歓声と悲鳴の入り乱れる煌びやかなホール。
眩い照明を浴びたテーブルの上では大量のコインが行き来し、欲に目が眩んだ勇者共が泣いたり笑ったりしている。カジノは今日も大賑わいだ。
ここでは現金ではなく、カジノ専用のコインを賭けて遊ぶようだ。入口に設置されたカウンターでカジノ専用のコインを買うことができ、またコインを景品に換えることもできる。
コインと交換できる景品は多岐に渡り、ここでしか手に入らないアイテムがあることもカジノ人気に拍車をかける要因になっているとのことだ。確かに景品を見ているだけでもちょっとした暇つぶしになる。
恐ろしい顔をしたオーガの石像をジッと眺める。口から火が出るギミック付きとのこと。なるほどね。俺は近くにいたアルベリヒを捕まえて石像を指す。
「これ加工して女神像にできませんかね?」
「……アンタ教会をどうしたいんだ?」
カジノ利用者は勇者が多いが、別に勇者専用というわけじゃない。とはいえ、アルベリヒがカジノにいるのは少し意外だった。
「貴方もカジノで遊んだりするんですか?」
「んー、まぁ入荷したレアアイテム見るついでにちょっとだけな。神官さんこそ、こんなとこ来て神罰下らないのか?」
「別に神官だからってギャンブルは禁じられていません。飲酒と同じで程度の問題です。それにのめり込み、溺れなければ問題ないはずですから。まぁ私はそういうの関係なくギャンブルやらないですけど」
「なんでやんないの? 領主様から賞金貰ったんだろ?」
うぐっ……
な、なんで知ってるんだ。もうそんなに情報が広まっているのか。今まで以上に防犯に気を付けねば。
とはいえ、俺はまだ賞金を手にできてはいない。
「今は姫の救出作戦でゴタゴタしてますから、賞金の受け渡しはまだですよ。それに、ギャンブルっていうのは胴元が儲かるようになってるんです。わざわざ損したくないですもん」
「儲け? 損? なに萎える事言ってるんだ。別に勝てなくたっていいだろ。カジノはエンターテイメントであって金を稼ぐ手段じゃないんだから」
ふうん、なるほど。そういう考えもあるか。結構良いこと言うな。あのギャンブル狂い共に聞かせてやりたいよ。
まぁアルベリヒの言い分ももっともだが、今日は遠慮しておこう。
俺は債務者共の末路を見届けなくてはならないのだ。それを伝えるとアルベリヒはニタリと笑い、親指でフロアの奥にある扉を指し示した。
「じゃあ俺と目的地は同じだな。行こうか」
俗にいうVIPルームというヤツらしい。
通常フロアよりも高いレートで賭けが行われ、ゲームに使うコインもこの部屋専用のものが用意されている。そしてコインと交換できる景品のうち、レア度の高いものもこの部屋で保管されているようだった。
「これだよ、これ。鍛冶職人としてぜひ見ておきたくてな」
ショーケースの中で輝く銀色の剣を熱心に眺めながらアルベリヒが歓声を上げている。
確かに美しい剣だ。なんかこう、良く分からないけど強そうな気が……いや、やっぱよく分からん。俺は素直にアルベリヒを頼ることにした。
「そんなに凄い剣なんですか?」
尋ねると、アルベリヒは興奮気味に頷く。
「プラチナスライムの剣だ。一匹から僅かしか取れないプラチナスライムの核を集めて作った剣。素材の貴重さもさることながら、製造方法が特殊でな。金を積んだからって簡単に手に入る代物じゃない。本来ならこうやって見せるだけでも金取って良いレベルだぞ」
「へ~」
アルベリヒが言うだけあって、交換に必要なコインの枚数も他のものとはケタ違いだ。多分この剣がカジノの目玉景品なんだろう。
ハンバートのヤツ、結構ちゃんとカジノ経営やってんだな。
「ああああああ!!」
突如上がる悲鳴。俺は咄嗟に振り返った。
舞い上がり、そして重力に従い落ちるカードがテーブルに突っ伏した勇者に降り注ぐ。
「クソォ!!」
テーブルを殴りつけ、慟哭する勇者。
しかし勝者の方は穏やかなものだった。対面に座ったルビベルが小首をかしげ、敗者に向けて穏やかに微笑みかける。
「またルビベルの勝ち!」
虐殺幼女め、最近大人しいと思ったらこんなとこで勇者の懐を虐殺していたのか……
獣人の突出したセンスと勘は戦いだけじゃなくギャンブルにも応用が利くらしい。
二人の勝負を眺めていたハンバートがルビベルへ称賛の拍手を送る。
「相変わらず素晴らしい勘だ。君にギャンブルの才能があったとはね。無限の可能性を秘め、時に思いもよらない能力を発揮して僕らを驚かせる……フフ、だから子供は素晴らしい」
「黙れロリコン野郎。いくら雑魚けしかけたって無駄だぜ」
ルビベルの後ろで腕など組んで突っ立っているだけのグラム君がいっちょ前に偉そうなことを言っている。
俺はヤツにすすっと近付き、ぬっと顔を覗き込んだ。
「幼女のヒモですか……落ちるとこまで落ちましたね……」
「誰がヒモだ! っていうかお前、なんでこんなとこに。蘇生費のツケならこの前払ったろ」
「貴方の取り立てに来たんじゃありませんよ」
ルビベルに負け、机に突っ伏した勇者とその後ろに並んだ勇者共にちらりと視線を向ける。カジノ狂いの借金勇者だ。
追い詰められた人間ほど運を掴む、という理論からハンバートはヤツらに契約を持ちかけたようだが……見たところそれほど上手くはいっていないようだな。ダメなヤツはいくら試行回数増やしたってダメなんだよ。
しかし勇者どもは己に運がないことを認めたくないらしい。ルビベルに疑惑の視線を向ける。
「アイツら勝ちすぎだ。こんなのおかしい。イカサマしてるんじゃねぇのか?」
「ああ? ケチつけてんじゃねぇよ。お前らにツキがないだけだろ。日頃の行いだな。嫌なら降りても良いんだぜ。地道に借金返せよ」
ルビベルの威を借りたグラムが偉そうに勇者に凄む。
しかしグラムの言い分も間違ってはいない。勇者共は借金返済のためルビベルに勝たなくてはならないが、ルビベルは無理にヤツらと勝負をする理由はないのだから。
「よーし、じゃあ代われ。こんどは俺だ」
机に突っ伏した勇者を強引に立たせ、別の勇者が席についた。
傍らでディーラーがカードを切る中、ルビベルがスッと目を細める。
「ねぇおじさん」
「“お兄さん”な。なんだ、お嬢さん?」
「ズルはダメだよ」
困ったように首を傾げるルビベルに、勇者が目を見開いて固まった。
ややあって、勇者は手のひらを額に当て肩を震わせる。徐々に動きが大きくなり、やがて腹を抱えて笑い始めた。
「くく……ふふふ……はははは! そうかそうか。自分が疑われたものだから機嫌が悪くなっちまったか? まぁ子供が大人の真似してマセた口利くのはよくあることだ。普段なら子供の可愛い戯言にいちいち口を出すような大人げない真似はしないがな、これは勝負の世界だ。年齢なんて関係ない。その言葉は重いぞ。もう少しよく考えてから発言するべきだったな。まぁ今回はその可愛い顔に免じて許してやる。さぁ早くゲームをはああぁ~」
グラムに捻り上げられた腕の袖口からカードがバラバラと落ちて床に散らばる。グラムが唸るように言った。
「お前やりやがったな」
ハンバートは呆れたように首を振り、無言のまま合図を送る。瞬く間に集まってきた黒服がイカサマ勇者を羽交い絞めにした。
「ああ~嫌だぁ~!」
情けない声を上げながら勇者がどこかへ連行されていく。
俺は暗い顔で視線を逸らす仲間の勇者共に尋ねた。
「あれ、どこに連れられて行くんですか」
「……聞かない方が良い」
まぁカジノでイカサマはご法度だ。かなりキツイ罰があるのだろう。教会に転送されてこなきゃ良いが。
ん? 赤髪の騎士がすすっとルビベルの元へやってきた。フェイルだ。ルビベルの袖を引っ張り、なにやら耳打ちをしている。
するとルビベルが苦笑しながらテーブルの上に置いていたコインを掴む。
「またぁ? 仕方ないなぁ」
そう言って、ルビベルがコインをフェイルに渡した。コインを握りしめ、フェイルはキレのある動きでルビベルに頭を下げる。
「恩に着る。いざ」
「いざじゃねぇよ。お前なにやってんだよ」
騒ぎに気付いたグラムがフェイルの肩を掴む。しかしフェイルは平然としている。
「軍資金が尽きたからルビベルに援助を頼んだんだ」
「大勝ちしてるのに妙にコインが増えねぇと思ったらお前のせいかよ! なにルビベルのコインで遊んでんだ」
「遊んでいるんじゃない。これも装備を充実させるため。君も見ただろ。あのプラチナスライムの剣があれば、俺も姉様を越える騎士になれるに違いない。今度こそ」
グラムが頭を抱えて呆れたように首を振る。
「……なぁルビベル。こんなやつにコイン渡したら全部スられちまうぜ」
今、このパーティで一番発言権があるのはカジノで大勝ちしているルビベルだ。
そのルビベルは、グラムの言葉に笑顔でこう答えた。
「んー、フェイル君の好きにやらせてあげたいから」
なんという懐の深さ。フェイルも思わず涙ぐむ。
「ありがとうルビベル。かならずこの恩は返す。じゃ」
「おい!」
しかしグラムは諦めない。ギリギリ歯を食いしばりながらも、フェイルを嗜めるように言う。
「なぁフェイル。お前がスらなきゃそのうち剣と交換できるくらいのコインが集まる。だからお前は大人しくしとけマジで。な?」
しかしフェイルがグラムに向ける視線は冷ややかなものだった。
「勇者の命ともいえる武器。その入手をルビベルに頼り切るというのか? そんな恥ずかしい真似できるわけないだろ」
「お前、今のこの状況が恥ずかしくないとでも思ってんのか?」
ルビベルも大変だな……二人もヒモを抱えて……
タナカトモ先生とのコラボSS明日公開です。
素敵なイラストたくさん描いていただきました。お楽しみに!