救出作戦は普通に失敗して、姫とセシリア先生は普通に自力で帰ってきて、セシリア先生が虫も殺さぬ顔でマッドを殺した。
いっぺんに色々起こりすぎだろ。
しかし俺に喜んだり混乱したり悲しみにくれたりする暇は無い。なぜなら人類未踏の地をフラフラお散歩した挙句現住生物にぶち殺された勇者共を甲斐甲斐しく蘇生するお仕事が容赦なく俺の睡眠時間を奪っていくからだ。
夢と現の間を彷徨いながらもようやく教会から死体の山を一掃できたと思ったら、今度は姫帰還の祝いの宴をやるとの知らせが俺の眠りを妨げた。
宴とか言われてもな。それこそ勇者が姫を救い出した後の宴なら盛り上がることだろう。姫救出のため敵を打ち倒しながらも犠牲になった勇者たちならば俺もモチベーション高く蘇生できたかもしれない。
しかし現実はこの有様。ヤツらどんな顔して宴に参加するんだ。俺もそんな宴などわざわざ行きたくない。眠いし。まぁ行くけどね。社会人だから。
案の定、一部の勇者共のテンションはお通夜状態だった。いや、実質お通夜も兼ねてるのか。
「先生が死ぬなんて」
マッドの死が勇者にも伝わっているらしい。
酒をグッと呷り、カップの底をテーブルに叩きつける。
「勇者でもないのに、なに死んでんだよ……!」
金に釣られて人体実験バイトやってた勇者たちだろう。あんなヤツでも死を悲しんでくれる人間がいたか。
重たい空気を漂わせながらテーブルを囲んだ勇者がポツリポツリと呟く。
「良い人だった……いや、良い人ではないけど」
「研究熱心で、被験者にも優しい人だった……いや、優しい人ではないけど」
「……………………金払いは良かったよ」
懸命に探した褒め言葉がそれか。生前の行いが察せられるな。
破門された神官がロクな死に方するはずないとは思っていたが、こんなあっけなく逝くとはなぁ。あまりにアッサリした最期すぎて未だに実感が沸かない。
まぁせめて冥福を祈ってやろうと思わないではなかったが、このボソボソ喋ってる感じと暗い雰囲気が眠気を誘って祈るどころじゃない。
俺は外に並べられた椅子の一つに腰かけ、懐から白い布切れを取り出す。犯行現場に落ちていた白衣の切れ端。マッドの形見だ。勢いで拾ってそのまま持ってきてしまったが、良く見ると茶色い染みとかついててめちゃくちゃ汚い。さっさとジッパーに預けたいが、あれ以来姿を見ていないんだよな。しばらくしたら諦めて捨てよ。
ん? 待てよ。この染みどこかで……そういえばアイツ…………………………
「神官さぁん、何寝てるんですか!!」
ハッ。
ヤバい。ちょっと意識飛んでた。
俺は慌てて辺りを見回す。しかしもう遅い。黒衣を纏った怪しげな酔っ払いに囲まれてしまった。秘密警察だ。こいつら宴の時いっつも酔っぱらってんな。
「まさかもう酔い潰れたんですかぁ? 宴はこれからですよぉ?」
当然アルコールは一滴も飲んでいない。だが徹夜明けで酔っ払いの相手はキツイので、俺は「そうですね~ちょっと飲みすぎましたね~」などと言いながらそよ風のようにさりげなく秘密警察共の間を縫ってこの場を離脱しようと試みたがダメだった。
「神官さんも一緒に姫んとこ謁見に行きましょう!」
姫のとこ?
そういや、セシリア先生とは色々喋ったが姫はロンドが早々に屋敷へ連れて行ってしまったためまともに挨拶すらできていない。
まぁヒラ神官の俺が姫と改めて話すことなどないが、会えるなら挨拶くらいはしておくべきか。俺は秘密警察共に両脇を抱えられて連行されながらぼんやりそんな事を思うのだった。
しかし勇者が姫に会うためにはいつだって辛く厳しい困難を乗り越えなければならないらしい。
「あああぁぁぁ!! 姫ェ! 結婚してくれェ!!」
借金持ちの勇者共だ。人類未踏の地で成すすべなく魔物にぶっ殺され、姫のハートを射止めることができなかったクズがもうヤケクソとばかりに叫んでいる。
まぁそれは別にどうでも良いのだが、なんであいつら巨大落し穴に掛けられた鉄骨の上で喚いてんだ?
「この鉄骨を渡った先に姫がいるそうです。では行って参ります」
そう言って俺を引きずってきた秘密警察が意気揚々と鉄骨渡りに挑んでいく。眼下に広がる奈落をものともしない勇ましい後ろ姿はまさに勇者と呼ぶに相応しい。いや、ヤツの体を巡る血液に含まれたアルコールがもたらす高揚感がそうさせたのかもしれないな。
そしてその血中のアルコールはヤツの足元をふらつかせるのに十分な濃度だった。
「あ~」
情けない声が奈落に吸い込まれていく。
暗くて底が見えないが、どれくらいの高さがあるんだ? ちゃんと下にマットとか引いてあんだろうな……
「お前の無念は俺が晴らす……行くぞみんな! あ~」
秘密警察が続々と鉄骨に足を乗せては奈落へ吸い込まれていく。
俺は一体なにを見せられているんだ? 投身自殺?
別に命をかけてまで姫に会いたいとは思わない。秘密警察が奈落に魅せられている今がチャンス。俺はそっと踵を返したが、今度はロンドに見つかった。
ヤツは俺の顔と鉄骨を見比べながらアッサリ言う。
「姉様に会いたいんですか? ならユリウス神官はあっちの裏口使っていいですよ。僕もすぐ戻るので行っててください」
「えっ、鉄骨渡らなくて良いんですか」
するとロンドは満面の笑みで言った。
「はい。ユリウス神官なら信頼できます。なにせ姉様からナシ判定を受けてますから」
良いよ。それ自体は別にね、全然良いんだけどさ。でもいちいち言わなくても良くない?
俺はしょんぼりしながらロンドに説明された通りのルートを進んでいく。
外の馬鹿騒ぎが嘘のように静かな部屋で、姫は一人テーブルの上のご馳走と向き合っていた。侍女が何人かついているが、みな気配を消すように部屋の隅でジッと控えている。
部屋に入ると、姫は完璧な微笑みを携えて俺を迎えてくれた。
お決まりの挨拶もそこそこに姫が口を開く。
「私のためにたくさんの方が力を尽くして魔物に立ち向かおうとしてくれたと弟から聞いています。本当にありがとうございました」
「いえ、私は何も。ご無事で何よりです」
「外の様子はどうですか? 皆さんも楽しまれていますか?」
「えっ……まぁ、そうですね。はい。盛り上がっています」
「そうだと思いました。微かに外から音が漏れ聞こえて来るんです。人の声とか、ドンっていう太鼓の音とか」
それは多分、鉄骨から滑り落ちた勇者共の断末魔の悲鳴と奈落の底に叩きつけられた落下音だな。あえて言わないけど。
姫が少し寂しげに笑う。
「あんな事があった後だから心配してくれているのは分かってるつもりですが、こんな時くらい私も皆さんと外で宴を楽しみたかったです」
「セシリア先生はどうしたんですか?」
「彼女は喪に服すから宴には参加できないと……この事件での死者はいないはずなのですけどね」
どうやら姫はセシリア先生が教え子を殺めた事を知らないらしい。まぁ無理に知る必要もない。世の中には知らなくて良い……いや、知らないほうが良いことも山ほどあるのだ。
そのおかげで、姫はまだこの街が善良で勇敢な勇者で溢れた街だと信じているらしい。遠くから漏れ聞こえる喧騒に耳を澄ませるように姫が視線を落とす。
「私はもう公にフェーゲフォイアーを訪れることはできないでしょう。いや、王都から……ううん、しばらくは王宮から出ることも難しいかも。それだけが残念でなりません」
無事だったとはいえ、一国の姫君が誘拐にあったのだ。当然警護は厳しくなるだろう。外出に制限がかけられるくらいのことは俺にも想像がつく。
姫は部屋の隅に控えた侍女たちを気にしながらも声を潜めて言う。
「私はロンドが羨ましいんです。こんな事を言うと怒られてしまうかもしれないけど……私の生活は透明なガラスケースに囲われた人形のようなものです。汚いものや危険なことから守ってくれているのは分かっていますけど、あまりにも寂しい。人からの指図を受けすぎて、最近では自分のことすら他人事のように感じます」
雷に打たれたような衝撃だった。なんてことだ。人間を持てる者と持たざる者に分けるとしたら姫は確実に前者だ。蝶よ花よ姫様姫様と育てられ、毎日上等なモン食って常識的な時間にはふかふかの天蓋付きベッドで寝ているに違いない。その姫が幸福じゃないのか?
俺は呆然とした。
姫ですら幸せでない……じゃあ一体だれが幸福なんだ? そもそも幸せとはなにか……。
そうか、自由な時間。姫は姫という職業に縛られ、生まれた時から四六時中姫をやっている。それが苦痛なのでは。やはり豊かな人生に必要なのはワークライフバランス……
「あの、ユリウス神官?」
人間の幸福について思いを馳せていると、姫が恐る恐るというふうに声をかけてくる。
どこか怯えたような表情を浮かべてスッとコップを差し出した。
「お水飲みます?」
「あ……どうも……」