幼女から無心したコインを持って意気揚々とテーブルについたフェイル君。
しかしコインが底をつくのは一瞬だった。
「負けた……」
カードの海に突っ伏すフェイル。
一方、テーブルの向こうではロンドが歓声を上げていた。
「わぁい、勝ちました!」
……お前までなにやってんだよ。護衛のためか、フランツさんも一緒だ。
俺はロンドを見下ろして言う。
「姫が攫われてるってこと覚えてます? 貴方までそんな感じだと本当にいつまで経っても姫の救出なんかできませんよ」
「あ、見られちゃいましたか。楽しそうな雰囲気だったものですから、つい。ありがとうございました。良いゲームでした」
ロンドが背の高い椅子からぴょんと飛び降りる。しかしフェイルが呼び止めた。
「待て! いや、待ってください。まだ勝負はついていません。少しだけ時間をください。そろそろルビベルのコインが増えてるはず」
コイツまだルビベルにコインの無心をする気か……
しかしロンドはフェイルの申し出をあっさり断った。
「すみません、僕は姉様を助けるためにここへ来たので」
姫を助けるために……カジノに来た……?
借金まみれの汚い大人を見たばかりなので、カジノで遊ぶ言い訳にしか聞こえないが。
トボトボと去っていくフェイルには見向きもせず、ロンドが言う。
「勇者カタリナの件で実感しました。やはり武器は重要です。攻略の要になるのは勇者アイギスでしょう。彼女にも素晴らしい武器を用意したい」
あぁ……分かった。
俺はVIPルーム入り口に飾られた銀色に輝く剣を見る。
「あれですか」
「ええ。あの剣は素晴らしいものだそうですね。ぜひ勇者アイギスに使っていただきたい」
その言葉を待っていたかのように、スロットマシーンの影からハンバートがぬっと出てきた。
「ふふ……君ならそう言ってくれると思った。手に入れるのに苦労したよ。やや強引な手も使ったが、そのかいがあったというものだ」
コイツ、まさかロンドを釣るためだけにあの剣を……? 恐ろしい男だ。
ゆったりした足取りでロンドに近付くハンバート。その後ろを黒服がぞろぞろとついてくる。
「僕とゲームをやろう。君が勝てば剣を渡す。僕が勝てば……」
ハンバートの合図に合わせて黒服たちが手に持ったアタッシュケースを開く。中に収められているのはキラキラした種々の女児服と厳つい武器の数々。
ハンバートが満面の笑みでそれらを指し示す。
「好きなのを選んでくれ」
くっ……変態め。人の弱みに付け込むような真似を。
しかし有効な手だ。姫の救出のためならロンドはきっとどんなことでもする。俺の忠告など耳に入らないだろう。
ハンバートが中腰になってロンドの顔を覗き込む。獣の顔を胡散臭い笑みで誤魔化して言う。
「じゃあやろうか、ゲームを」
……危険すぎる。コイツのホームでコイツの考えたゲームをやるなんて、圧倒的にロンドが不利じゃないか。
俺は声を上げた。
「ダメです! 落ち着いてください領主様。これじゃあハンバートの思うつぼ――」
片手を突き出し、ロンドが俺の言葉を遮る。やはり俺の言葉など耳を貸さないか。しかし、子供が騙されるのを黙ってみているわけにはいかない。
「領主様!」
「やりません」
……あれ?
思いもよらぬロンドの返答に、俺は言葉を失った。
ハンバートにとってもそれは予想外だったらしい。急に真顔になり、ロンドの顔をジッと見つめる。
「あの剣は本物だ。それは保証する。君の姉に対する想いはそんなものだったのかい? 全力を尽くさずして姫を救えるとでも?」
煽るような言葉にも、ロンドは笑顔を崩さなかった。
「もちろん僕は全力を尽くします。姉様の救出を運に任せる気はない。もっと確実な手を使います」
フランツさんがテーブルの上にずっしり重そうな麻の袋を置いた。ロンドがそれを取り逆さにすると、ジャラジャラ音を立てて大量のカジノコインが零れ落ち山を作る。
ロンドがテーブルの上に肘をつき、悪戯っぽく笑った。
「さぁ換えて下さい。ちゃんとあの剣との交換に必要な枚数あるはずですが、数えたければどうぞ」
ハンバートはコインを一枚手に取り、光に翳してそれをじっと見る。
「確かに本物だ……一体どんな手を」
「別に。そこのコイン交換所で買っただけです」
「買っただって? ふふ……ははは! 無茶苦茶だ。一体いくら使った!?」
ハンバートの言葉に、ロンドはつまらなさそうに答える。
「そんなのどうだって良いじゃありませんか。姉様の命がかかっています。金でできることならなんだってやります」
ハンバートが舌なめずりをしながらロンドを見下ろす。もはや獣の表情を隠そうともしていない。
「良い……良いよ。僕は君たちのそういうところが好きなんだ。こちらの予想を、張り巡らせた計略を軽々とすり抜けてくる。ますます欲しくなった」
「はい。なんでもいいので早く景品を下さい」
「つれないね。分かったよ。でもこんな無茶いつまでも続けられると思わない方が良い」
黒服から受け取った剣を、ハンバートはテーブルの上に置いた。
剣に手を伸ばすロンドにハンバートは囁くように言う。
「困ったことがあれば僕になんでも言ってくれたまえ。門はいつでも開いている。歓迎するよ」
ロンドは余裕の笑みを浮かべながら、剣を手にカジノを後にする。
なにはともあれ、ロンドがヤバいゲームに巻き込まれなくて良かった……良かった……よな?
良かったはずなのになんだこの胸のざわつき。
……よくよく考えたらあの剣のために使った金貨はこの街の税金だろう。大丈夫なのか? 俺への賞金もちゃんと払ってもらえるんだろうな?
「助けっ! 助けて」
おっと、どうやらあちらのテーブルでも決着がついたらしい。
黒服に押さえられ、借金まみれの勇者どもが連行されていく。
「ふう、あちらもダメだったか」
ハンバートが敗北を重ねた勇者どもを眺めながらゆっくりと首を横に振る。
「い、嫌だ……助けて。助けてください。神官さぁん!」
いや、俺に言われても困る。
情けなく藻掻く勇者共に向けるハンバートの視線は、ゾッとするほど冷たかった。
「最初に説明しただろう? 彼女に勝てれば借金は帳消し。負ければ――」
……ん? 先ほどイカサマ勇者が連行されていった扉から誰かがこちらを見ている。薄っぺらい笑みを浮かべた見覚えのある白衣の男が手招きをしていた。
ハンバートがカッと目を見開く。
「幼女化施術だ」
「嫌だぁぁぁぁ!!」
幼女化施術……?
*****
勇者たちは姫救出のための訓練に励んでいる。
……訓練のはずなのだが、時々事故った勇者が死んでは転送されてくるのだ。カタリナなどはその常連である。
蘇生ほやほやのカタリナが、周囲を見渡して首を傾げた。
「あれぇ? 神官さん、幼稚園始めたんですか?」
「……………………みんな貴方より年上ですよ」
「ん?」
コミカライズ連載開始しました!!
まだご覧になってない方はぜひ!