どちゃっと湿っぽい音がして、振り返るとカタリナの死体が転がっていた。
はぁ~、本当にコイツは毎日毎日。今度はなんで死んだんだ?
俺は転送されてきたカタリナの蘇生を進めながら心の内で悪態をつく。
下手したらコイツの顔より内臓見てる時間の方が長いまであるぞ。いい加減にしろ。ちゃんと金持ってんだろうな?
そうこうしていると教会の戸が開いてオリヴィエが入って来た。保護者登場に俺は安堵する。
「少し待っていてください。カタリナの蘇生、もうじき終わります」
しかしオリヴィエは首を傾げて怪訝な表情を見せる。
「あれ? 今日はオフなので冒険には出ていないはずですが」
なんでオフなのにカタリナは死んでんだよ……
パーティメンバーの死因について、オフのオリヴィエ君は一切の興味を持ち合わせていないらしい。満面の笑みを浮かべて言う。
「今日はカタリナとは関係なく、あの子に会いに来ました」
またか……
俺はげんなりして肩を落とす。
オリヴィエが両腕を突き上げて言った。
「アカマナちゃんに!」
輝く笑顔を携えてオリヴィエが跪く。
しかし椅子にちょこんと座ったアカマナは、ふわりと浮かび上がってオリヴィエの頭上を飛び越え、俺の背に隠れた。
なにやってんだ。俺は蘇生を進めながらオリヴィエに非難の視線を向ける。
「やめてください。アカマナが怯えていますよ」
「ど、どうして怯えるんですか。なんで神官様にばかり懐くんですか!」
その必死さが良くないんじゃないか。知らんけど。
そうこうしているうちにカタリナの蘇生が終わった。やれやれ、体の損傷がそれほど酷くなかったのは不幸中の幸いだな。
「お待たせしました。ようやく一段落つい」
振り向いた俺の視界を埋めたのは身の毛もよだつパステルカラーだった。
「ひっ」
開いたパステルカラーの瞳孔に俺の怯えた顔が映り込む。噛み締めた唇に血を滲ませながら、パステルイカれ女がぎょろりと視線を動かし俺におぶさったアカマナを睨む。手に握られているのは鋭く輝くナイフ。
マズい。しかし俺は足がすくんで動けない。
「教会に行くのは自由だけど、ユリウスに密着する必要はな――」
リエールが言いかけた言葉を飲み込んだ。
一瞬の沈黙の後、手に持ったナイフを下ろし、ふらふらと後ずさりをした。
「……まぁでも、アカマナなら仕方ないね。帰るね」
「ちぇっ、アカマナちゃんはいっつも神官様にべったりだなぁ。僕も帰りますよ」
オリヴィエとリエールが俺たちに背を向け、すごすごと教会を後にする。
おいおい、二人ともカタリナにはノータッチかよ。
カタリナも小さくなっていく二人の背中を怪訝な顔で見つめていた。やがてこちらに視線を移し、幽霊でも見るような目付きをする。
「えっ……誰……ですか……?」
……蘇生ミスったか?
いやいや、俺の蘇生は完璧だ。
俺は床にへたりこんだままのカタリナと視線を合わせ、冗談めかして言う。
「私の顔を忘れたんですか? 何回貴方の蘇生をしていると思ってるんですか」
「いや……それは分かってます。そうじゃなくて神官さんの背中のそれ……」
カタリナの視線の先にいるのはアカマナである。
俺はカタリナに笑顔を向けた。
「大丈夫です。死亡時のショックで記憶が混濁しているのでしょう。たまにあることです。落ち着いたら記憶も戻ります」
「……そう……でしょうか……?」
「まぁそれはそうと」
俺は笑顔のままカタリナに手を差し出す。
「今回の蘇生費をお願いします」
カタリナの顔色がサッと変わった。
視線を泳がしながら血まみれのローブの中をゴソゴソ探し回す。しかし一向にコインは出てこない。俺はヤツをジッと見つめる。
「……まさかないんですか? さては蘇生費がないからって記憶喪失を演出してるんじゃ」
「い、いやそんなことは! ええと財布財布、確かここに……あれぇ?」
コイツ……すっとぼけやがってよォ……そのご自慢のスゲェ杖売っぱらうぞ……
カタリナに説教を食らわそうと口を開きかけるが、アカマナが俺の肩をちょんちょんと叩いた。ハッとして振り返る。
「あぁ、すみません。そうですね。蘇生費なんてどうでも良いですよね」
「……へ?」
カタリナがギョッとした表情を浮かべている。
運が良かったな。俺は教会の出口をビッと指し示した。
「もう帰ってもらって結構ですよ。アカマナと大事な話があるのでね」
カタリナが静かに立ち上がる。
風切り音が耳元でして、続いてゴッという鈍い音が響いた。
カタリナの振り回した杖が俺の背中に乗っていたアカマナをふっ飛ばしたのだ。
カタリナの奇行にたまらず悲鳴を上げる。
「ひっ……なにするんですか! アカマナ、大丈夫ですか?」
壁に叩きつけられたアカマナに駆け寄ろうとするも、カタリナは俺の神官服の襟を掴んでそれを妨害する。
俺はもがきながら声を上げた。
「離してください! 今日の貴方はおかしいですよ。蘇生をやりなおしましょう。もしかしたら頭に見えないダメージを負ってるのかもしれない」
「いいえ。神官さんの蘇生はいつも通り完璧です」
カタリナの声は非常に緊迫していた。杖をアカマナに突き付ける。アカマナもむくりと起き上がり、カタリナをジッと見つめる。睨み合う両者。
先に動いたのはカタリナだった。片手で俺の神官服を掴み、もう片手で杖を構えたまま素早く方向転換して駆け出す。裏口の扉を蹴破り、中庭へと転がり出る。助けを求めるように声を張り上げた。
「おかしいのはどっちか、教えて!」
刹那、足がふわりと地面を離れる。ツタに引き寄せられ、ぐんぐんマーガレットちゃんの植物的無表情が近付いてくる。俺の顔を覗き込み、首を傾げた。こちらに耳を寄せてこめかみをコツコツとノックする。どうやら判定が下ったらしい。
マーガレットちゃんは俺の頬をガッと掴むが早いか、目にもとまらぬ速さで口に指をぶち込んできた。強烈な甘味に、頭の中のアレコレがひっくり返るような感覚に襲われる。
頭の中の靄が晴れる。これまでの違和感が堰を切ったように流れ込んでくる。俺はカタリナを見下ろし、呟いた。
「……誰ですかアイツ」
カタリナがわっと歓声を上げた。
「正気に戻りましたね。はービックリした。ちょっとだけ、もしかしたら私の頭がおかしくなったのかもって思いましたよ。良かった良かった」
なんも良くねぇよ。
ひっ。教会の窓から、アイツが見ている。デフォルメされた大きな丸い目からは感情というものがまるで読み取れない。人間の子供程度のサイズだが頭は肩幅を超えるほどに大きく、対して体は細く華奢。そして関節の独特の形状。ぎこちない動き。まるで球体関節人形のようだ。
しばらくはこちらを見つめていたが、やがてふっと姿を消した。
なにアイツ……怖……