草原を馬車が駆け抜けていく。
馬車とはいっても人間用ではない。荷馬車だ。屋根がないし床は固いし武装した勇者がギチギチに詰め込まれている。それが三台。
俺はオリヴィエの肩をつついた。
「なんか、家畜の出荷みたいじゃないですか?」
「なんてこと言うんですか……聖戦へ向かう勇者ですよ」
「死に向かって進んでいるという点では同じですね。ははは」
言いながら泣きそうになってきた。
ここの居心地は最悪だ。早く降りたいが、ここを降りるときは戦いに向かうとき。そう考えると降りたくないような気もする……複雑な気分だ……
項垂れていると、しゅるしゅるとパステルカラーが忍び寄る。
「大丈夫だよ、ユリウス。私たちがついてるから」
「それは安心ですねぇ……」
心配なことは山のようにあるが、目の前にある心配事と言えばあれだ。
俺は馬車の隅っこに視線を向ける。膝を抱えているカタリナが見えた。
あのポジティブモンスターが陰鬱な表情を浮かべている。
「カタリナは大丈夫なんですか?」
リエールとオリヴィエが顔を見合わせた。
どうやら芳しくはないらしい。
「王都から戻って以来、あんな感じです。遠征には志願していましたが」
「あんなカタリナ初めて見た。教会本部で一体何があったの?」
「杖の使い方をしごかれてはいましたが……」
しかしその程度でカタリナがあのテンションになるだろうか。
この多対多の戦いにおいて、カタリナの魔法は非常に重要な戦力になり得る。
俺は少し考えて。
「ちょっと聞いてきます」
「ええっ」
オリヴィエが顔を顰めた。なんだよ、なんか不安な要素あるか?
尋ねると、オリヴィエは微妙な顔で続ける。
「神官様、時々すごい酷い物言いするし、いまいちデリカシーないから……」
なんだと~?
お前らのようなクソ勇者相手に貴重なデリカシーを消耗するのがアホらしいから使っていないだけで、本当の俺はデリカシーの塊のような人間だ。
今からそれを証明してやる。
俺は荷馬車を這うように移動し――しかしなにかが俺の足首を掴んだ。振り向き、そして悲鳴を噛み殺す。リエールだ。パステルカラーの目を見開き、ジッとこちらを見つめている。
「な、なんですか」
「……なんでもない」
なんでもないって顔じゃないだろ……怖いなぁ……
リエールの手が緩むのを確認し、俺はそそくさと馬車の中を這う。
馬車にはギチギチに勇者が詰まっているので、少し移動するのも大変だった。
「はーい、ちょっと通りますね」
「なんですか、押さないでくださいよ」
「はいはいすみませんすみません」
俺は勇者を掻き分け掻き分け進んでいく。勇者共も乗り心地の良いとは言えない馬車に詰め込まれてピリピリしているようだ。特にこのバスは白装束共と秘密警察共が多く乗っている。ヤツらは仲が悪く、自ずと馬車の空気も悪くなる。
あまりにも困難な道のりだったので、目的地に着くころにはデリカシーがどうこうという話はすっかり記憶から失われていた。
勇者共の隙間をぬるりと通り抜け、膝を抱えたカタリナの顔を見上げる。
「カタリナ~。元気ないみたいですけど、どうしましたか~」
「えっ? あ、いや……」
ぬるりと登場した俺にカタリナは少し目を見開いた。
そして微笑みを浮かべながら両手を振ってみせた。
「別に元気がないわけでは。ただ、少し緊張してしまって」
緊張か。
まぁあり得ない話ではないが、いまいち腑に落ちない。緊張でお腹痛くなっちゃうような勇者だったかお前?
それから、なんだか違和感が……あぁ、そうだ。
「そういえば今日はローブが綺麗ですね。着替えたんですか?」
フェーゲフォイアーでの戦いのあとということもあり、多くの勇者は鎧だの手だの髪だのに血がついている。カタリナなどはどうせ死にまくっているからローブに大穴が開いていてもおかしくないのだが、今日は綺麗なものだった。髪にも手にも血がついていない。まさか湯浴みでもしてきたのか? こんな時に呑気なもんだな。さすがはカタリナだ。思ったより大丈夫そうじゃないか。
安心しかけたが、どうやらそんな場合ではないらしい。
カタリナは力なく笑ってみせた。
「私、さっきの戦いで死ななかったので」
ギョッとした。
カタリナが、死ななかった?
俺はカタリナをつぶさに観察する。目の前にいるそれが本当にカタリナなのか疑念を抱いた。シェイプシフターかなにかが化けているのではないか。
そうならまだ良い。そうじゃなかったとしたら――
これは、相当に重症だ。
「本当に、一体どうしてしまったんですか? 大司教様になにかされたんですか?」
「いや、私は大丈――」
カタリナの表情が凍り付く。俺を見る目を見開いて――いや、俺の横?
嫌な予感がする。振り向きたくない。
しかし俺は振り向いてしまった。何らかの引力に従うように。
予感通りの光景。視界がパステルカラーに染まった。
「や、やっぱり我慢できない……ユリウスが別の女の心配をしているなんて……」
「ひっ」
息を呑む。
周囲に浮かぶパステルカラーのぬいぐるみ。しまった、囲まれた!
ふざけんなよ、大事な戦いの前に内輪もめで死者なんて出たら目も当てられない。
「同じくらい我慢できないのは」
リエールが手を伸ばす。止めるべきだ。しかし俺にはできなかった。怖すぎるからだ。ごめんなカタリナ。俺はせめて、カタリナが楽に死ねるよう祈った。
が、カタリナは死ななかった。
リエールがカタリナの肩に手を置く。
「あなたが私やオリヴィエになにも相談しないこと」
……そうか。リエールもカタリナを心配していたのか。
お前らのパーティは不思議と仲が良いな。
カタリナの瞳が揺れる。口を開きかけ――しかし馬車に響く怒声にその声はかき消された。
「おい、誰だ足踏んだの!」
はじめは些細な小競り合い。しかしストレスの充満した狭い馬車で、その小さな火種が燃え広まるのはあっという間だった。
白装束共と秘密警察共が互いに睨み合っている。ギリギリ刃傷沙汰には至っていなかったが、それも時間の問題であるように思えた。
「静かにさせようか?」
宙に浮かぶパステルカラーのぬいぐるみたちがハサミをシャキンシャキンと鳴らしている。
もちろん許可するはずはない。教会と違い、魔力には限りがあるのだ。こんなところで無駄遣いしたくない。
勇者だってそうだろう。こんなところで余計な体力使うな。
俺はうんざりしながら口を開く。
「いい加減に――」
しかし俺が口を出すまでもなかった。
内輪揉めしている場合ではなくなったのだ。
馬車に急ブレーキがかかる。慣性に従って体が傾く。勇者共に潰されるようにしながらなんとか顔を上げる。すぐさま顔を伏せたくなった。
進行方向に見えるのは、魔物の軍勢。
早すぎる。まだいくらも進んでいないのに。
しかし勇者共の切り替えは早かった。得物に手をかける。まるでそうしたくて仕方がなかったとでも言いたげに。
ちなみに俺はまったく心の準備ができていない。そもそも心の準備ができる日なんて永遠に来ないのだろうと思った。