コミカライズ第2巻発売記念!
タナカトモ先生(@TT_TANAKA)とのコラボSSです。
ぜひ挿絵機能をオンにしてお読みください。
ふと庭を見ると、マーガレットちゃんの周りにマンドラゴラがいっぱい生えていた。
「あわっ……」
俺は朝露に濡れたマンドラゴラの葉を見下ろし、思わずたじろぐ。
どうして教会の庭にマンドラゴラが。しかもマーガレットちゃんの周りに。こんなところにまで種が飛んできたとは考えにくい。
マンドラゴラに目を奪われていると、マーガレットちゃんのツタがしゅるしゅると体に巻き付いて足が地面を離れる。
間近に迫ったマーガレットちゃんの顔に浮かんでいるのは相変わらずの植物的無表情だが……
体が震える。汗が噴き出す。
まままままさか。このマンドラゴラ。マ、マーガレットちゃんが、う、産ん――
「あぁ、それ。この前の食べ残しを植えたら結構増えたんですよ~」
カタリナがジョウロでマンドラゴラに水を与えながらサラリとのたまう。
俺は絶叫した。
「ビックリするじゃないですか!!」
「えぇ? そんなに怒らなくても」
俺の気も知らず、カタリナはギョッとしてこちらを見上げる。俺はさらに叫んだ。
「なんでわざわざマーガレットちゃんの周りに植えるんですか!」
「私がこういう配置にしたんじゃないですよ。マンドラゴラが勝手に――」
あぁ? なに寝ぼけたこと言ってんだ?
と思ったがどうやら本当らしい。カタリナ曰く庭の色々な場所に植えたものの、マンドラゴラ自身が自分の意思で土から這い出しマーガレットちゃんの周りに集まったとのことだった。
やはり魔物は魔族の近くにいた方が安心するのだろうか。
とにかく、庭に突如生えたマンドラゴラの出自が分かった。いや、よくよく考えたら俺の子なわけはないんだけど。まぁなにはともあれこれで一安心だ。あー良かった良かった。いや、良くはないだろ。
「教会の庭を私物化しないでください」
俺が半ギレで言うと、カタリナはヘラヘラ笑いながら両手を合わせる。
「収穫まであと少しなんです。もちろん神官さんにもおすそ分けしますから」
「……不意に悲鳴上げたりしないでしょうね」
「植えるときにちゃんとさるぐつわ噛ませたので大丈夫です」
あぁ、そうやって栽培するんだマンドラゴラって。
俺は感心しつつ地中から力強く生えた瑞々しい葉に視線を向ける。
「勇者がよくそんな知識を持ってるものですね。オリヴィエから教わったんですか」
「はい! 私達のパーティ、最近家庭菜園ブーム来てるんですよ。リエールも薬液作るの手伝ってくれてますし」
「ふーん。リエールが土いじりですか……意外ですね」
「やってみると楽しいものですよ。神官さんもどうですか?」
俺は差し出されたジョウロから視線を逸らしながら言う。
「そうですね。貴方たちが死ななくなって私の手が空いて暇で暇で仕方なくなって寝る以外やることがなくなったらぜひ」
「さては興味ないですね?」
そうだよ!
*****
夜。
一日の仕事を終えてようやくベッドに入ることができた。
寝付きは良い方だ。普段は仕事の疲れもあって目をつむるとすぐに眠れるのだが、今日はどういうわけかなかなか寝付くことができなかった。
毛布にくるまり目をつむってジッとしていると、窓の外から音が聞こえてくる。
大きな音ではない。気にせずに眠ってしまっても良い程度だ。しかし風の音でも鳥の声でもないその音に俺は興味を持ってしまった。
それに、あの音に心当たりがないわけではない。カタリナが庭に植えたマンドラゴラだ。
月の光に照らされ、土から這い出たマンドラゴラが手を繋ぎ輪になって妖精のごとく踊る様子を想像する。可愛い。見たい。
ベッドから這い出し、カーテンの隙間からそっと外を見下ろす。
マンドラゴラの出している音というのは間違いじゃなかった。俺は息を呑む。手を繋いで踊っているなんてとんでもない。
雲から顔を出した月が照らし出したのは、土の上でのたうち回るマンドラゴラだった。
さるぐつわの隙間から声にならない悲鳴が漏れ、陸から上がった魚のように身悶えしている。光を受けて輝いていた濃い緑色の葉は、今や八百屋の奥で忘れ去られた萎びた人参のそれのように生気がない。
どうしてこんなことに。それを推察するのは容易だった。犯行は今まさに行われていたからだ。
暗闇に浮かび上がるシルエット。
その人影がジョウロで軽やかに散布している液体が降りかかるたび、マンドラゴラが苦し気にのたくって呻いている。一体マンドラゴラになんの恨みがあるというのか。
いや、違う。マンドラゴラを狙っているんじゃない。マーガレットちゃんだ。マーガレットちゃんの根元に液体を散布している。マンドラゴラはただ近くにいて巻き添えを食らっただけだ。
しかしマーガレットちゃんは蕾にこもったまま。呻き声を上げさせるどころか、眠りから起こすことすらできていない。なにを撒いているのかは知らないが、魔族を謎の液体程度で傷つけられれば苦労はしない。それでも人影は液体の散布をやめない。
姿ははっきり見えないが、暗闇の中でもその確固たる悪意と殺意、それから執念は伝わってくる。一体誰だ、あんなことをするのは。
大きな雲の隙間から差し込んだ月の光がスポットライトのごとく不届き者の姿を浮かび上がらせた。
深夜の教会に忍び込むのにも、土いじりにも相応しくない裾の長いワンピース。夜風にたなびく長い髪。ジッとこちらを見上げるパステルカラーの瞳。
ガチガチガチガチ……
ひとりでに奥歯が鳴り出す。背中を汗が伝う。
俺は力任せにカーテンを閉め、毛布にくるまってガタガタと震えた。
*****
結局あまり眠れずに朝を迎えた俺を待ち構えていたのは満面の笑みを浮かべたカタリナだった。
「マンドラゴラ収穫でーす!」
「えぇ……」
俺は引いた。あの状態のマンドラゴラを収穫だと?
いや、待て。昨日のアレはもしかするとタチの悪い悪夢だったのかもしれない。そうだ。深夜にイカれた女が他人の庭に侵入して農作物に劇薬をぶちまける。そんな荒唐無稽な話があるわけないじゃないか。
俺はカタリナの抱えた籠の上のマンドラゴラたちを観察する。うん、しっかり苦悶の表情を浮かべて死んでんな。やっぱ夢じゃないわ。
「リエールが収穫手伝ってくれたんですよ!」
そういう名目で丸め込んだか……
丸め込まれたカタリナが胸を張る。
「教会でマンドラゴラが悲鳴を上げたら危ないからって、ちゃんと〆てくれたから安全です」
言葉は正しく使えよ。“〆た”じゃなくて“虐殺”だ。昨夜のあれは完全にそうだった。
っていうかパステルイカれ女が深夜に教会の庭で散布してたアレ、完全に毒だったろ。マンドラゴラもなんとなく白っぽく萎びてるし。
俺はカタリナにジロリと視線を向ける。
「食べても安全なんですか?」
「もちろんです!」
カタリナが満面の笑みを浮かべる。
「“食べ過ぎなければ大丈夫じゃない? 知らないけど”ってリエールのお墨付きをもらいました!」
お墨付きかそれ……?
結果的にリエールの言葉は正しかった。
食べ過ぎなければ大丈夫。
その言葉通り、収穫したマンドラゴラを全部平らげた馬鹿はちょうど食い切ったタイミングで事切れた。
「教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです」コミカライズ2巻10月7日(火)発売!
2巻はシアンによる神官さん拉致エピソードや対シダープロテクトポーション開発エピソードを収録。
1巻で初期キャラが揃いましたが、2巻ではさらにシアンとルッツが登場。
そして今回もタナカ先生描き下ろしイラストや四コマ、私が書かせていただいたSSなどおまけも充実です。
ますます賑やかになっていくコミカライズもぜひよろしくお願いします!