「なんでも喋りますなんでも喋ります!」
俺は滑らかに口を回し、目の前の悪魔に対し俺がいかに優秀な捕虜であるかをアピールした。
と同時に俺は頭をフル回転させる。
放っておいても間違いなく死んでいたあの状況で、こいつらはどういうわけか俺を助けてここまで連れてきたのだ。つまり俺に何らかの利用価値があり、殺す気はないということ……ないよな? ないと言ってくれ。
しかしこちらが笑顔を浮かべて極めて友好的に接しているにもかかわらず、悪魔はニコリともしない。おっと、こちらに手を伸ばした。握手かい? 違った。俺の胸ぐらを掴んで強引に立たせる。
「黙れ。聞かれたことにだけ答えろ」
じゃあさっさと聞けや!!
俺は恐怖と焦燥でキレそうになったが本当に殺されそうなので素直に黙った。すると悪魔が重々しく口を開く。
「白うさぎはどうなった」
「……ウサギ?」
一瞬なにを言っているのか分からなかったが、おぼろげながら思い出してきた。
そうだ。空の魔族を街に連れてきた張本人。勇者たちに食われそうになっていた喋るウサギ。魔族との戦いですっかり忘れていたが、そういやそんなのいたな。どうなったかって……知らねぇよそんなことは。
いや、待て。この返答は重要なんじゃないか? 目が覚めてすぐの俺にいの一番に聞いてきたくらいだからな。うん。じゃあ返答は決まった。
血塗れの神官服の胸ぐらを掴む悪魔の腕を振りほどき、俺はニヤニヤと笑いながら言い放つ。
「あぁ、ウサギならうちの優秀な勇者が捕らえ、拘束しています」
悪魔の金色の瞳が揺れる。動揺が見えた。やっぱりそうか。あのウサギ、魔王城の魔物か。まぁわざわざ街に入ってくる喋る系の魔物はだいたいそうだからな。
魔族ほどアホではなさそうだが、それでもやっぱり人間様の方が交渉慣れしているな。動揺を相手に気取られちゃダメだろ。うまくやれば立場逆転だ。俺は舌なめずりをした。
「早くしないと王都に移送されて二度と会えなくなるでしょうね。教会本部には魔物をおしゃべり肉塊にするのが趣味のヤツもいますから」
悪魔がカッと目を見開く。おいおい、俺に怒ったって仕方がないだろ。
悪魔は恐ろしい牙を見せ、威嚇するようにしながら口を開きかけるがそれよりも先に俺が言葉をかぶせた。
「私は人の神に仕える神官です。本来あなた方とは敵対する関係ですが、助けていただいた恩には報いたい。私を街へ帰していただければ交渉の手助けをしましょう」
まぁ魔族との戦いのどさくさで死んだかもしれないけど。
悪魔は金色の瞳をスッと細める。俺の頭の先からつま先まで、値踏みするように視線を滑らせて呟く。
「神官か……神官なのに……」
あ? なんか文句あんのか?
悪魔が俺をジッと見下ろす。怪訝な表情だ。膝を少し折り、デカい図体をかがめる。俺の血塗れの神官服に顔を近づけ、鼻をスンスン鳴らす。そして。
「おえっ」
え……え?
思考が停止する。視線を下に向ける。十分に汚れた神官服がさらに汚れてしまっていて俺はますます呆然とした。誰か教えてくれ。初対面の悪魔にゲロ吐かれた時の対処法。
ちょっ、お前、これ、どうすんだよ。俺は両手を広げてこれどうすんだよアピールをする。しかし悪魔はそれを無視し、あろうことか己こそが被害者であるとでも言わんばかりに顔を顰めた。
「酷い匂いだ」
あ? ゲロを人のせいにするな。
口元を拭い、キリッとした表情で悪魔が続ける。
「女神の加護、水棲魔族の死臭、それと……お前、どっかの魔族と結婚しただろう」
「……………………いや?」
頭にマーガレットちゃんがチラついたが、俺はシラを切った。しかし悪魔はまたそれを無視した。
一歩、二歩と俺から後ずさる。非力な人間である俺に向ける表情としては不自然なくらいに怯えの色が見えた。
「普通、魔族に結婚の習慣はない。魔族には社会性がない。一人でなんでもできるからだ。そしてもう一つ。魔族には生殖能力がない。だから別の個体と一緒にいる必要が無い」
……えっ、そうなの?
確かに人間はついこの前まで魔族に勝ったことがなく、その生態ももちろん謎に包まれていた。でも生殖能力がないなんてことがあるのか? じゃあ魔族はどこから生まれたって言うんだ。
俺の疑問に悪魔がアッサリと答える。
「魔族はみんな魔神がその手で作っている。お前も見たことがあるなら分かるだろう。魔族は完璧な生命体だ」
あぁ……確かに分かるよ。魔族は強くて美しい。神がその手で作ったなんて言われても納得できるくらいに。
悪魔は魔族の称賛を終えると、次に人間への罵倒を始めた。
「生きていられるのが不思議なくらいにか弱く脆く、能力値には酷いバラつきがあり、怪我をすれば死に、病気になれば死に、なにもなくてもそのうち死ぬ。魔族に比べればお前らはなんともお粗末な生命体だ。それはリソースの大部分を割いて生殖能力を持たせたからだ。お前らの神は始まりの人間と、そして自動的に産み、増え、進化するシステムを作ったのだ」
はぁ。大量生産大量消費を前提に作られた人間ごときが、神様が丹精込めて手作りした魔族に個々の能力で勝てるはずないのは当然ってことね。まぁ魔族に勝てないってのは分かってたけど魔物に言われるとなんか腹立つな。ゲロ吐いたくせに偉そうに。
「しかしだ。ごく稀に結婚だのなんだのと言い出す魔族がいる。他の魔族が面白がって花嫁を殺したりしたらもう戦争だ。どちらかが死ぬまで止まらない。我々がお前を助けたのは魔族同士の余計な争いに巻き込まれたくなかったからだ。しかし、魔族はお前が死んだと思っているかもな。だとすると……」
悪魔がスッと目を細める。俺を憐れんでいるように見えた。
「残念だが、お前の街が綺麗に残っている保証はできないな」