天使に攻撃を仕掛けられた伊奈野。
どうにか『龍落とし』を成功させて腕輪の転移で逃げてきたが、
「なんか、凄い動き遅かったかも……………もしかしてもうちょっと頑張れたかな？」
よくよく考えてみると、攻撃を仕掛けてきた天使はそこまで強くなかったように思えた。何せ、今までダンジョンのボス相手に練習を重ねてきたのに比べて、圧倒的に天使の動きは遅かったのだから。
お陰で、特に苦労することもなく『龍落とし』は成功した。
これは単純に普段の練習相手が強すぎるし速すぎるから世間一般で普通に速い相手でも逆に遅く見えてしまうということなのだが、どの程度が一般的な速さなのか分からない伊奈野はそれが速いかどうかはともかくとして自身の対応できる程度のものだと結論付けた。
「まあいいや。今更戻るほどじゃないと思うし、おとなしく勉強しよ～」
実践として『龍落とし』の経験を積むのにはちょうど良い機会だったのではないかと思う部分もあるが、そこまで何としても今やらなければならないことではないだろうと判断して勉強を進める。
そこから数時間、伊奈野は何の問題に巻き込まれることもなく非常に勉強に適した時間を過ごしていった。
そんな中、何度目かの休憩に入ってところで、
「………あれ？司書さん？」
「おや。読み友、休憩ですか？休憩ですよね？」
顔を上げると、司書さんの姿が視界に入った。
どうやら伊奈野を待っていたらしいことはその反応から読み取れる。
「はい、休憩ですけど………お仕事は大丈夫なんですか？」
「ええ。終わったわけではありませんけど、それよりも優先すべき仕事ができてしまったと言いましょうか」
「なるほど？」
何やら司書さんに大きな仕事が入ったらしい。ただ、だというのに伊奈野の下までやってきておとなしく勉強が終わるのを待っていたのである。
（仕事の時間が決まってて、ちょっとそこまで時間があったとかかな？……………いや、急に入ったって言ってたしもしかしてその仕事って、）
「天使の方のお一人が読み友に攻撃を仕掛けたという報告を受けまして。それの確認を行ないたかったんですよ」
「あぁ。なるほどそういうことですか」
完全に理解しましたとかいうやつである。
伊奈野は、自分でもわかるほどに目が死んでいく。対処はしたもののその後のことでいろいろと面倒なことに巻き込まれるのか、と。
そんな伊奈野の様子を見た司書さんは慌てて、
「あっ。別に事情聴取とかそういうものをするわけではありませんよ？ただ本当にあったかどうかというのを確認したいのと、謝罪をしたいという人がいるのでその人たちに面会するかどうかという確認がしたいだけです」
「ああ。そうなんですか」
本当にあったことなのか確認するという時点で事情聴取な気がしないでもないが、伊奈野は時間がとられないのであればそれでいいと気にしない。
それよりも、その事務的な諸々を早々に解決していくこととした。
「まずは、本当にあったことですよ。とはいっても、突撃されたので躱して蹴りましたけど」
「躱して蹴った？……………そんなことできたんですか？」
「まあ、練習してたのでどうにか」
「そ、そうですか……………」
司書さんはその考えたことのなかった伊奈野の行動に驚く。もう事実確認とかそういうものよりも、そちらの方が非常に気になっていた。
伊奈野が今までそういった攻撃を避けるといったことや、ましてや蹴りを入れるなんて言う行動は見せたことがなかったのだ。近接戦闘ができるなど考えてみてもいなかった。
ただ、伊奈野はそこをあまり掘り下げることはせず、
「それで、謝罪をしたいということでしたけど」
「あっ。はい。そうですね。天使側の代表者と、それを案内していた呪術師が謝罪したいとのことでして。代表者とは読み友も話をしていると聞きましたが」
「ああ、そうですね。確かに代表者らしき方とは話していますよ」
話しかけてきた天使は１人しかいないので、それで間違いないと思われる。そしてその隣に呪術師もいたので、呪術師の方も問題はない。
ただ、だからと言って謝罪を受け入れるかどうかというのは別の話だ。
彼らの所為で攻撃を仕掛けられたと言っても過言ではないと思われるので、受け入れたくない許したくないと言っても何ら問題はない。それもまた普通のことなのだから。
勉強をしたいだけの伊奈野としても、余計なつながりを持つ必要はないし無視してもいいはずだ。
だが、
「……………まあ、いいですよ。休憩時間の中で良ければ」
「分かりました。ありがとうございます、それではすぐに連れてまいりますのでお待ちください」
司書は礼を言いそのまま部屋を出て２人（？）を呼びに行く。
何故伊奈野は礼を言われたのか一瞬分からなったが、
（この街としてはこれからの付き合いを考える上でも禍根が残らないよう私が謝罪を受ける形は作りたかったってことかな？）
何となく察することができた。
司書が出てから数十秒もしないうちにまた部屋の扉が開かれ、
「大変申し訳なかった！！」
「ごめんねぇ」
下げられる１つの頭。しかも１つはかなり低く、地面にしっかりと張り付いていた。つまり、土下座である。
土下座をしているのは天使で、相当な何かの感情を抱えていることは理解できた。そしてその感情が、伊奈野にとっては同情できるようなものであることも。
「…………とりあえず頭を上げてください。司書さんが説明したかは分かりませんけど、私もそこまで時間があるわけではないので」
「う、うむ」
「ふぅん。本当にあっさりしてるねぇ」
伊奈野は頭を上げさせ、事情を聴くことにする。
まずは堅物で話の長そうな天使を……………後回しにして、
「じゃあ、怪しい服の人先にお願いします」
「怪しい服………それはもしかして私のことか～い？随分と変な名前だねぇ」
呪術師は言いにくいため怪しい服の人に変わった、あだ名の通りとても怪しい恰好の人が苦笑しつつ話を引き受ける。
やはり話は謝罪と償いに発展して、
「まあ名前は良いとして、今回は私がついておきながらこんなことになって本当に悪かったねぇ。監視者として止めなきゃいけなかったんだけど、まあ怪我がなくて幸いだよぉ。おかげで私の罰もそこまで重くはならないだろうからね～……………まあそれはそれとして、お詫びをしたいところなんだけどぉ」
「お詫び、ですか」
「そぉそぉ。お詫びに君のことを、呪ってあげるよぉ」
