ロンドのカタリナへの興味が留まるところを知らない。
まぁそれは好きにしたら良いのだが、どういうわけかロンドは教会に押しかけて足元をちょろちょろしながら俺にアレコレ聞いてくる。
「勇者カタリナは初心者なんですよね?」
「はぁ……そのはずですが」
「あの杖はどこで手に入れたかご存じですか?」
「……少なくともこの街に来る以前から持っていたものだと思いますけど」
「今のパーティメンバーとはユリウス神官が引き合わせたと聞いていますが、街にやって来たときはどうでした? 誰かと一緒でした?」
「知りませんよ。私が見たときはソロでしたけど」
「洗礼はどこで行いました?」
「なんで私に聞くんですか。本人に聞いてくださいよ」
ロンドの質問攻めにいい加減辟易する。
なにやらコソコソと調べているようだが、人の事情をあれこれ詮索するのはあまり良い趣味じゃない。勇者なんてやってる人間ならなおさらだ。それぞれに事情があり、聞かれたくないアレコレがあるだろう。なにも知らない他人が迂闊に首を突っ込むべきじゃない。
そう言ってロンドを嗜めると、ヤツは俺の言葉をガン無視して呟いた。
「なんで初心者がこんな街に来たんでしょうね」
……まぁ、その疑問はもっともだな。
こんな街、勇者になりたての人間が来るような場所じゃない。強力な魔物が跳梁跋扈し、百戦錬磨のベテラン勇者でも容易く捻りつぶされる魔境だ。よくもまぁこの街で心折れず冒険を続けられているものである。天性のメンタルの強さゆえか、あるいは何も考えていないのか。後者かな。
「元から無謀な勇者なのでね。勢いで来ちゃったんじゃないですか。大した理由ないですよきっと。というか、貴方こんなことしている暇ないでしょう。早く館へ戻った方が良いのでは?」
「……なんか追い返そうとしてません?」
怪訝な表情でこちらを見上げるロンドに、俺は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
「これから溜まった仕事を片付けなくてはならないんです。その準備があって……申し訳ないのですが、そろそろ」
「そうでしたか。分かりました。僕もちょっと行くところがあるので、これで失礼します」
「また物資の買い付けですか?」
「いえ。あの杖が本来あるべきところに行ってきます。ドラゴンで行くので夜か明朝には帰れるかと思いますが、なにかあれば屋敷の者に伝えてください」
それだけ言うと、ロンドは足早に教会を出ていった。
杖……ってカタリナの杖のことか? あるべきところってなんだよ。
色々疑問はあるが、今は目下の仕事に集中しなくては。ロンドがどこかへ行くのは好都合である。
ロンドは領主だ。しかし彼が子供であることには違いない。
……ここから先は、ちょっと子供には刺激が強いからな。
*****
雁首そろえた勇者どもが辛気臭い面して血に濡れたカーペットの上で正座している。
俺は女神像(小)を携え、ヤツらの周りを右へ左へと歩き回る。
「あのう、神官さん……この集まりは……」
勇者の一人が恐る恐るといった様子で手を挙げる。
俺はぐりんと首を曲げて恥知らずの顔を覗き込んだ。
「まさかどうして呼ばれたか分からないんですか?」
「いや……すみません、蘇生費ですよね……」
分かってんじゃねぇか。
今日ここに集めたのは蘇生費のツケが嵩んだアホ共である。一人二人ならまだしもこの人数。しかもヤツら、カタリナのように死にまくって教会へのツケが膨れていったわけではない。特別死んでいるわけでもないし、顔触れも中堅勇者が多いように思う。なのに、なんかこいつらシンプルに金がない。
「一体どうしたというんですか、揃いも揃って」
すると勇者たちは口を堅く閉ざして、俺の視線から逃れるように血の染みのこびり付いたカーペットに視線を落とす。俺は女神像(小)を素振りした。風を切る音に反応してか、一人の勇者が重い口を開く。
「あの、その………………壺カジノでスりました」
馬鹿!! シンプルにクズ!!
俺は頭を抱えて天を仰いだ。そしてシンプルなクズどもに吐き捨てる。
「こんな時になにカジノなんかに入り浸ってるんですか!? 姫攫われてるって知ってますよね!?」
すると勇者はグッと目を瞑り、苦悶の表情を浮かべて噛み締めるように言う。
「こんな時だからこそ……みんなの緊張感が高まっている時こそ勇者には息抜きが必要なんです……」
俺は首を傾げ、勇者のこめかみを女神像(小)でグリグリする。
「クズってやたら“息抜き”って言葉を使いたがりますよね。どうしてですか?」
「辛辣……」
「だ、だって日が暮れてから暇なんですもん。酒場は早く閉まるし」
強靭な精神力で怒りを抑え込み勇者どもの言い訳を聞いてやる。
つまるところ、姫誘拐の影響であちこち自粛モードの中、唯一通常営業を続けているカジノに人が集中。しかしギャンブルというのは胴元が儲かるようできているのだ。こうして負けの込んだ勇者どもが野に放たれ、真面目に働いている労働者が割を食っていると。やってらんねぇな!
ハンバートのヤツ、幼女じゃない人間の生き死になど知ったことじゃないってか……?
「まぁとにかく、一人一人返済プランと返済期限を発表していってください。カジノ通いは当然禁止です」
すると勇者どもがもごもごし始めた。なんだよ。
「あのですね、実はカジノにも借金があってですね……蘇生費の方は少し待って頂きたいのですが……」
「はぁ!? 借金!? そ、それっていくらですか?」
勇者がひょこひょことやってきて、俺に次々耳打ちをしていく。
囁かれた金額に俺は白目を剥いた。
まさかとは思うが、お前らそれ返すまで蘇生費払わねぇ気か……?
しかし死んで転送されてきたら蘇生させないわけにはいかない。お前ら、これ、どうすんだよ……
多くの勇者が俯く中、一人の勇者がもうヤケクソとばかりに血塗れのカーペットの上で大の字に寝転んだ。
「仕方ないじゃないですかぁーッ! 無い袖は振れませんッ! 俺らにどうしろって言うんですかぁ!」
開き直るな!
しかしまぁ、勇者の言うことも一理ある。空の貯金箱と同じ。ひっくり返して叩いたところでなにも出てはこない。いや、こいつらひっくり返して叩けば吐瀉物くらいは出るかもな。なら空の貯金箱の方がまだマシだな。
ふざけんなよ……なんで俺が債務整理までしなきゃならんのだ……
しかし放っておいたら俺がただ働きし続けることになる。金がないなら死ぬな、なんて勇者には無理な相談だ。
俺は腕を組み、がっくりうなだれて言う。
「仕方ないですね」
勇者どもが濁った瞳を輝かせ、こちらに縋るような視線を向ける。
「借金返済の妙案が!?」
俺は笑顔で頷き、ヤツの肩にそっと手を置く。
「ええ、背に腹は代えられません。貴方たちには体で借金払ってもらいますからね」
勇者共が俺の手を払いのける。自らの肩を抱いて震えだした。
「か……体で……!? このケダモノ!」
「そんな……俺には妻と子が……」
今ふざけた勇者を女神像(小)でそれぞれぶん殴る。変な茶番すんな。
勇者どもが頭をさすりながら不満げな声を漏らした。
「分かってますよ……ちょっとした冗談じゃないですか……普通に妻も子もいないし……」
「あれでしょ、肉体労働とかでしょ」
まぁそんなところだ。手っ取り早く稼げるバイトを、俺はフェーゲフォイアーに君臨したバイトマスターから聞いていた。
手近にいた勇者の前髪をガシッと掴み、顔を上げさせる。
「なに、難しいことはありません。貴方たちは冷たい台の上で寝ているだけで良い。“ヤツの研究所”はいつも新鮮な被検体を求めています。鼻から触手突っ込んでイジってもらえば貴方達のそのスカスカ脳でも射幸心をコントロールできるようになるんじゃないですかぁ~? こんだけ頭数いるんですから人面ヒュドラも作れますね~」
「人面ヒュドラってなんですか!?」
俺は勇者どもの声を無視し、ヤツらに背を向ける。振り返り、肩越しに言った。
「今話を付けてきますのでね。せいぜい首と鼻の穴洗いながら震えて待っていなさい」
*****
俺は教会を出て街を行く。しかし向かうのはマッドのところじゃない。
勇者どもには色々言ったがあれは嘘だ。いくらマッドでも、ヤツら全員の借金を返済するだけの額をすぐに用意するのは厳しいだろう。じゃあなんであんな事を言ったのかというと、普通にヤツらへの嫌がらせである。
それに、ここでヤツらの借金をどうにかできたとしても別の勇者が次々借金を作るだけだ。やるなら根本を叩かないと。俺が向かったのはハンバート邸である。
「やぁ、珍しいね。神官さんが僕を訪ねてくるなんて」
屋敷のバルコニーで、ハンバートはワイン片手に俺を出迎えた。
さすが金持ちは佇まいからして余裕が違う。追い詰められた多重債務者どもの辛気臭ぇツラ散々拝んだあとだから温度差が酷すぎて脳が混乱してくるぜ。
カジノはハンバートの屋敷と隣接している。カジノの屋根部分に取り付けられた天窓から、煌びやかな室内と哀れなギャンブル狂い共がよく見えた。
カジノも飽きられないよう日々アップデートを重ねているようだ。以前はなかったスロットだのルーレットだのカードゲームだのも遊べるようになったらしい。
のめり込む人間がいるのも頷けるが、やって良いことと悪いことがある。
俺は借金に塗れた勇者どもの惨状をやや大袈裟に説明し、ハンバートをじろりと睨む。
「カジノを閉めろとまでは言いませんがね、手持ちの金額以上の額を賭けさせるのはやめてください。この街の人間の多くが勇者です。自由な経済活動は素晴らしいことですが、それよりも優先される使命が貴方たち勇者にはあるんです」
「――人は追い込まれてこそ潜在能力を引き出せる」
ハンバートは俺を一瞥し、フッと笑みを漏らす。その視線はカジノの天窓へと向けられた。
ポーカーで大負けでもしたのか。ディーラーに食って掛かった客が黒服に羽交い締めにされている。
「人間の体っていうのは怠惰にできてるんだ。余計なエネルギーを使わないことが生存戦略の要だと神は判断されたのだろう。普段の能力も無意識にセーブされている。“人の脳は本来の十パーセントしか使われていない”――あまりにも有名な俗説だ」
黒服に取り押さえられた勇者がどこかへ連行されていく。死角に入り、彼の姿は我々にはもう見えない。
ハンバートが目を細めた。テーブルの上に身を乗り出し声を潜める。
「神官さん、僕は別に金が欲しくてやっているんじゃないんだ。ただ求めているんだよ。彼女に勝てる人間を。そして彼を引きずり込める人間を」
……きな臭くなってきやがった。目をギラつかせたハンバートを見下ろし、俺は恐る恐る口を開く。
「なにを企んで――」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
なんだあれは。遠くに見える、空を舞う白い大群。徐々に大きくなっていく。この街へ向かってきているのだ。鳥か? いや違う。
紙だ。鳥のように空を舞う紙が街を飲み込むのはほんの一瞬だった。
「ッ!?」
まるで嵐だった。紙束を広げるようなバサバサという音が耳障りに響く。
鳥のように羽ばたいていた紙が、今度は磁石のような動きをみせた。目に見えない力に引き寄せられるように、紙が壁にベタベタと張り付いていく。
嵐が去り、眼を開けて辺りを見回すころには、街中の壁が紙だらけになっていた。
「これは一体」
俺は目を見張った。一瞬で街中の壁が紙だらけになったことも驚きだが、そこに書かれた内容に比べれば微々たるものだった。
上部に書かれた「WANTED」の文字。下部には報奨金として目を見張るような額が。そして中央にデカデカと描かれていたのは、満面の笑みでダブルピースをしたカタリナだった。
「ど、どうしてカタリナが……」
俺は横目でハンバートを見る。
ヤツは大量の紙に動じることもなく、そのままの姿勢でワイングラスを回していた。壁に張り付いた手配書を一瞥し、フッと笑う。
まさか……お前が……?
「なにをする気ですか! どうしてカタリナを」
問い詰めると、ハンバートは含み笑いを一つ。さらに飲み物を一口含み、深く息を吐いてこちらをチラリと見上げる。
「知らない」
「は?」
「僕は無関係だ。なんだこれは。僕が聞きたいよ。ふふ……本当にこの街は飽きるということがないね」
……本当だ。手配書の端にロンドのサインがある。
なんだよ、散々溜めて無関係かよ。なんでコイツいちいち意味深な態度とんの? ぶん殴りてぇな。
しかし下手に殴って喜ばれでもしたらリアクションに困る。万に一つでもコイツの底なしの性癖の新たな一ページに名前を刻むような事態になったら困るしな。俺は走って外へ出た。
向かったのはもちろん領主の館だ。しかし館に入るまでもなく、屋敷の玄関前でフランツさんが丁度良くオロオロとしていた。
「どういうことですか、これは」
俺はカタリナの載った手配書を指し、フランツさんを問い詰める。
しかしフランツさんも狼狽えるばかりだ。
「私もこんなのは聞いていないが……」
しかし手配書にあるサインはどう見てもロンドのものだし、カタリナの身柄引き渡し場所も領主の館になっている。
とはいえ、確かにこんな真似ロンド一人でできるとは思えない。無機物を動物のように操る技。これは……魔法?
フランツさんが誰に聞かせるでもなく呟く。
「もしかしたら彼女の杖の本当の持ち主が領主様に書かせたのかもしれない。領主様が向かったのは魔法使いの家だ。きっとこれくらいの芸当はできる」
ロンドは確かに『あの杖が本来あるべきところに行ってきます』と言っていたが……
どういうことだ? アイツの杖はそんなに特別なものなのか?
手配書に手配の理由までは載っていない。俺はフランツさんに詰め寄る。
「領主様は一体なにをしにどこへ行ったんです?」
フランツさんは逡巡するように視線を巡らせる。しかしやがて観念したように口を開き、語り始めた。
「あの杖は、ある高名な魔法使いの一族の家から盗み出されたものだ」
コミカライズに関するたくさんの感想ありがとうございます。
原作更新に合わせてタナカ先生がツイッターにイラストをアップして下さってます。
めちゃめちゃ素敵なのでまだの人はぜひ見てね。