ルイとリリスの壮絶追いかけっこは続いているが俺にそれをボーっと見ている暇はない。
俺は気配を消してスッとその場を離れた。リリスのルイパーティへの加入フラグが立ったような気もする。できればこの勢いでリリスを教会から追い出したいところだ。俺が必死で働いている傍らで菓子食いながらゴロゴロしているヤツがいるというだけで精神に悪影響を及ぼす。鍵締めて居留守決め込んでやるぜ。
しかし教会へたどり着く前に俺は足を止めた。
「来ちゃダメ!」
ん? 聞き覚えのある声。
見ると、壁際に追いつめられたカタリナが勇者共に取り囲まれている。カタリナが喚いた。
「なにもいません。なにもいませんってば。あっ、出てきちゃダメ!」
カタリナが背中に隠した白いフワフワの耳が飛び出す。いや、隠したというよりは背中と壁の間にフワフワを挟んで拘束しているという感じだ。カタリナの背中から見え隠れする白い足、丸く短い尻尾、長く立った耳――ウサギか? にしてはデカい。大型犬くらいの大きさがある。ボロボロではあるが、体に纏っているアレはチョッキだろうか。カタリナから逃れようとめちゃめちゃに暴れているようだ。魔物か。
カタリナを囲んだ勇者共が張り付いたような笑みを浮かべ、甘ったるい猫なで声で言う。
「そいつは俺たちが追いかけてた魔物なんだよ~」
「危ないからこっちに渡せ。な? 悪いようにはしないから。な?」
「ちょうど寒くなって来たから助かるよ」
なるほど毛皮狙いか。
ヤツらに渡したら最後だ。次に会う時、可愛いウサちゃんは綺麗になめされて素敵な帽子にでも姿を変えていることだろう。あるいは腹巻かもしれない。
しかしこの人数が相手では。
「嫌だ! この子は渡しません」
カタリナはウサギをがっちり抱え込みながら、さながら小さな子供のように激しく首を横に振る。
「この子は私が鍋にするんです!」
こっちは肉狙いか。
……チッ、しょうもないことで争いやがって。気が付くと俺は教会ではなくヤツらの元へと足を動かしていた。
「待ちなさい」
「っ……神官さん!」
カタリナと、ヤツを取り囲む勇者共がハッとした様子でこちらに視線を向ける。
俺に暇などないがこんな状況に直面してすごすごと教会へ戻るわけにはいかない。
「魔物だって生きているのです。確かに我々とは違う生物ですが……命を粗末にして良いわけはありません」
カタリナの腕の中で暴れるウサギを見る。
白い毛皮に埋もれたつぶらな瞳に俺の神官スマイルが映り込む。
「だから一思いに殺して皮も肉も余すことなく分け合いましょう。みんなで解体すれば作業も早く終わるでしょう?」
勇者共が顔を見合わせた。ヘラリと笑いながら頭を掻く。
「仕方ねぇな……肉はやる。その代わり俺たちには毛皮と、鍋を少し分けてくれよ」
勇者共の申し出に、カタリナも不承不承ながら頷いた。
「良いですけど……この尻尾は私に下さい。身に着けると運が上がるらしいので」
「がめついヤツめ。分かった分かった! 持ってけよ」
緊張がゆるみ、笑顔がこぼれる。ウサギを巡っていがみ合っていた敵はともに皮を剥いで肉を解体し鍋を囲む仲間へその形を変えた。
なんというハートウォーミング。助け合いって素晴らしいね。
そしてさっきまで完全な部外者だった俺もふわっとウサギ争奪戦の輪の中に入ることに成功した。このままどさくさに紛れて肉を貰うぞ~やったぁ~
勇者共が笑顔で剣を抜く。自分の運命を察したか、ウサギがさらに激しく暴れだした。
「あああぁッ! 助けて助けて助けて助けて!」
えっ、喋った……
俺は引いたが、勇者たちはあまり気にしていない。
陸に揚がった魚のように激しく暴れるウサギを囲んで押さえつけ、勇者たちは山賊じみた笑い声を上げる。
「叫んだって助けなんてきやしねぇよ!」
なんだか少し嫌な予感がして、俺はそろりそろりと後ずさりをして勇者たちから離れた。
ウサギは相変わらず半狂乱になって暴れている。尋常じゃない様子だ。まぁ殺されそうになっているのだから当然の反応といえばそうなのだが。しかし、ならどうしてその目は勇者たちに向けられていないんだ。ウサギの耳はピンと立ち、どんな音も聞き漏らさないとばかりにあちこちへ動かしている。まさか、本当にどこかに仲間が隠れているのでは?
「あっ」
ウサギが急に脱力した。耳を頭に沿わすようにぺたりと畳む。地面に顔を突っ伏す。
あまりの急変ぶりにウサギが死んだのかと思ったがそうではないようだ。
ウサギが呆然と呟く。
「終わった」
勇者の頭が弾け飛んだ。
血と肉片が鮮やかに視界を染める。ウサギの白いふわふわの毛が血の雨に打たれて赤色に変わる。
十分に距離を取ったにもかかわらず、その飛沫は俺の神官服にまで赤い染みを作った。
「……え?」
断末魔の悲鳴を上げる暇もなく倒れ伏した仲間を見下ろし、勇者たちが呆然と声を上げた。
しかし俺たちに状況を整理する時間を与えてくれるほど向こうは優しくない。
「あれ? 間違えちゃった」
ふわりと舞い降りたのは異形の少女――少年? おうとつに乏しい体はところどころ羽毛に覆われ、背中には鳥のそれに似た翼が生えている。
「ウサちゃん追ってたら迷子になっちゃった。ここどこ?」
ウサギは勇者たちに対して怯えていたんじゃない。もっと強大なバケモノから必死に逃げていたんだ。
神々しいまでの美しさ。無邪気な笑顔。強大な力。曖昧な性別。
俺は頭を抱えた。
どうしてこいつらはいつも突然やってくるんだ。
「魔族め」
人間の街が物珍しいのだろうか。
新顔の魔族は興味深そうにあたりを見回す。そして最後に勇者に視線を向けた。珍しい虫でも見るような眼で。
「まぁいいや。遊ぼ!」