拝啓、マルクス様。
ユリウスお兄ちゃんです。
最後に帰省してからもう五年近く経ったでしょうか。
仕事が忙しく、なかなかそちらに帰れないのが残念です。
マルクスも大きくなり、たくさん文字を読めるようになったと聞いたので手紙を書きました。
ここではお兄ちゃんの勤務地であるフェーゲフォイアーのみんなの話を書きたいと思います。
まずはカタリナ。最初に会ったときは右も左も分からないひよっこでしたが、今やすっかりベテランです。初心者勇者にレクチャーをしてはよく一緒に死んでいます。
オリヴィエはすっかり大きくなって、しっかりイケメンに成長しました。なのに変わらず塀をのぼってマーガレットちゃんに突撃するので、もう完全に不審者です。子供だから許されていた部分があったと自覚してほしいですね。
メルンは今や多数の信者を抱えるカルト宗教の教祖様です。別の街にも宗教施設を作るだのと言い出したので、いま必死に止めているところです。マルクスも怪しげなセミナーには注意してください。
今度、マッドが科学の凄い賞を獲るかもしれません。ただ、実験方法が非人道的かつ本人が指名手配中の暫定死刑囚であるうえに死んだことになっているので審査が難航しているそうです。ユリウスお兄ちゃんも随分実験体の蘇生をさせられたので、賞金の分け前を請求するつもりです。
そうそう。ロージャが増殖を重ねていま243匹になりました。ここまで増えると圧巻です。ルイは一匹一匹に名前を付けているそうです。気持ち悪いですね。
ハンバートですが、今革命運動で忙しそうにしています。女性の結婚可能年齢を五才にまで引き下げるよう政府に求めているそうです。馬鹿もここまで来ると感心します。
ところで、今度グラムとルビベルが結婚するそうです。アイツこそ捕まれよ。犯罪じゃんね。死ねばいいのに。
死ねばいいのにで思い出したのですが、ユリウスお兄ちゃんの後輩のルカ君がこの前逮捕されました。罪状はちょっとここには書けません。気分が悪くなるので聞かない方が良いでしょう。
さて。ワンオペ勤務体制に戻って大ピンチのユリウスお兄ちゃんです。唯一の希望は、この春から宿屋の娘リリーが神官学校へ通い始めたことでしょうか。私の働きを見て神官を志したと言ってくれました。泣けてきますね。
ただ、フェーゲフォイアー教会での勤務は希望しないそうです。卒業までにメルンの力を借りてリリーを洗脳できるよう頑張りたいと思います。
とはいえユリウスお兄ちゃんも家族ができたので、もう簡単にはフェーゲフォイアー教会から異動できないと思います。
次にマルクスと会えるのはいつになるか。
写真を同封します。貴方とはいとこの間柄になりますね。
マルクスからのお返事、楽しみに待っています。
ユリウスお兄ちゃんより。
同封されている写真の中で、淡いパステルカラーの髪をした赤ん坊がぬいぐるみを抱いている。
そこに走り書きでこう記されていた。
『逃げられなかった』
******
「うあああぁぁっ!?」
叫びながら飛び起きる。
酷い汗だ。パジャマがぐっしょり濡れている。
見慣れた自室の中、視線を彷徨わせながら記憶を整理する。
手紙の内容はもちろん全部デタラメだ。甥のマルクスはまだちゃんとした手紙を読んだり書いたりできる年じゃない。先日ルカ君が赴任してきたばかりだし、もちろん逮捕されるようなことなどしていない。……少なくとも今のところは。
夢。夢か。なんちゅう夢だ。震えが止まらない。
史上類を見ない最悪の目覚めだ。
そして目が覚めてからも最悪は続く。
教会にカタリナの死体が散らばっていたからだ。
「朝っぱらからなに死んでるんですか」
文句を言うと、カタリナがヘラヘラ笑いながら答える。
「えへへ、初心者の勇者が増えたじゃないですか。なのでレクチャーを――」
「もう二度とやらないでください」
「そんなに怒らないでくださいよぉ。もう死にませんから……って、神官さん顔真っ青ですよ。大丈夫ですか?」
『カタリナは初心者勇者にレクチャーをしてはよく一緒に死んでいます』
夢の中の手紙の文言と一致する。
まさか。本当にあの手紙の内容が俺の五年後の近況なのだとしたら。
いや、大丈夫だ。落ち着け。
たとえあの夢が俺が迎えうる未来の一つだったとしても、そんなのは関係ない。
未来は決められたものじゃない。今の俺が作っていくものなのだから。
俺は拳を強く握った。
「カタリナ。私は運命を変えてみせますよ」
「え? はぁ……」