「神官さんが戻って来たぞ! しかも勇者になった!」
「なら、もう遠慮することはないな」
「よーし、ガンガンいこうぜ~!」
いかせるか!
「待ちなさい!」
俺は声を張った。
そうしなければヤツらはまた何の考えもなく敵に突っ込んで死ぬだろう。
彼らにとって自分の命などその程度。そして勇者に堕ちた俺の命がそれ以下の扱いを受けることは目に見えている!
俺はこんな状況にあってもなお、自分の命を大事にしたい……。
「このまま無限に湧いて出る敵を倒していたら埒が明きません。“元”を叩かないと」
「そんなのできたら苦労しな……え、もしかしてなにか作戦が?」
ニッコリ笑って大きく頷く。
俺にはアラーニェから聞いた情報がある。
これで指揮権は俺のもの。誰にも俺の命を無駄遣いさせはしない。
「とはいえ無限に湧き出るこの魔物たちを無視するわけにはいきません。少数精鋭でどこかに潜んでいる“元”を探して叩く。他の勇者はここで戦闘を継続してください」
「ではメンバーを選抜する必要がありますね」
メンバー選びにそう時間はかからなかった。
カタリナ、リエール、オリヴィエ、俺。
そう、なんの断りもなく普通にメンバーに組み込まれた。クソが。冗談じゃねぇぞ。
カタリナたちと正体不明の魔物退治? そんなの死にに行くようなものじゃないか。
俺は激しく抗議をした。
が、喚く俺の右腕をオリヴィエが掴む。
「大丈夫ですよ神官様。僕らならどんな敵が出てきても対応できます」
「そうじゃなくて! なんで私まで」
藻掻く俺の左腕をカタリナが掴む。
「神官さんがいれば、私たちは何度だって立ち上がれます!」
「た、確かに死ぬたびに馬車へ戻るのは非効率ですが……いいや、でもやっぱりこのメンバーでは心配です。せめてアイギスを! アイギスぅ、助けてぇ!」
「もちろん私も行きます。神官さんをお守りしてみせます」
アイギスが頼もしい言葉と共に己の胸を叩く。
しかし俺の願いに秘密警察が首を横に振った。
「アイギスさんはダメですよ。誰がここの指揮を執るんですか」
「うっ……それは」
「ここが全滅したら近隣の村を魔物たちが襲い出すかもしれません。神官さんがそっちの隊に行ってしまうなら、なおさらアイギスさんがいなくなるのは困ります」
ううっ、正論だぁ。なにも言えねぇ。
さらに秘密警察は俺を追い詰める一言を放った。
「これまでは神官さんを守る人が必要でしたけど、今は……まぁ、ね? 勇者だし」
クソが! やっぱり俺が死んでも良いという前提で話が進んでいやがる!
悪い流れだ。悪い流れだぞ。
この流れをなんとかして断ち切りたい。
俺は馬車の上で様子を見守っている薄幸そうな青年に目を向ける。
「そうだ。ここをこれ以上神官学生の彼だけに任せるわけにはいきません。やはり私もここに残った方が」
「あ、いえ! 俺のことは構わず。みなさんの役に立ちたいんです」
「良いんですよ遠慮しなくてぇ」
「本当に大丈夫です。な、なんというか……なんだか楽しくなってきました」
この地獄のような戦場に取り残されて、楽しいだと……?
どういうことだ。本心なのか?
クソッ、意識の高い学生の考えていることは分からん。
とにかく退路は断たれた。状況的にも、物理的にも。
白い腕が背後からぬるりと伸びる。
ずしりと肩が重くなる。
視界の端にパステルカラーがちらつく。
「大丈夫だよユリウス。私が守るから。でも」
蛇のような細い腕が、俺の首を絞めるように這った。
囁くような声。
「死ぬときは一緒だよ」
生きねば。
*****
アラーニェの言う通りだった。
そいつがいるのは俺たちの目が届かない、そして戦場からそれほど離れていない場所。
そんなのは近隣の森くらいしかない。
調べると、すぐに見つかった。
「こ、こいつが」
それは花に似ていた。
とはいえ、マーガレットちゃんのような愛らしさはそこにはない。
鉢植えのような硬質な体。そこから伸びる茎は毒々しい紫。そして人の体ほどもある巨大な蕾。
あたりには酷い臭いが漂っていた。
これに含まれるフェロモンが魔物を呼び寄せているのだ。
つまり。
「これを倒せば魔物の無限湧きを止められます」
「なら私に任せてください!」
カタリナが意気揚々と杖を構える。
「私が吹き飛ばしてみせます」
カタリナの魔法は高威力だし、得体のしれない敵に近付かなくて済む。
とはいえ、やはり不安はぬぐえない。
「外さないでくださいね。そして絶対に味方に当てないでください」
「あんな大きな的で、しかもこの距離ですよ。大丈夫ですって」
そのセリフは今まで何度も聞いているし何度も裏切られてきた。
カタリナの杖が光を帯びていくのを祈るような気持ちで見守る。俺にできるのは信じることだけ。
が、祈りは届かなかった。
カタリナが悪いのではない。俺たちの考えが甘かったのだ。
その不気味な花の蕾が真一文字に裂けた。
中から覗くのは剃刀のような細かな歯。みるみるうちにそれが迫る。
「え?」
断末魔を上げる暇もなかった。
蕾がカタリナの頭を食いちぎる。そして糸の切れた人形のように地面に転がった体をも犬のように貪り食う。
「ユリウス、離れて!」
リエールに押され、俺はよろよろと後退する。
その魔物は俺にとって最悪の相性だった。
蘇生しようにも、カタリナの死体はあの魔物の腹の中。
蕾を支える茎は長くしなやかで伸縮性があり、攻撃範囲は近い。
傷ついた二人を回復しようにも、まともに近付けば俺が食われる。
俺にできることと言ったら、二人が戦い、傷ついていくのを眺めるくらいだ。
確かに死ぬのは嫌だ。
でも自分が役立たずであるという事実と向き合うのはもっと嫌だった。
もしかすると、カタリナもこんな気持ちだったのかもしれない。
なにかないか。俺にできること。
魔物の動きはかなり俊敏だ。風のように早いオリヴィエの動きを捉え、その頭を食いちぎろうと素早く動く。
そして守りも意外と堅い。リエールの投げるマチ針が弾かれる。忍び寄ったぬいぐるみたちが茎に齧りつくが、すぐに泡をふいて落ちてしまった。毒までもっているらしい。
弱点と言えば、その場から動けないことくらいか。あの鉢植えのような体では歩くことはできまい。
そこまで考えて、一つ疑問が浮かんだ。
動けないということは、ここまで運んできた誰かがいるはずだ。
そいつらはどこへ行ったんだ?
もちろん戦場へ出た可能性はある。しかしこいつは魔王軍の作戦において重要な魔物なのではないか? それを護衛もなく置いておくか?
それは神官の――いや、勇者の勘だったのかもしれない。
振り向いた俺はそれを捉えた。木の中に潜むいくつもの目。
ハメられた。魔物たちがこちらを狙っている。
「二人とも! 逃――」
俺の声は途中で悲鳴に変わった。
矢が足を貫いている。痛みと衝撃でつんのめり、地面に転がる。
「神官様!」
オリヴィエの声に顔を上げる。
視界に入るのは裂けた大きな口。剃刀のような刃。
血の匂いを嗅ぎつけたのかもしれない。
間抜けな声が口から漏れる。
「あ」
それが見えたのは一瞬で、俺の視界はあっという間に闇に包まれた。