前話の魔法ですが、現実では水の固体が一定以上の温度になることはないのであり得ないということを書き忘れてました。
フィクションなのであしからず。
イベントの目的、それは邪神側の勢力のお披露目。
今までＰＫやゲーム世界における犯罪行為などを専門的に行っていたプレイヤーたちへ声をかけ、着実に拡大し強化されていた勢力だった。
さすがに数が通常の者達より少ないので、邪神からの力と称してシステム的にいろいろと優遇したりもしたのだ。
しかし、
「え？英雄に呪いかけるのすら失敗したんだが？」
「完全に誘われましたね。情報は漏れてないみたいですけど、読まれてたってことでしょう」
「は？読むって何だよ！このほんの少し参加して１発魔弾撃つだけで終わるのが読むってことなのか！？俺たちの苦労は何だったんだよ！！」
お披露目イベントはあっさりと終了してしまった。それも、英雄１人すら怪我をさせることができずに。
あれほど油断させて、しかもそれぞれ強力な魔法を持っているというのに。それでも失敗したのだ。
それもこれも全て１人の所為である。
「賢者の師匠、本当に何者なんだよ………」
「いっそのこと邪神に警戒されてるって建前でデメリットスキルとか称号とか……あまり意味ないですかね。基本的に行っているのは勉強ばかりですし」
「意味ないな。魔力も満腹度も低下させたところで関係ないし、行動を制限するとそれはもうやりすぎだし………これから先のイベント、どうすればいいんだよ」
運営達は頭を抱えるしかなかった。
一方何も知らない伊奈野は。
イベントフィールドから退出してコレクターさんへ魔弾を撃って社会貢献をした後、図書館へと転移した。
転移後はいつものようにひたすら勉強するだけ。
予定した問題集は入手できなかったため少し不機嫌ではあるものの荒れたりすることはなく淡々と問題が解かれていく。
それはもう、いつも以上のペースと集中力で。
「…………あっ。もう３時間経ってる！？」
気づいたときにはそれほどの時間経過していた。
とはいえ、伊奈野がゲームにログインしていられる時間はゲーム内での２４時間。イベントに参加した時間を差し引いてもまだ２０時間はある。
「よぉし！やるぞおぉぉぉ！！！！！」
伊奈野のやる気も、集中できる環境も十分。
この土日のイベント期間は、非常に勉強に適した期間となったのであった。
ただ、
「非常に助かりましたあああぁぁぁぁ！！！！あなたはこの町の恩人です！！！」
「あっ。はい！」
「また何かあればお宜しくお願いいたします！！最近この町にやってくる者達は無法者ばかりかと思っておりましたがあなたのような方がいらっしゃるとは！もちろんあなたの行ないには謝礼をさせていただきますし………………………………」
あまりにも暑苦しく長い話。
コレクターさんの逮捕（いつの間にか捕まっていた）に伊奈野が関わったことになったらしく、いつぞやの警備の人がわざわざ伊奈野の下にまで礼を言いにやって来たのである。
さすがにこの人を相手に伊奈野も勉強ができない。
横目で問題集を見ることもできるが、声が大きすぎてほとんど思考できない。
結局適当に返事をしながら終わるのを待たされることになるのであった。
その後、
「……………ではこれで失礼させていただきますぞ！！」
「あっ。はい。お仕事頑張ってください」
やっと話が終わると、警備の人が背を向けた後伊奈野の表情は完全に消え落ち、狂ったような素早い動きで机に向かうことになる。
無駄にしてしまった時間に勉強出来た分を取り戻すための、かなり気力を使った集中。
それは当然伊奈野が外界から受ける刺激を完全にシャットアウトするとともに、
「なぁっ！？」
圧倒的な威圧感により、警備の人を驚愕させる。街の警備を長年してきた警備の人であっても久しく感じないほどの威圧感であった。
この威圧感に、警備の人は認識を改めることになる。
「何かを書いている？それだけでこの威圧感とは………賢者様の師匠というのだから魔法系の戦闘職かと思ったが、研究職だったか。もしかしたら無駄に時間を浪費させてしまったかもしれない」
今までただの魔法使いだと思っていた伊奈野が、実は研究系の人間だったかもしれないと考えた。そしてそれと同時に、今まで自分が話をしていたのはかなり相手の邪魔をしてしまっていたのかもしれないという気持ちも。警備の人としては町の情報なども教えたりして協力している気持ちだったのだが、それが間違いだったかもしれないと思い知らされたわけだ。
こうして本人が自覚しない間に邪魔をする存在は反省をさせられ、伊奈野は今後邪魔をされる可能性が減ったのである。
当の伊奈野は、
「…………あれ？そう言えば謝礼をくれるって話だったけど、何だったんだろう？」
数時間ぶっ通しで勉強を続けてどうにか取り戻したのちに、くれると言われていたものをもらったのかどうか分からなくなっていた。
貰ったのか貰ってないのか。まずそれが分からない。そして、もらっていたとしてもそれが何なのか見当もつかなかった。
「まあ、もらってても多分使わないから何でもいいかなぁ」
伊奈野はそれで済ませて、考えるのをやめる。
アイテムボックスなど、一切確認することはないのだ。トッププレイヤーが持つような強力な武器が入っていても、当然気づくことはないのである。
「さぁて。それじゃあ再開しようかな。今日のペースなら、次のテストまでに範囲を１０周できるかも」
そうして伊奈野のイベント期間は過ぎ去っていくのであった。丸２日こんな調子だったのである。
そしてイベント明けの月曜日。
「あれ？日本鯖また混んでるんだ。この時間も混むのかぁ～」
伊奈野がログインしようとしたときにはすでに日本サーバは大混雑。
伊奈野は残念に思いつつ、相変わらず混雑していない海外サーバを選択してログインした。
「イベント終わりだし大丈夫だったかどうか確認したかったけど、無理なら仕方ないねぇ。また今度空いてるときに聞こう」
イベントに前回と同じく魔女さんたちが参加しているのは予想できた。
伊奈野としても一応心配だったのだが、今の状況ではログインもあまりしたくないため確認もできない。
仕方なくまた少し落ち着いてから行こうと考え、伊奈野は気持ちを切り替えてダンジョンへ向かうことにする。
が、
「海外プレイヤーを許すなぁ！！」
「疑わしいやつらは全員キルしろ！！このサーバ内で自由にさせるな！！」
「一度だけじゃダメだ。帰るまでリスキルしろ！！」
なんだか不穏な言葉が伊奈野の耳に届いた。周囲を見て見ると、伊奈野と同じようなこのサーバにとっての海外プレイヤーがこの国のプレイヤーと思える者達やＮＰＣに追い立てられている様子が映る。
