「……………うぅん。難しいですね」
『む?何に悩んでおるのだ?』
転移を極めることで様々なことに対応ができるようになる。ということで、転移を多用するようになった伊奈野。
そんな伊奈野は、少し悩みを抱えていた。
とはいっても深刻なものではなくそこまで重要でもないことなのだが、
「転移した後の体勢が転移する前と同じじゃないですか。ですから、そこを変えたいなと思っているんですけど……………」
「ほぅ?転移した後の姿勢を変えるか。また難しいことを考えるな』
「難しいんですか?これができるようになれば勉強に応用できるようになると思ったんですけど……………」
伊奈野が考えたことは、転移する時、転移後の体勢を転移前と変えられないかということだ。
通常腕輪でもダンジョンの中での転移でも、転移するときに体勢が変わることはない。ただ、伊奈野としては変えられた方が便利だと考えている。
特に伊奈野の場合は勉強にも応用できるのでは
ないかと考えていて、わざわざ手を動かすよりもその一瞬の体の動きをその場への転移として使うことによって短縮できるのではないかと考えたわけだ。
次のページを開くときにページを握るにしろ、ペンを上にあげて次の文字を書くにしろ。細かい手の動きがあるが、それをその場での体勢を変える転移でより短縮するつもりなのである。
そこまで時間がかかる動作でもないし短縮する必要性もあまり感じられないものではあるのだが、どうやら伊奈野はそこを短縮しようなどと考えたようである。
『確かに攻撃を避けつつ相手の後ろに回り込む時、攻撃を避ける体勢で行くと攻撃までの時間が長くなってしまうからな。そういうことを考えれば転移後の姿勢も転移時に変えられるのは良い事だろう。しかしながらそういったことを考えた転移使いも昔はいたのだが、どれもうまくはいかずにな。姿勢を変えようとしていた体の部位がぐちゃぐちゃになったり消失したりちぎれていたりと問題が頻発した。心を折られて研究もなかなか進まず……………』
「う、うわぁ……………」
伊奈野の考えとは視点が違うのだが、それはそれとして伊奈野と根本的には変わらない部分の考えた人たちもいたようである。
ただその結果はかなり悲惨な物であったらしい。
様々な失敗を聞いて、伊奈野としても長く続かないのは理解できることである。
「というかそれ、死亡者も結構いたのでは?」
『そうだな。頭や首を動かそうとしたものなどは死んでしまったものも数人いたぞ。もちろんそういう話は広まって首や頭を動かすというのは実験段階で行われなくなったが』
「やっぱりそうなんですね……………じゃあ私も、下手にこのまま姿勢を変えようとしてたら死んでしまっていた可能性も?」
『なくはないが、このダンジョンの機能としての転移はそこまで応用が利くとも思えぬしそのようなことは起きなかったと思うぞ。自分自身で転移の魔法を覚えたりしたというわけではないからな』
「そ、そうですか……………」
ゲーム内なので問題はないと思うが、原因も分からないまま死亡してしまっていた可能性もあるわけだ。伊奈野もうかつな行動を慎むべきかと少し反省するのであった。
ただそれはそれとして、
「なら私とかはそこまで痛みも感じませんし、実験体としてはちょうど良さそうですね」
『む?まあ確かにダンジョンマスターであれば痛みを感じにくいのかもしれぬが……………わざわざダンジョンマスターが試すくらいなら侵入者たちに試したらどうだ?感じにくくとも痛い物は痛いのだろう?』
「他の人を犠牲にして実験してみるってことですか……………」
伊奈野はプレイヤーであるためあまり痛みは感じない。全く感じないとそれはそれで問題があるためゲーム側により若干感じるように設定はされているが、たいして感じることはない。
ということで自分で実験対象になれば良いと考えたのだが、その若干でも痛いは痛いわけだし他の人を犠牲にしてはどうかということを骸さんから提案される。
自分は嫌だからと他人に押し付けるのはあまりよろしくはない。
当然伊奈野は骸さんの提案にうなずくわけが、
「あぁ。普通の人を実験体にするならともかく侵入者にやるのは良いですよね。じゃあそうしましょうか」
あった。
伊奈野はダンジョンへの侵入者であればそこまで丁寧に扱う必要もないと一切迷うそぶりも見せず頷いたのだ。
そうと決まれば早速実験開始ということで侵入者たちに転移をかけていく……………ことになるということもなく。
「まずどうやって侵入してきた人たちを転移させるかが問題ですよね。骸さんみたいに権限を与えるわけにもいきませんし」
『そうだな。そんなものを与えたところで最深部まで転移してきてダンジョンコアを破壊されて終わりであろう。転移はこちらで転移先などをを設定できるようにしておかなければならんのだが、そうなるとまた方法がな……………』
まず実験の前段階である、どうやって転移を行なうかが問題となっていた。
ただ転移させるだけなら転移できる権限でも与えてしまえばいいのだが、伊奈野達の安全性や実験のことなどを考えるとそうもできない。自分たちで場所でも何でも決められるようにしておかなければいけないというわけだ。
しかしそんな技術を伊奈野達は持ち合わせていない。
『まず転移は情報が少ないからな。余もあまり多くを知らぬ』
「べつに私だってたくさんの種類の転移を知ってるわけではないですよ。このダンジョンのを合わせて3種類くらいしか経験してないですし」
『ならば、難しいのではないか?まず最初の転移の経験数が少なすぎる。どうにかしてもう少し多くの転移の情報を集めなければ望む結果を得るのは難しいだろう。余たちが知っている者は姿勢の変わらないものだけであり応用方法も存在するのかすら怪しいようなものばかりなのだから』
骸さんはあきらめムードである。どうしたって姿勢なんて変わらないし、望むような改良が行なえるとは思えない。
まず情報不足だと思うわけだ。
だが、伊奈野はそうは思わない。
なにせ、
「でも、私が経験した中の1つは姿勢まで変わってたのでできなくはないと思うんですよね」
『……………ほぅ?』