「魔女を探せ! 服を剥いて磔にして火炙りにして殺せ!」
蘇生ほやほやメルンが目を血走らせてパステルイカれ女を探している。
過激な言動は恐怖心の裏返し。リエールを惨殺することでヤツに対するトラウマを克服しようと躍起になっているのだ。まぁ無理だと思うけど……
さきほどの惨劇に紛れて秘密警察は逃走。ひとまず戦いは収まったが、またいつどこでゲリラ戦が勃発するか分からない。
ヤツらの要求は牢獄にぶち込まれた仲間の解放だ。もっと具体的に言えばアイギスの解放である。
秘密警察などと名乗って揃いの制服に身を包み颯爽と街を歩いていたって、所詮は烏合の衆。アイギスがいなければただのコスプレ集団とそう変わりない。
だから秘密警察は子供がダダをこねるみたいにあちこちで暴れまわってアイギスを取り戻そうとしているのだ。
しかしアイギスの所在について尋ねると、集会所の信者は怪訝な表情でこう言った。
「我々はなにも知らないんですってば。確かに騒ぎを起こした秘密警察の下っ端は何人か確保しましたけど、アイギスさんについて集会所は関与していません。第一あんな人、牢獄なんかに繋いでおけるはずないじゃありませんか。何度もそう説明してるのに、あの馬鹿集団人の話聞かないから困ってて……パパからもなんか言ってやってくださいよ」
言われてみればそうだな。集会所の勇者ごときがアイギスを拘束できるとは考えにくい。あんな鉄格子、飴細工と見紛うほど簡単にへし折ってしまうだろう。
それにアイギスは星持ちだ。姫から直接勲章を賜った勇者である。領主といえどアイギスを無下にはできないだろうし、姿が見えなければ姫だって不自然に感じるはず。
まぁそれはそれとして。
俺は全力のローキックを白装束の男の脛にぶちかました。
「痛ッッてぇ! なにするんですかパパ!」
男は崩れ落ちるようにしゃがみ込み、脛をさすりながら苦悶の声を上げる。
俺はヤツの前髪を引っ掴んでそのアホ面を覗き込み、噛んで含めるように言った。
「次に私のことパパって呼んだら両脛いきます」
*****
「アイギス~、アイギスや~い」
俺はチッチッチと舌を鳴らしながら、騎士ちゅーる片手に露地裏を彷徨い歩く。
大きなゴミ箱の蓋を開けて中を覗き込むが、そこにアイギスの姿はない。俺は肩を落として嘆息した。
「いないなぁ……」
「そりゃ、ゴミ箱の中にはいないでしょう。なんでそんなとこ探すんですか?」
秘密警察が仮面の奥から怪訝な視線を向けてくる。
俺は天を仰いでヤツの質問に答えた。
「これは神官の勘なんですがね。なんかこう、暗くて狭いとこにアイギスがいるような気がするんですよ」
「アイギスさんが猫や犬じゃなくて人間だってこと、たまには思い出して欲しいんですが……まぁ、確かにこの街のめぼしい場所は俺たちが探しましたけどね」
秘密警察が鋭い視線を大通りに向ける。白装束の勇者が我が物顔で街を歩いているのが気に入らないようだ。
舌打ちし、吐き捨てるように言う。
「やっぱりあの集会所の連中が怪しいと思うんです。神官さんの娘がまた変な能力使ってアイギスさんを幽閉してるんじゃないですか」
ナチュラルに娘って呼ぶな。
やはり秘密警察の連中は集会所の勇者の言葉が信じられないらしい。
アイギスが戻ってこない限り、秘密警察と集会所の戦いは沈静化しないだろう。またいつゲリラ戦が始まっても不思議じゃない。
……ん? 大きな羽音が聞こえるとともに、頭上に影が差す。見上げると、空飛ぶトカゲの白い腹が見えた。
「ユリウス神官! おかえりなさ~い!」
ロンドだ。ドラゴンに乗ったままこちらに手を振っている。館にいないと思ったら、そんなとこにいたのかよ。探してもいないはずだ。
俺はひとまずアイギスの捜索を切り上げて秘密警察と別れ、ロンドと共に領主の館へ向かった。
通されたのは執務室だ。相変わらず豪奢な部屋だな。ソファなんかふっかふかだ。うちの教会にも一つ欲しい。いや、こんなのあってもどうせ血塗れになるからダメか。
ロンドは少し離れた執務机に着いた。これまた立派な机で、ロンドの小さな体が若干埋もれてしまってる。
「長旅お疲れ様です。無事に帰ってきてくれて良かった」
カチカチカチカチ。
挨拶の言葉を続けながらロンドが執務机の上に置いたスイッチを連打している。かと思うと唐突に手を止め、こちらに無邪気な笑顔を向けた。
「もう誰かから聞いたかとは思いますが、姉様がフェーゲフォイアーに来るんです。ユリウス神官にもぜひご協力をお願いします。今後の予定ですが――」
カチカチカチカチ。
話の途中でロンドがまたボタンの連打を始めた。
それが気になって、話があまり頭に入ってこない。
『学習性無力感』
自分の意思や努力では回避することのできないストレスに長期にわたって曝されることにより“なにをしても無駄”と学習し、その状況から逃げ出す努力を放棄する現象。逆側の立場から言えば「逃げようなんて考えるだけ無駄」と刷り込むことで本当に逃げるチャンスが訪れても、対象をその場に留めておける。心を縛る見えない鎖。
使い古された手だ。洗脳古今東西でも第二章で触れられている。
俺はロンドの背後にある窓から外を見た。
館の玄関前にドラゴンが待機している。可愛いリボンで飾られ、体を丸めてジッとしている姿はまるで愛玩動物のようだ。ロンドがボタンを押すのに合わせて細かく体を痙攣させているのが分かった。断続的な電撃に耐えているのだろう。まさに今、回避不能のストレスを与えられているわけだ。
電極を埋め込まれているとはいえ、ロンドの目を盗んで街中で暴れたり、ほんのわずかな隙を突いてロンドの小さな体を潰すのは数多の勇者を退けた人食いドラゴンにとって容易い事のはずだ。
そうしないということは、ロンドの調教が上手くいっている証拠なのだろう。洗脳って凄ェ~
まぁそれは置いといて。
俺は今一番気になっていることをロンドに尋ねる。
「アイギスがどこにいるのか知りませんか?」
しかし予想通り、ロンドは困ったように眉尻を下げて首を振った。
「僕が聞きたいですよぉ。ユリウス神官が帰ってくれば出てくるかと思ったんですが。どこ行っちゃったんですかね」
「やはり知りませんか。大きい音とかにビックリして街を飛び出していっちゃったんでしょうかねぇ」
「違うと思いますけど……犬じゃないんですから……」
ロンドが豪華な椅子からぴょんと飛び降り、窓の外に視線を向けた。
「ドラゴンで上空から探してみましょうか。ん? あの方は……」
うん? なんだ?
ロンドの声色に不穏な気配を感じ、俺も窓に近付いて外を見下ろす。
ドラゴンは相変わらず大人しく館の前でうずくまっている。ん? ドラゴンに近付くあの人影……エイダだな……
*****
「酷い……以前の威厳はどこへいったんだ!」
どうやらさっきの惨劇に乗じて集会所から逃げ出してきたらしいエイダが変わり果てたドラゴンの姿を前にして呆然としている。まったく、白装束共は一体何をしているんだ。
しかしロンドは余裕の表情だ。ドラゴンの鱗を撫でながら、薄っすらと笑みを浮かべて尋ねる。
「以前? 過去の女のことなんて覚えてませんよ。ねぇドラゴン?」
「ウン……」
ドラゴンがか細い声で返事をしながら、微かに頷く。
その仕草もエイダの神経を逆撫でしたようだった。苛つきを隠そうともせず、エイダが激しく声を上げる。
「村に災いをもたらし、何人もの生贄を喰らってきたドラゴンが今や人間のペットか。呆れてモノも言えない。恥ずかしくないのか!」
ドラゴンは目を伏せ、エイダを見てもいない。
代わりに答えたのはロンドだ。わざとらしいほどにキョトンとした表情を貼りつけ、あざといまでに可愛い仕草で首を傾げる。
「恥ずかしがることなんか何もありません。こんなに可愛いのに、一体なんの文句があるんです?」
「あ、あんたがドラゴンに虐待をしているのは知ってる。電極を埋め込んでるんでしょ。可愛いだなんてよく言う!」
「ドラゴンを目の敵にしてる割には優しい事を言うんですねぇ。でも僕はドラゴンが可愛くて大好きだから電極をつけてるんですよ。種族の違う僕たちが共に歩いていくために必要だから……僕だってこんなこと本当はしたくないんです」
なんかDV男みたいなこと言ってる。
死んだ眼をしたドラゴンの腹を全身で撫でまわしながら、ロンドが明るい調子で尋ねた。
「で、僕のドラゴンに一体なんのご用ですかぁ?」
「……もう良い」
ロンドにかけた言葉というよりは自分に言い聞かせるような低い呟きだった。
エイダは素早く槍を構えて体勢を低くし、射殺すような視線をドラゴンに向ける。
「せめてもの情けだ。そんな姿を晒すくらいなら、私の手で……終わらせてやる!」
速い。踏み込んだ次の瞬間、エイダはもうドラゴンに肉薄していた。以前見た時よりも動きが洗練されている。その勢いのままドラゴンの脇腹に一撃。しかし生半可な攻撃では固い鱗に阻まれてダメージが通らない。
……いや、違う。今の突きは攻撃ではない。ドラゴンの固い鱗に引っ掛けた槍を棒高跳びのように使い、高く跳躍する。輝く太陽にシルエットを浮かべたエイダが空中でくるりと体を回転させて体勢を整えた。やがて物理法則に従い落下が始まる。全体重と重力を味方につけ、そのすべてを槍先に乗せる。
目を奪われる鮮烈な動き。思わず拍手を送りたくなった。まるで観客にでもなった気分でエイダを見上げる。
いよいよクライマックスだ。俺たちに見守られながら、エイダは空中でドラゴンの尾に叩き落されて死んだ。手で払われた蚊のような最期だった。
「あ~」
思わず落胆の声が漏れる。
まぁアクロバットとしてカッコイイのは認めるが、所詮人間は羽根を持たない生物。身動きの出来ない空中は我々に適した戦場ではない。地を這いずりまわるのがお似合いなのだ。
余計な茶々が入ってしまった。オチで死ぬ曲芸なんか見てる場合じゃないんだ。
「じゃあ僕らは外を探してみますので」
街の入り口からドラゴンの背に乗って飛び立っていくロンドを見送る。
さて、俺はどこを探そうか。とはいえ大体の場所は探してしまったからな……
小さくなっていくドラゴンの影を、腕組みしながらボーッと眺める。
その脇を通って、冒険を終えたらしい勇者二人組が街へ入ってきた。
背後から彼らの声が聞こえてくる。
「あっ! ちょっと待って、割らせて」
「あー……早くしろよ」
割る?
聞こえてきた話がなんとなく気になって、チラッと振り返って視線をやる。ああ、なんだ樽か。俺はすぐに視線を戻した。
壺職人の引き抜きにより、フェーゲフォイアーでまともな壺を割れるのは壺カジノのみとなっている。代替品として用意されたのが樽だ。勇者曰く壺の割り心地には負けるらしいが、壺中毒の症状を紛らわせるくらいにはなるらしい。
しかしいつまで経っても樽の割れる音は聞こえず、代わりに勇者の呻き声が漏れ聞こえてくる。
「なにやってんだよ。早くいくぞ」
「いや……なんかこの樽重……」
「なに入ってんだ? お前、斧で叩き割ってみろよ」
「ああ、そうだな。なんかスゲーもん入ってたりして」
瞬間、耳をつんざく悲鳴。なんだよもう、うるせぇな。
チラッと振り返って視線をやる。生首だ。足元に転がってきた勇者の首をつま先で止める。さっき樽を割るだの何だの言ってたヤツのだな。一体なにがどうなって……ん?
俺は慌てて勇者の髪を引っ掴み、生首を拾い上げる。こ、この美しい断面には見覚えが。
「ひっ……ひい……」
もう一人の勇者の方は無事だったようだ。尻もちをつき、ぶるぶると震えながら樽を見上げている。
生首は淡い光となって俺の手から消え、体と共に棺桶へとその姿を変えた。悲鳴を上げながら逃げ出した仲間の後ろをカルガモの雛のようについていく。
しかしそんなのはどうでも良かった。俺は恐る恐る呼びかける。
「……もしかして」
瞬間、樽がひとりでに割れた。
俺は思わず目を見開く。
煌めく白銀の鎧、ロングソードの切っ先から滴る鮮やかな血液、自慢の赤髪は野良犬のように乱れているが、あれは紛れもなく。
「アイギス!」
「し……し……神官ざああああん!」
俺は喚くアイギスの元へと慌てて駆け寄った。感極まったアイギスにまた肋骨を折られないよう警戒しながら尋ねる。
「なんでこんなところに隠れてるんですか。探したんですよ」
「待ってたんです。神官さんの帰りを、ずっと!」
「待ってたって……こんなとこで……?」
俺は粉々になった樽を見下ろす。とても快適な居住空間であるとは言い難い。
アイギスがよろよろと割れた樽から足を踏み出す。
「ここなら不甲斐ない姿を部下に見られずに済みますし、なにより一番早くお会いできるかと思ったのですが……すみません、私としたことが少々集中力を切らしてしまっていたようです。神官さんが既に帰ってきていたなんて」
そう呟くアイギスの眼の下にはガッツリとクマが刻まれている。
一体どれだけの期間この樽の中に潜んでいたのか。まさに忠犬……くそっ、俺に唸るほどの富があればここにアイギスの銅像を建てるのに……
で、お疲れのところ悪いのだが。俺はちょうどドンパチ始めやがった白装束と秘密警察のゲリラ戦を親指でビッと指し示す。
「あの、あれどうにかしてもらっても良いですか」
「お任せください」
アイギスの目に力が入る。
甲冑を纏っているとは思えない身軽さでゲリラ戦の中に飛び込み、白装束の首をポーンと刎ね飛ばした。その鮮やかな先制斬首は誰にでもできるものではない。秘密警察が口元に手を当て、感極まったように漏らす。
「ア……アイギス……さん……!?」
「私がいないからって、なに腑抜けた戦いをしている」
アイギスの声が静まり返った戦場に響く。
白装束の集団に血の滴る切っ先を向け、低く呟いた。
「五分で片付けるぞ」
鬨の声を上げる秘密警察。
アイギスを取り戻した秘密警察が、メルンのいない白装束の雑魚共に負ける道理はない。
白装束がみるみるうちに赤く染まり、動く棺桶に続々とその姿を変えていく。
でもさ、違うんだよアイギス……どうにかしろって確かに言ったけど、それは「戦いに勝て」じゃなくて「戦いを止めろ」って意味なんだよ……言葉が足りなくて悪かったけど……
淡い光となって教会へ送られていく白装束の軍団を見下ろしながら勝利の雄叫びを上げる秘密警察。
そんな中、剣にベッタリ付着した血を振り払いながらアイギスがポツリと呟いた。
「ところで、これはなんの戦いなんだ?」