蹴飛ばす。
子ネズミのように震える俺を、釣りあがった目で睨みつけながら言い放った。
「良いのよ、そんな事は。アンタらに復讐できれば、なんでも……!」
ひっ。なんだよぉ、俺がなにしたってんだよぉ。
まぁ確かにパステルイカれ女に呪われたのは俺が原因かもしれない。
そして彼らの不運は秘密警察がユライの星を奪ったことから始まった。より正確に言うならアイギスのせいなのだが、アイギスを拉致するなんて不可能だからその部下たちに怒りの矛先を向けたのだろう。
ルイは言わずもがな。彼の指示によってロージャは動き、ことごとく酷い目にあった。挙句ぬいぐるみにされたロージャを元に戻そうともしなかったのだ。恨むのも仕方あるまい。
カタリナは……カタリナはなんかあったっけ?
「あのう、私なんかしましたっけ……?」
カタリナも心当たりがないらしい。するとロージャはアッサリと口を開く。
「本当はあのぬいぐるみ女を捕まえる予定だったんだけど、無理だったの。でもやっぱり女がいた方が華があるでしょ? だから近くにいたアホそうなのを捕まえてみた」
「えぇ! 関係ないじゃないですかぁ。お願いしますぅ、私だけでも解放してぇ」
あっ、テメェカタリナ! 一人だけ逃げようってのか!
しかしロージャは嗜虐心に満ちた笑みをカタリナに向ける。
「うふふ、残念だけどダーメ。貴方たちには私の再出発のための資金になってもらうんだから」
「し、資金……?」
「そう。これからアンタたちはオークションにかけられる」
ロージャは目を輝かせながら、まるで可愛い子犬でも見るように檻の中の俺たちを覗き込んでくる。
「どんな人がいくらで競り落とすのかしら。それによってアンタたちの運命も変わる。黒魔術の素材製造奴隷にされて臓器を奪われ続けるかもしれないし、肉サンドバッグにされて延々殺され続けるかもしれないし、魔物の生餌にされるか、あるいは苗床にされちゃうかも。分からないって楽しいわね」
散々不気味なことを言って俺たちの反応を楽しんだ挙げ句、ロージャは弾む足取りで部屋をあとにした。
ちなみに秘密警察の死体は俺の檻にぶち込まれてしまった。クソッ、ただでさえ狭い檻がますます狭くなった。
俺は檻の隅で膝を抱えながらルイの方に顔を向ける。
「……アレのどこが良いんです。ぬいぐるみ状態の方がまだ可愛げがありました。恋は盲目とはよく言ったものです。どうです。まだ目は覚めませんか?」
しかし、あれだけ言われてもルイは俯いたまま動かない。
こうなってしまえば元星持ちも形なしだな。
俺はルイの消極的自殺にも痴話喧嘩にも付き合うつもりはない。
俺は扉の外に漏れない程度の声で、しかし確固たる意志を持って言う。
「どうにかして逃げる方法を考えますよ。三人寄れば文殊の知恵と言います。これだけいれば何かできるでしょう。カタリナ、魔法は使えますか?」
問いかけると、カタリナはブンブン首を振る。
「ダメですぅ。私、杖がないとろくな魔法使えないんです」
「ふむ。では秘密警察たち、鍵を壊して檻から出ることは可能ですか?」
問いかけると、秘密警察たちはブンブン首を振る。
「さっきから頑張ってるんですけど、これは……ちょっと……」
「こんなの壊せるのアイギスさんくらいですよ」
「ふむ。なるほど。アイギスはどこに? 集会所に乗り込んだ際は姿が見えませんでしたが」
「今日はダンジョンの下見とかで出掛けてます……」
「ふむ」
俺は腕を組み、神官学校をまぁまぁの成績で卒業した優秀な頭脳をフル回転させる。
はじき出された計算を元に、俺は早速行動に移る。
「な、なにをやってるんですか?」
「身なりを整えているんです」
カタリナの問いかけに、俺は髪を撫で付けながら答える。
するとカタリナは俺の答えを反芻するように考え込んだ挙げ句、さらに尋ねる。
「どうしてですか?」
俺はにっこり微笑んだ。
「できるだけ人の良いお金持ちに競り落としてもらうためです」
「なに諦めてるんですか!」
だって無理だよぉ!
俺は秘密警察の死体の上で大の字になった。
仲間が役立たずばっかじゃねぇか!
このメンバーじゃ逃げるの無理ですねぇ!