くっ!
主人公が関わるところまで書けなかった!
日本サーバにおいて、運営が警戒する存在と言うのは無自覚にイベントを破壊してくる残業の使者だけではない。
それ以外にも彼ら彼女らの計画を大きく狂わせる存在がおり、
「ギルド『余威與都』。俺は激怒した。必ず、かの邪知暴虐のギルドを除かなければならぬと決意した。俺には政治がわからぬ。俺は、会社の社員である。キーボードをたたき、お偉いさんの接待をして暮らしてきた。けれども、」
「先輩。なんで走れメロス構文やってるんですか?口を動かしてる暇があるなら手を動かしてくださいよ。そろそろ時間なんですから、少しでも不安要素は排除しないと」
「そうは言うがな。不安要素の大きな2つはつぶしただろ?あの2人が動けないなら俺たちがすることは何もないって」
「そうは言いますけどねぇ。何回も油断して足をすくわれてきたじゃないですか。今回は成功させたいイベントなんですよ?」
「分かってるって。だから、ずっと魔法が仕込まれてないかはチェックしてる」
「それなら良いんですけど……………」
あまり中身のない話をしながらキーボードをたたく運営の者達。彼らの前にあるモニターには、日本サーバでトップを独走するギルド、『余威與都』のメンバーたちの姿が映っていた。
全員ではなく、その場にいるのは3人だけ。そんな彼らの話が聞こえてくる。
『………で?結局このイベントは何なんですの?』
『サッパリ分からない。分からない事だけが分かってる………ニャァ~』
『これが無知の知。カッコイイでござるな』
彼らが歩くのは、とあるカジノの中。カジノではあるのだが全くそこに人の気配はなく、3人が歩く姿だけが映っている。
そんな3人がわざわざカジノへとやってきた理由は、依頼が来たからだ。それぞれのパートナーとなっている英雄たちから。
『目的はこの廃カジノに残っている財宝の回収ですわ』
『しかし、それだけで終わるとは思えぬでござるな。争いの臭いがプンプンするでござるよ!』
『当たり前。英雄関連のイベントで楽なものはない………ニャ~』
『ふっ、拙者は侍。修羅の道を生きるでござるよ!』
『いや、あなた完全にホラゲーのキラーではないですの!』
『この間は忍者の格好してたし……………ニャ~』
英雄本人は何やら仕事があるらしく、パートナーたちに任せられた財宝の回収。当然3人はこれが回収だけで終わるとは思っていない。
入り口から入って目についた金貨や高そうな絵などを拾いながら進んでいきつつも、いつ敵が現れるのかと警戒している。
ここで3人がこの作品の主人公であるなら緊迫感のある回収作業も描かれるのであろうが、残念ながらそんなものはバッサリカット。戦闘シーンに移行される。
運営の面々はモニターの向こうへ期待に満ち溢れた瞳を向け、
「よし!行け!あの防御貫通とかふざけてる悪役令嬢をぶっ飛ばせ!」
「先輩落ち着いてください…………と言いたいところですけど、今回ばかりは仕方ないですね。今までさんざん煮え湯を飲まされてきましたし、ここで運営としての実力を見せなければなりません」
運営達が期待するのは、3人を待ち受ける敵。
特にこの敵の長所は、3人の1人でありプレイヤー個人の実力で言えば日本サーバ最強という称号を持つ『悪役令嬢』の対策を最大限に盛り込んだことなのだ。
理不尽な防御貫通攻撃である次元斬の効果をほとんど無視し、さらにその他2人にも対策を立てまくった存在。
『敵ですわね………ではいつも通り、初撃は私が行きますわ!!』
「よし!ぶつかるぞぉぉ!!!」
「うまくいってくれ!頼む!!」
3人と敵が向き合えば、最初に行われるのが悪役令嬢の次元斬。
最初にして最大の難関であるそれが、
『あら?分裂しましたわ』
「よし!耐えたあああぁぁぁ!!!!!」
「ダメージの値も最小限。これなら予定通り行けそうですね。いやぁ。勝てて良かった」
映った数値は、想定通りの物。いや、想定の中でも最も運営が勝利を確信できる数値だった。
そんな数値が出れば、やはり運営達は喜びその作業の手を止める。もう仕事は終わりだと言わんばかりに、だ。
しかし、
『オラオラオラオララオラァァァァァ!!!!!!』
『ん。弱い?』
運営達の抱えたものは油断だった。
対策を立てて、なぜか関係ない場所からイベントを破壊して来る賢者の師匠の魔法がないかは調べた。攻撃が多種多様でそのどれもが的確に大ダメージを与えてくる悪役令嬢の手札にもすべて対策した。
しかし、だからこそ確認しきれなかったのだ。
最近のその他2人の変化を。
「お、おい!あの刀、邪神の勢力に盗ませるはずだったやつだろ!?何で持ってんだよ!?」
「あのバトルアックス、通常のプレイヤーが手に入れられるものの100倍以上の価値があるやつですよ。なぜそんなものを…………」
対策は立てたつもりだったが、それを上回られた。
見た目こそ見た目だけの装備に見える美少女の絵が描かれた刀は切った部分の周囲を大きく弱体化させ、赤い宝石の埋め込まれたバトルアックスは、炎を纏いながら敵を焼き尽くしていく。
結果をいえば3人の、というか主に2人の圧勝だった。
「な、なぜだ…………」
「計画は大失敗ですね……………」
落ち込む運営達。
他の様々な部分を管理AIに任せて、かなり長い時間をかけて用意したイベントだったというのに。あっさりとそれを突破されてしまった。
さらには、
「マ、マズいです先輩」
「どうした?これ以上マズい事なんて……………」
モニターを確認し、その全員の動きが止まる。
なぜならそこに、見たくないものが映っていたからだ。
「救いがあるとすれば、主人の方が来なかったことか?」
「どうですかね。来ても来なくてもより状況が悪くなるのは変わらないですよ」
彼らが見るモニターの先。
そこには、黒い本がぷかぷかと浮いていた。まるで、最初から3人とその敵との戦闘を観察していたかのように。