「ルッツ君、もも肉と胸肉どっちが良いですか?」
「もも肉が良いです~」
串を打たれた鶏肉を店主から受け取り、ルッツが子供のように歓声を上げる。
大司教様は財布を片手にこちらを向いた。
「ユリウス君は?」
「あ、いや……なんか……私は結構です……」
俺の言葉に、鶏肉を貪り食いながらルッツが不満の声を上げる。
「せっかく大司教様がご馳走してくれるのに。ノリ悪いぞ~」
ノリ……ノリ、か。
ずっと一人で働いていたから上司との付き合い方とかはよく分からない。
ましてや、背後から上司刺した後、その上司から奢られてる人間の気持ちなど分かるはずもない。
先ほどまでの殺意と憎悪を感じさせない人懐っこい笑みを浮かべ、ルッツが尋ねる。
「大司教様こそ食べないんですか?」
すると大司教様は自分の血がついた神官服を翻し歩きながら困ったように笑みを浮かべる。
「この年になると食欲が落ちてくるんですよ。もう二年くらいなにも食べてません」
「さすが人間やめてますね~」
えぇ……
俺は色々な面で引いた。
なにがどうなっているんだ。なんだこのノリは。
ルッツが大司教様を刺して殺したと思ったら、一緒に街へ戻って肉を奢られている。まったく情報の整理が追い付かない。ルッツも大司教様も今一体どんな気持ちなんだ?
そうこうしている間に教会についた。久々の職場復帰に少しの懐かしさと多大な憂鬱が胸にのしかかる。
大司教様を先頭に扉を開け、教会の中へ入っていく。しかし数歩も行かないところでルッツが手を横に伸ばし俺を制止した。
なんだ? 見ると、ルッツは唇に指を当てて声を出すなと訴えてくる。そして懐からなにやらスイッチを取り出した。それを? ポチッとな。ルッツがボタンを押すと同時に、槍のついた天井が大司教様を押し潰した。
「ギャーッ!?」
「よっしゃぁ!」
俺の悲鳴とルッツの歓声が交差する。
なんだこの凶悪な罠! 知らねぇぞこんなの! 俺はルッツにつかみかかる。
「なに勝手に教会改築してんだよ!」
しかしルッツは俺のことなど見てはいない。落ちた天井を指差し、狂ったように哄笑する。
「さすがに殺っただろ。俺の勝ちだ!」
「こんなので殺せたら苦労しないでしょうね」
すぐ横で声がする。
隣で微笑む大司教様に顔を向け、ルッツは膝から崩れ落ちた。床を殴りつけて叫ぶ。
「クソォ!」
「一撃決めたからといって慢心しましたね? そこがルッツ君の悪いところですよ」
一体なにがどうなっているんだ。教会本部のノリについていけない。大司教様はルッツをどう育てたいんだ……
俺の疑問を察したのか。大司教様がこちらを向いてにこやかに言う。
「ルッツ君にはバイタリティが足りない。育ちが良いせいでしょうね。厳しい環境と憎悪を与えることでやる気を煽っているのです。おかげで最近の仕事ぶりには目を見張るものがある」
ルッツがヘラリと笑って俺に耳打ちする。
「ね? 殺したいでしょ?」
ね? って言われてもな……
用事があるとか言って大司教様が教会を出ていく。
その隙に俺はルッツに詰め寄った。
「お前そんなヤツじゃなかったじゃん! 本当に使えなくてマジでポンコツでクッソ無能のクズだけど明るくて憎めないのがお前のいいとこだったろ!?」
「それは言いすぎじゃない?」
俺が魔王城にいた間、例によってルッツが蘇生業務を担ってくれていたようだ。そのせいか。あるいは仕事へのストレスのせいか。だいぶ色々壊れている。
とはいえ、仕事は一応きちんとこなしていたようだ。教会に死体の山が積まれて腐り果てていた、という最悪の事態は免れた。
「あのう、し、失礼します……」
聞きなれた声。
見ると、顔色の悪いカタリナが重い足取りで入ってくる。
顔を上げる。こちらを見る。カラン、と音を立てて杖が転がった。俺は彼女に手を挙げる。
「お久しぶりです。戻りました」
「し……神官さ……」
カタリナの大きな目がみるみる涙で潤む。カーペットを蹴り、こちらへ駆け寄ってくる。
俺の腕を掴み、そしてわっと泣きだした。
「助けてくださぁい。オリヴィエがぁ」
「オリヴィエ?」
カタリナが腕を引っ張り、有無を言わさず裏口へと向かう。妙にカラスがうるさい。
おお、オリヴィエ。久しぶりだな。俺は裏庭に設置されたオリヴィエの生首に無言で挨拶をした。
あとからついてくるように裏庭に出てきたルッツが満面の笑みで言う。
「くだらねぇ死に方したヤツはそこで晒し首の刑に処してんだ」
「マジか」
俺はカラスにつつかれているいくつもの生首を上空から見下ろす。オリヴィエに関しては、多分マーガレットちゃんへの度重なる特攻がルッツの逆鱗に触れたのだろう……。
やぁマーガレットちゃん。ツタに引き寄せられ、生首の代わりに近付いてきたマーガレットちゃんに笑いかけた。やはり俺を信じて大人しく待っていてくれたか。マーガレットちゃんが賢い魔族で良かった。
しかしマーガレットちゃんと違い、勇者はあまり賢くないのが多い。
「コラァ! ルッツ!」
「口の利き方に気を付けろ雑魚共。“ルッツ神官様”だろうが」
ルッツは幽鬼のごとく振り返り、どかどかと庭に足を踏み入れてきたチンピラ勇者共に刺すような視線を向ける。
その挑発的な態度に勇者たちの怒気がますます高まる。
彼らはその背後に引き連れた棺桶に視線を向け、飛沫を飛ばしながら訴える。
「神官なら神官の仕事をやれっつってんだよ。今日こそ仲間の蘇生をやってもらうぞ」
俺はマーガレットちゃんに花粉塗れにされながらギョッとした。
ルッツのヤツ、まさか勇者の蘇生を拒否したのか? 教会は勇者の蘇生を拒んではならないはずだ。
しかしルッツはわざとらしくため息を吐いて、勇者たちの言葉に静かに首を横に振る。
「拒否はしてない。拒否はしてない……が、時間や俺の体力にも限りがある。強力な魔物とも渡り合えて、きちんと教会へ寄付を収める優秀な勇者を優先的に蘇生するのは当然のこと」
「俺たちが優秀な勇者じゃないって、そう言いたいのかよ」
「……違うよ」
息巻く勇者たちを前に、ルッツは悲しげに視線を伏せた。勇者たちの視線が注がれる中、ルッツは小さくため息を吐く。頭痛を堪えるように額に手を当て――そのまま前髪をかき上げて、嘲笑うように勇者たちを指差した。
「“無一文のクソ雑魚勇者が教会の門をくぐるな”。そう言いたい!」
「クソニート野郎が! みんな、やっちまえ!」
クソ雑魚とクソニートの怒声が中庭で交差する。
エライことになったぞ。どうしようかマーガレットちゃん。しかしマーガレットちゃんは羽虫共の小競り合いに心底興味が無いようだった。
しかしいくら無一文のクソ雑魚とはいえ、勇者は勇者。神官相手に負けるようなことはないだろう。しかも向こうは多人数。なのに、なんだルッツの余裕は。
また神官服の懐からスイッチを取り出す。しかしここは外だ。見上げれば突き抜けるような青空がどこまでも広がっている。降ってくる槍付きの天井はここにはないぞ。
勇者が各々の得物に手をやりながらルッツに向かっていく。ルッツは唇の片方を持ちあげるようにして笑う。スイッチに指を添え――ポチッとな。
勇者の膝が大爆発を起こした。
「あああぁぁぁ!!」
悲鳴を上げながら床に転がる勇者たち。硝煙と焦げた肉の匂いが辺りに広がる。
ルッツが両腕を広げ、完全勝利を嚙み締めるように狂い笑う。
「お前らは俺が蘇生させたんだぜ。無防備な死体の膝に爆弾を仕込むことくらい余裕なんだよなァ」
気持ちは分かるけどそんな暇があるなら棺桶の死体蘇生してやれよ……
「クソ……卑怯……だ、ぞ……」
最後の力を振り絞り、悪態を吐く勇者。高威力の爆弾により下半身に大きな損傷を負った彼らの伸ばした腕がルッツに届くことはなく、それはなにも掴めぬまま地面へと力なく落ちる。
そして全滅した彼らは引きつれた仲間の棺桶と共に眩い光となって消えた――
いや、消えたっていうか中庭から教会の中に移動しただけだけど。俺はマーガレットちゃんに頬ずりされながら怒声を上げた。
「ふざけんなルッツ! それ誰が蘇生させるんだよ」
ルッツが弾かれたようにこちらを見上げる。
その目はまるで地上に降臨された神でも見るみたいで。
ヤベッと思った時にはもう遅かった。
「そっか……俺、もう、蘇生しなくていいんだ……やったぁぁぁぁ!」
天をつくような歓声と共に両腕を上げ、地面を蹴ってぴょんと飛び上がり、そしてヤツはごろりと土の上に転がった。
俺はたまらず悲鳴を上げる。
「お前も手伝えよ! おい!」
返事がない。白目を剥いてる……
「神官さぁん。オリヴィエもお願いしますぅ。リエールも出かけちゃって、一人じゃ冒険できませぇん」
カタリナがカラスと格闘しながらオリヴィエの生首をこちらに差し出してくる。
俺は盛大に舌打ちをした。
帰ってきて一発目の蘇生がこのクズ共か。しかも同僚の尻拭い。やってらんねぇな!
俺は世の不条理を嘆きながら蘇生に着手した。
「ああぁぁぁお帰りなさい神官様ぁ!」
「やっぱり神官さんじゃないとダメだぁ!」
縋りつき、俺の神官服を血塗れの手で濡らしながら蘇生ほやほや勇者共はそう称賛の声を浴びせてくる。
全然嬉しくない。なぜならこいつらの苦悩をこれからまた俺が一人で抱えることになるからだ。
白目を剥いたまま安らかに眠るルッツの顔を覗き込み、教会に戻って来た大司教様が腕を組んで首を傾げる。
「フェーゲフォイアーに赴任した神官はだいたいこんな感じになっていくんです。神官と勇者が対立するなどあってはならない。その点、ユリウス君は非常に上手くやっていますね。なにかコツはありますか?」
「勇者の膝に爆弾を埋め込まない事ですかね」
俺はルッツの悪事をサラッと上司にチクったが、大司教様は大して気にしていないようだった。
帰っていく勇者たちの背中を眺めながら目を細める。
「やはりユリウス君は必要な人材です。神官と勇者の間には信頼関係がなくてはならない。あなたたちならきっとこれからのことにも耐えられるでしょう」
「……これからのこと?」
大司教様の言葉に引っかかるものを感じ、そう聞きかえす。
すると彼は今日の昼食べたものを答えるときとさほど変わらないテンションで答えた。
「近々魔王軍が攻めてきます。陥落すればこの場所は魔王城の魔物たちの新たな拠点になるでしょう。そのためにこの街を作ったのですから」
俺は息を呑んだ。
やっぱりこの人はダメだ。俺はとっさに天井を見上げる。大司教様の真上にある槍付きの落ちる天井。クソッ、ルッツから罠のスイッチを奪っておけばよかった。
いや……でも多分、この程度じゃ大司教様は殺せないんだろうな。
得体のしれない正体を血で汚れた神官服に包んだその人は、さも“良い上司”っぽい笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「勇者の肉を食べ続ければ、きっと魔物たちは人類の敵に相応しい脅威になる。ユリウス君ならきっと魔物たちをお腹いっぱいにできますよ」