後は英雄などがどうにかしてくれるだろうと考えて本を放置してイベントから退出した伊奈野。
その本が引き起こしていることなど全く知らないままにいつもの如く図書館の部屋の中で勉強を続けていて、
「…………大丈夫かな。あの本、ちゃんと処分されていると良いんだけど」
その胸の中には、若干の不安があった。
本が本当に処理されているかどうかが不明で、嫌な想像をしてしまうのである。もしそのまま逃げられましたなんてことになれば、最悪本を閉じ込めていた図書館の面々から大目玉を食らいかねない。
「もう受験までこっちの鯖使わないかもしれないから、そうなってもいいのかもしれないけど…………いや、でもさすがに私のやったことで大きな被害が出るのは良くないかも」
嫌な想像なんていくらでもできてしまう。
伊奈野の頭には、どうにか逃げおおせて伊奈野がバカで助かったと言いたげに笑う本が思い浮かんでいた。それを考えると、だんだんと焦りだけでなく怒りもわいてくる(ただの想像だけでとばっちりを受けそうなかわいそうな本)。
ここまで考えたらもう確認しないという選択肢は出てくるはずもなく、
「よし。じゃあ早速本がどうなっているか調べに…………と言いたいところではあるけど、さすがにどうやって探すか決めないで行くのはマズいよね」
伊奈野は策もなくイベントに舞い戻ったとしても目的は達成できないだろうと理解していた。いくらボス戦だけとはいえそれなりに広いイベントフィールドであったし、そこを探し回ることは得策ではない。
おそらく、無駄に時間を使うだけとなる可能性が高いだろう。
だからこそ、伊奈野もどうにかして発見できる方法がないか考え始めたのだ。
本だけを探すということもなかなか難しいように思えるが、幸いなことにここは図書館である。
「もしかしたら、そういう方法が書かれてる本とかあるんじゃない?」
この図書館にあるのは、対策の分からないような暴れまわる本だけではない(というか、そんなものがある方が異常)。普通の本だって大量にあるのだ。
その中になら、伊奈野が求めるような特定の物の場所を探知するような方法が書かれていてもおかしくはない。
もちろん、大量に本はあるだろうから探し出すのは大変だろうが、
「まずは、簡単に読めて関連がありそうなものでも読もうかな」
図書館の本棚から探し出すというのは根気のいる作業であるため、伊奈野がまず最初に取り掛かったのは周囲の書類や本に目を通す作業。
周囲にあるのは例の凶暴化した本を観察し調査する際のものであるため、活用できる要素は多いと思えるわけだ。
「なるほど。魔力を吸って成長するから、強い魔力に惹かれる、と。それじゃあまず何か強い魔力を発生するものを用意しておけば勝手によって来るかもしれないってことだね」
目を通してみれば、さっそく有効活用できそうな情報が出てくる。
観察していた面々もかなり詳細に記録を残しているだでなくかなりの数の実験も行ってくれていたため、特性などを色々と理解することもできた。
そうしているとどうにかできそうだと判断できるほどには情報も集まったため、一度勉強をはさんだのちに、
「イベントに参加、と」
伊奈野は再度、今度は本の状況を確認するためにイベントへと参加する。
そこから早速仕込みをしていこうと考えたところで、
「ヤバいな。何だその本」
「今もまだ動いてんのか?」
「いや、さすがに消滅したんじゃないか?あの連撃食らって生き残れるとは思えないけど」
「ん?」
伊奈野の耳に、何やら重要そうな話が聞こえてきた。
どうやら他のプレイヤーたちが本の話をしているらしい。
いままで伊奈野が見てきた中で本という存在が活躍していたのは黒い本がちやほやされていたときくらいであったため、そのプレイヤーたちの言う本という物は自分の考えている物と同じだろうと推測。
そしてそれと共に、事前に考えていた計画を実行した。
「消滅した、か。それなら何よりかな。一応確認だけはしておくけど」
プレイヤーたちが話をしている通り、伊奈野がイベント中解放した本がすでに消滅しているのであればかまわない。それができていたのであれば目的は達成されたと言っていいのだから。
しかし、そうした話を完全に信じることは迂闊だと考え、念のため生存していないかどうか調べておくこととしたのだ。
例の本は大量の魔力に吸い寄せられるということが資料に書かれていたため、伊奈野はそれを使用しようと自身の魔力を放出。
普段癖としてスキルのレベルを上げてしまっているほど得意になっている魔力操作であっという間に伊奈野の中の魔力は空気中に放出されるとともに多くのプレイヤーなどが集まる場所へと移動。
「…………本が来る様子はない、かな?本当に消滅したのかもね」
しばらく待ってみたが、本がやってくる気配はなかったので伊奈野はもう本を消滅したものと断定。
もうすべて解決したと考えて今度こそ完全にイベントから去って行った。
なお直後、
「ん?なんか、MPの減り遅くね?」
「というか、なんか自然回復速度速くね?」
「すごっ!?魔法撃ち放題なんだけど!?テンション上がるぅぅぅ!!!」
伊奈野の残したものがまた邪神へと牙をむき始めていた。
元々魔力タンクとしての素質があっただけに、こうして他人へと魔力を供給することは気づいていないだけで得意分野なのである。たとえ空気中に放出しただけと言えどもそれがプレイヤーの近くであれば、プレイヤーにそれらが吸収されていくことは必然であった。
「これ、師匠が何かやったんでしょうね」
「え?カウンセラーさんがですか!?…………確かに言われてみれば、こんな感じの魔力だったような?」
「ん?解放者はこちらに来ていたのか。どうせなら軽く邪神に攻撃でもしてほしかったどころなんだが」
もちろん吸収するのはプレイヤーだけではない。
プレイヤーたちに囲まれながらもその中で格の違いと存在感を見せつける英雄や準英雄たちもまた、恩賜を受け取っていた。そしてそれに加えて、誰の力かということも理解し始めている。
「結界が割れちゃったので不安でしたけど、カウンセラーさんがこうして魔力を届けるだけで何も言わなかったってことは大丈夫だってことを伝えてくれたんですよね?」
「恐らくそうでしょうね。何も言いに来られなったですし、逃がしたわけではないでしょう。もちろん、適当なところに捨てて、後から考えたらまずいことだと思って急いで探しに来たなんて言うこともないでしょう」
「ですよね~。というか、逃げられたならともかく後半はあり得ないと思うんですけど。カウンセラーさんがそんなことするわけないじゃないですか~」
笑う英雄たち。
しかし、彼らも、そして伊奈野も気づいていないなかった。
伊奈野の大きなミスに。それこそ、適当にイベントにいるプレイヤーや英雄押し付けたはいい物の不安になってしまったなんていう阿呆なことではない根本的なミスに。
誰も、伊奈野がイベント会場が2つあることを忘れているなんてミスに気づくことはなかったのだ。