コミカライズ版を描いていただいているタナカトモ先生(@TT_TANAKA)とのコラボSSです。
ぜひ挿絵機能をオンにしてお読みください。
酷く腹の立つ光景だ。
血で湿ったカーペットの上でクソ勇者共が正座している。
蘇生費を滞納しているクズ共だ。呼び出しに応じて教会に集まるだけマシなクズではあるが、クズはクズ。
どいつもこいつもしけたツラをして、あげくこんなことを言い出した。
「あのっ、明日には必ず! すごく良い狩場を見つけたのであっという間に稼いでみせますよ」
俺はそのツラを女神像(小)でぶん殴った。
そんな良い狩場があったらこんなにしけたツラをしているはずない。
そう追及すると割とアッサリ嘘を認めたので、また女神像(小)でぶん殴る。
「その場しのぎの嘘で誤魔化すヤツって本当にクソですよね。せめて正直に謝ればいいものを」
教会を出て行く勇者共の背中を睨みながらぼやいた。
独り言のつもりだったが、返事があった。
「謝れば許すのか?」
「まぁ許しませんけど」
こうして同僚と愚痴を言い合えるようになったのは素晴らしいことだ。
後輩にあれこれ教えるという仕事は増えたが、それを補ってあまりある進歩である。
と思ったが、そこにいたのはルカ君ではなかった。
蝶のような羽。性別の曖昧な体。そして見覚えのある顔。マーガレットちゃんの弟(?)、シアンだ。
「ひ、久しぶりですね」
「そうか?」
正直荒れ地の魔族にやられて死んだんじゃないかと思っていたくらいだ。
が、当の本人は平然としている。
「まぁ人間とは時間の感覚が違うんだろうな。じゃあさっさとやるか」
「なにをですか?」
シアンが俺の腕を掴む。
満面の笑みを浮かべた。
「結婚式」
*****
確かに言った。
シアンに攫われた時。マーガレットちゃんとの結婚を迫られた俺は「一生に一度のことだから自分からマーガレットちゃんに切り出す」みたいな嘘でその場を凌いだ。問題の解決を先延ばしにしたのだ。
どうやらそのツケを精算する時が来てしまったらしい。
サンサンと太陽の降り注ぐ中庭。
マーガレットちゃんに寄り添うようにしながらシアンが言う。
「結婚って教会でやるんだろ? じゃあここですれば良いじゃん、ということに先日気付いてな」
気付いちゃったか……
「で、ですから。こういうのは二人のペースでですね」
「あれだけの時間があったのになにも進んでいないじゃないか」
うっ……
思わず俯く俺の顔をシアンが覗き込む。表情の消えた顔はゾッとするほど固く冷たい。
「もしかして結婚する気ないのか?」
「ま……まさかぁ! レッツウエディング~!」
泣きそうだった。
未来のことは未来の俺が頑張るだろうとかぬかした過去の自分をぶち殺してやりたい。
とはいえ、こうなってしまったならもうやることは一つ。
シアンの求める結婚式ごっこに付き合うしかない。
そうと決めたらさっさと済ませよう。誰かに見られたらまた面倒なことになる。
いや、もう遅いかもしれない。
裏庭に降り立つ人影。一つや二つではない。
勇者たちだ。
みんな俺を助けに来てくれたらしい。
シアンが再び俺を攫いにきたと思っているのだろう。
「魔族だ。殺せ!」
祝儀袋ではなく武器を携え、祝いではなく呪いの言葉を口にしながらシアンへ立ち向かっていく。
しかしシアンはそうは思っていない。
「人望があるんだな。こんなにたくさんの参列者がいるとは」
戦力差がありすぎるのだ。
つまり、あまりにも弱すぎてまさか本気で自分を殺しにきているとは思えないのだろう。
シアンが勇者共に微笑みを向ける。
暴れてはしゃぐ子供に向けるような表情だった。
そして鞭を一閃。
瞬く間に勇者共が細切れの肉塊に変わる。
「でもマナーがなってない。結婚式で騒ぐな」
その手には「パーフェクト結婚式ブック」と銘打たれた本を抱えている。
なるほど。人間の世界の結婚式を勉強してきているらしい。
しかしその本は「参列者を肉塊に変えるのはマナー違反」と教えてくれなかったのか。なんて不親切な本だ。そんなもの燃やしてしまえ。
中庭は完全に戦場と化した。
下手に動き回ると危ない。いや、突っ立っていても危ない。
勇者の放った矢がこちらへ飛んでくる。そう気付いたときには、もう避けられないところにまで来ていた。
あとはもう、俺の目には追えない。
瞬く間に矢が叩き落とされ、気付くと足が地を離れていた。
マーガレットちゃんだ。彼女の腕の中こそこの街で唯一絶対的な安全地帯。とりあえず命の危険はなくなった。やったぜ。
いや、本当にそうだろうか。
塀から顔を出していたオリヴィエと目が合った。
「神官様、ご結婚おめでとうございます!」
人って本当にキレると笑うんだな。初めて知った。
オリヴィエが目を見開いている。漆黒の瞳が俺を射抜く。
「で、誰と結婚するって?」
マズい!
オリヴィエが軽やかに塀から降り立った。
颯爽とこちらへ駆けてくる。手には武器。殺す目をこちらに向けて。
「その結婚、ちょっと待ったああぁぁぁ!」
思わず身構える。
それにどれだけの意味があったのかは分からない。多分意味はなかった。
マーガレットちゃんのツタが閃く。オリヴィエの首が胴体を離れた。当然の帰結だった。
それを眺めていたシアンがなにか思い出したようにハッとする。
オリヴィエの首を取り、こちらに投げてよこした。
「初めての共同作業だ。後ろを向いてそれを投げろ」
お前本当に「パーフェクト結婚式ブック」読んだ?
しかし俺に拒否権などあるはずもない。
言われるがまま、俺はオリヴィエの首でヘッドトスを行う。
綺麗に放物線を描いたオリヴィエの首は、吸い寄せられるようにパーティメンバーの腕の中にすっぽり収まった。
「っ……」
思わず息を呑む。
まるで葬式の出席者のような顔をしている。しかし纏っているのは黒い喪服ではない。いつものパステルカラーでもない。
白いワンピースだ。
結婚式において参列者が白い服を着ることはタブーとされている。それは花嫁の色だからだ。
彼女はそれを知らなかったのか?
いいや。わざとやったんだ。そこには紛れもなく抗議の意思があった。
「ユリウス」
リエールが顔を上げる。
いつものように真後ろからではない。
真正面からこちらを見上げる。
震えが止まらない。走馬灯のように今までの恐怖が蘇る。
殺される。
俺はそう直感した。
思わずマーガレットちゃんに助けを求めて縋る。彼女の体を抱きしめる。
しかしリエールはなにもしなかった。
散々むちゃくちゃやってきたイカれ女が、ただ一言だけ呟いた。
「本気なの?」
今までコイツには色々と驚かされてきたが、今が一番驚いているかもしれない。
泣いていた。
いや、泣くのはズルいだろ。それは違うじゃん。そんな感じで来られたらこっちだって良心が痛む。
咄嗟に口を開いていた。しかし言葉が出てこない。なにを言おうとしていたのか自分でも分からない。
いずれにせよ、俺の言葉が彼女に届くことはなかった。
シアンの鞭の一撃が薙ぎ払うように勇者共の命を散らしたからだ。
勇者の命など魔族の前ではロウソクの火に等しい。
教会に静けさが戻る。
見渡す限り、生きている人間は俺だけであるようだ。
「良い式だったな!」
シアンが笑顔で振り返った。
終わったらしい。
一体今の行為のどこが良かったのか、なんならどのへんが“式”だったのかも分からないがとにかく終わった。
しかしまったく嬉しくない。
なんか凄く悪いことをした気分だ。
いや、実際に悪いことはしているのか。
辺り一面血の海。
この惨劇は俺の適当で曖昧な言葉が招いた結末なのだから。
「浮かない顔だな。マリッジブルーか?」
「い、いえ……」
俺はやっとの思いで笑顔を浮かべ、微かに首を横に振る。
シアンは大いに頷いた。
「なら良い。本番ではちゃんと笑うんだぞ」
「……は? 本番?」
「ああ。これはリハーサルだ。当然だろ。本番ではちゃんと花嫁衣裳を着てもらう」
あぁ、そういうのあったな。
……待てよ。じゃあもう一度この惨劇を繰り返すってこと?
俺は辺りを見回す。愕然とした。
死体はほとんど教会に転送されていったが、おびただしい量の血が惨劇の激しさを物語っている。
今頃教会の中で死体が山を作っているはずだ。
「……できません」
ほとんど反射的な呟きだった。
シアンが首を傾げる。今ならまだ引き返せる。
でも俺はそうしなかった。
ここを嘘で乗り切っても、きっといずれツケを払わされる。
俺はハッキリと告げた。
「結婚はできません」
「は?」
俺は口を開き、わななく唇をなんとか動かす。恐怖で舌がもつれながら、一つ一つ言葉を選んでいく。
「マーガレットちゃんは非常に素敵な植物で、今後も友好的な関係を築いていきたいと思っています。でも結婚となると……私たちは種族も違いますし、女神もお認めにならないかと思いますし、なにより……性別に不安があるしっ……」
「最初から結婚の意思はなかったということか?」
「っ……もっと早く言うべきでした。すみませんでした!」
俺は頭を下げた。
そうする他なかった。
しばしの沈黙。
シアンがため息をつくのが分かった。
「正直に謝れたのは褒めてやる」
「シアン……!」
顔を上げる。
シアンの顔がすぐそこにまで迫っていた。
作り物めいた綺麗な顔に浮かんでいるのは紛れもない敵意と憎悪。
「まぁ許さないけど」
シアンの鞭がしなる。音を置き去りにしてこちらへ迫る。
あっ……終わった……
俺は死を覚悟した。思わず目を瞑る。
激しい衝突音。そして。
「――どうしてですか。兄さん」
結論から言えば、俺の首と胴体は繋がったままだった。
マーガレットちゃんのツタがシアンの攻撃を防いでくれたからだ。
「そんなのさっさと殺して新しいのを見つけたら良いんですよ。人間なんて山ほどいるんですから」
俺はマーガレットちゃんを見上げる。
その顔はやはり植物的無表情で、彼女の感情を窺い知ることはできない。
しかし微かに首を横に振ったのが分かった。
シアンが握った拳を振り下ろす。行き場のないそれはただただ空を切るだけだった。
「僕には理解できません」
シアンが背を向けた。
飛び立つ寸前、振り返ってこちらを一瞥する。
「兄さんの気が変わらないことを祈るんだな。お前を殺すなんてアリを潰すより簡単だ」
シアンの言葉は決して脅しではない。徹頭徹尾誇張なしの真実だ。
果たして俺の選択は正しかったのか。
分からない。またその場しのぎの嘘で乗り切った方が安全だったかもしれない。
いや、考えるのは後だ。
その場しのぎの嘘で誤魔化したツケの精算はまだ終わっていない。
「ありがとうございます、マーガレットちゃん」
マーガレットちゃんから離れ、地面に降り立つ。
教会では勇者共が死体の山を作っているはずだ。
もうすぐルカ君も帰ってくるころだろう。この惨劇をなんと説明しよう。
オリヴィエにもだ。きちんと順序立てて説明しないと命が危ない。
それから、リエールにも。
思わずため息が漏れる。
酷く気が重い。
なんで俺が言い訳をしないといけないんだ。
でも、できればもう泣かないでほしいとは思った。
番外編にもお付き合いいただきありがとうございました!
これにて完結です。
あとがき的なことはあとで活動報告にでも上げようと思います。
また、本作を丁寧にコミカライズしていただき、さらに何度もコラボしていただいたタナカ先生にこの場を借りてお礼申し上げます。
コミカライズ4巻は本日(6/7)発売。
表紙のオリヴィアちゃんが目印です。可愛い~!
どのキャラも魅力的に描いていただいています。コミカライズ版も楽しんでいただければ幸いです!
近いうちに新作も投稿したいと思っています。
よろしければまたお会いしましょう!