「いやぁ~。今年もなかなかすごかったね~……………ん?すごかったよね?あれは全部夢だったってことはない、よね?あ、あれ?」
「ど、どうされましたのお嬢様!?楽しいクリスマスイヴのお食事でしたわよ!?そんな頭を抱えるようなことはなかったはずですわ!?」
「そ、そうだよね。あ、あははっ。おかしいな~。なんか存在しないはずの記憶がフラッシュバックしちゃって」
「え、えぇ?本当に大丈夫ですの?勉強のしすぎでストレスが溜まってるのではなくて?少し休まれてはいかがですの?もしあれでしたら病院にも………」
「い、いやいや。大丈夫だよ。そんなに大げさにしなくていいから」
「えぇ?でも、……………」
「本当に大丈夫だから。気にしないで」
かなり豪華な環境の中食事を終わらせ、伊奈野達はそれぞれ自室へと戻っていく。そんな中伊奈野はあまり精神的ダメージを食らっているとは思っていなかったはずの1人クリスマスの記憶がフラッシュバックしてしまい瑠季に心配されたが、ごまかして勢いのまま部屋へと戻る。
「ま、まさかここであのダンジョンの記憶があふれるなんて………まあいいや。いつもより勉強できてないし、今日も張り切って勉強していかないとな~」
まさか自分にこんなものが潜んでいたとは全く思っていなかったため、驚きを憶えつつも気持ちを切り替えヘッドギアを被る。
相変わらず日本サーバは混んでいるためダンジョンのあるサーバへログインしていき、
『ん。ダンジョンマスター。来たか。少し話があるのだが』
「あっ。後にしてください」
『そ、そうか……………』
骸さんから話しかけられたものの、伊奈野はばっさり切り捨てて勉強を始める。骸さんは思ったようにいかなかったためか少し挙動不審な様子を見せる。
ただ、後で聞いてくれるだけまだ優しいかもしれない。
ということで数十分後、伊奈野がいったん休憩に入ったところで話が始まり、
『まずはこれを見てほしいのだが」
「これ?」
伊奈野が首をかしげると、彼女の前にモニターが現れる。
そこにはダンジョン内の様子が映し出されており、数人のプレイヤーがモンスターと戦っていて、
ただそれ自体は普通のことであり問題はないのだが、骸さんが見せたいのは、
「結構、追い込まれてますね。もしかして向こうの勢いがついてきてます?」
『うむ。実は侵入者たちの実力なのかは分からないが、スキルか何かの効果でかなり有利に立ち回られてしまっているのだ』
「ほぇ~」
軽い様子で伊奈野は声を出すが、そこまで余裕を持って受け止められることではない。プレイヤーが強くなっているということは、それだけ奥まで攻略されてしまうということになるわけだ。
どこまで強いのかは分からないが、各環境に対して耐性を持ちさえすればモンスターには負けないというレベルの強さだとするとかなり奥まで攻略されてしまうのも時間の問題に思えた。
「そういえば、クリスマスのチケットで交換できる中に強いスキルがあるって言ってた気も………」
『む?そうなのか?いったいどのようなものなのだ?』
そんな中伊奈野が思い出すのは、瑠季と話していた中で出てきたチケットの交換対象。
伊奈野はソリや『かまくら生成』のスキルを選んだが、きちんと交換できる中には戦闘に使えるようなスキルもあったのだ。
今回は、それがダンジョンで猛威を振るっているわけである。
「確か『プレゼントアタック』とか言って……………攻撃するときに自分にランダムな弱いバフを短時間ですけどかけられるスキルだったと思います。効果時間が短い代わりに使用には何も消費しませんし重ねがけができるみたいで、安定して強いスキルだって聞きました」
『ふむ。バフ系のスキルか。短時間と言えど効果時間が切れるよりも連続攻撃でバフを積む方が速いのであれば厄介だな……………だが、それだけならばそこまでの問題はないか。弱い効果のバフであるならばもう少し階層が下がってくれば無意味になるな』
「そうなんですか?バフってレベルが上がればそのぶんバフの効果も大きくなりそうなものですけど」
『それは確かにそうだが、下層に行けば自身へバフをかけるようなモンスターなどいくらでもいる。それこそ、弱いバフを重ねがけするよりは断然強いバフを1つかけるようなものもいるからな。真正面から戦って負けはせんだろう』
どうやら骸さんの見立てだと活躍するのはしばらくの階層の間だけらしい。
伊奈野個人の考えではかかるバフもランダムということでクリティカル確率が上がったりクリティカルダメージが上がったりする系統のは絶対にどれだけ成長しても大事になってくると思うのだが、骸さんはそう考えていないようである。
「私にはよく分からないのであまり何か言うことはしませんけど、気を付けてくださいね」
『うむ。分かっている。油断はせぬ……………あぁ。油断で思い出したのだが、もう1つ気になることがあってな』
「気になること、ですか?」
骸さんが気になることはプレイヤ―達の強化だけではないらしい。それ以外にもここまでダンジョンを経営してきた中で変化や疑問を感じるもので、
『これは今日に限った話なのだがな』
「はい。今日ですか?なんでしょう?」
『いつもに比べて侵入者の数が圧倒的に少ないのだ。特に、最前線ではなくその手前から入り口付近にいる侵入者が全体的に少なくなっておってな。何か問題が起きたのではないかと思うと少し心配でな』
「……………」
今日。そして、人が少ない。
この2つの要素が導き出す答えはなんだろうか?
そう。
「あぁ~。恐らく、皆さん家族や恋人と過ごしてるんだと思いますよ。はい。恋人とかと、ね」
『む?ど、どうしたダンジョンマスター。少し目が濁っておるが。何か問題があったのか!?』
「いえいえ。問題はないです。ただ社会との差を痛感しただけですよ。まさかここの人たちにもそんな人がいるなんて」
伊奈野は、こんなダンジョンに挑むのはやはり自宅警備員でもやっている重度の暇なヲタクが多いだろうと思っていた。
しかしそんな予想とは裏腹に。
このクリスマスイヴの日に限ってダンジョンに来ないリア充共が予想以上に多いということが理解できたのだ。
「……………チッ(舌打ち)」
『ダ、ダンジョンマスター!?本当に大丈夫なのか!?』
恋人は作らないけどカップルにはしっかり嫉妬するタイプw