「何っ、んんんっ」
祖父焦ったように膝立ちになって唇を離す。
しかし王女は1度離れた唇を、更に無言で押し当てた。
一見すると小さな猛獣が襲っているようにしか見えない。
しかし王女は立派に(?)人助けをしているだけだと、瞳の力でわかる。
魔力を直接体内に流し、相手の魔力を絡めてコントロールしている。
ただ、年端もいかない少女からの積極的な長い口づけには、どうしても唖然とする。
窓から顔を覗かせているリリも驚愕の表情を浮かべ、祖父の顔も完全に凍りついている。
王女は……普通に目を開けて、淡々としていた。
色気どころか、全く感情の乱れを感じない。
明らかに緊急事態に対処しているだけだ。
程なくして祖父の魔力は落ち着きを取り戻し、長い口づけが終わる。
祖父は力なく地べたに座りこみ、顔は真っ赤だ。
「終わったよ」
そう言った王女の顔は……年頃(というには少し幼いが)の少女が口づけたとは思えない程、普通。
むしろちょっと満足気なのはどうなんだ。
あらぬ方向に勘違いする輩も出そうだから、せめて元の無感動な無表情に戻しておけ。
「なっ、なっ、何でっ」
「畑の作物が駄目になると困る。
見張りのマンドラゴラを見つけたばかりなんだよ?」
マンドラゴラ?!
なんて危険な植物を?!
教会の地下でマンドラゴラの悲鳴を聞いた時の、あの衝撃を思い出してゾッとする。
王女が指差す方向を見てみれば、確かに生えてやがる……。
「だっ、だから、口づけっ、初めてっ」
「1番効率が良いからね。
危険回避の一環だし、唇が触れただけだよ?
私は初めてだけど、ロブール公爵家ではもう閨教育もしてるから、君はそれ以上の行為もしていると聞いてる」
「…………誰がだ」
王女の言葉を聞いた祖父の顔が瞬時に、ほの暗く冷たい表情へと変わる。
祖父の感情の変化に、目が止まる。
この頃の祖父は……いや、まさか……。
「王妃と王太子とアッシェ公子」
「していない」
「ん?」
「知識としては得ている。
しかし、そういった行為はしていない。
私は……婚約者を裏切ったりしない」
「……そう?」
だから何だろう、という体の王女。
祖父への恋愛感情は皆無だと直感する。
情緒性は、蠱毒の箱庭で会った頃からあまり成長していないな。
「そうだ。
私は教育であっても婚約者に不実は働かない」
「教育なのに、不実?」
「私の基準では、そうだ」
「……そう?」
「ベルジャンヌ王女。
あなたはまだ10才になったばかりだ。
幼いから、わからないのは理解している。
だが治療の一環でも、急を要しても、こういう事は絶対に、絶っ対っにっ、してはならない」
「そういうもの?
効率的だよ?」
駄目だ、王女は何もわかっていない。
王女は情緒だけじゃなく貞操観念も死んでいる。
王女の言葉に、祖父は……何か薄ら寒い動きで立ち上がったぞ?
舞台で死霊役をしていた俳優が、こんな演技をしていたな?
「……私、以外、にも、した、事が、ある、と?」
祖父は短く区切りながら発音しているが、合間に歯ぎしりが聞こえるな?
「ん?
した事はないよ。
リリも時々は魔力暴走を起こすけど、成人前の子供だから、たかが知れているし。
さすがに公子みたいに魔力量が多い大人になると、直接的に魔力を流す方が楽でしょう?」
「ふうぅぅぅぅぅ」
祖父が今度は大きく息を吐いたな。
終始キリッとした顔だが、妹に対するレジルスを思い出すのは何故なんだ……。
「私以外には、してはいけない。
私達は婚約者だから、そういう行為も不貞にはならない。
だが、それ以外の者とするのは不貞と見なされる」
「そういうもの?」
「そうだ。
私以外には、駄目だ」
「わかった。
君と婚約を解消されるまでは気をつけるよ」
「解消はない」
「ん?
いずれすると聞いてる。
元々、国王が私を君に押しつけたから……」
「婚約は私が望んだ。
だから次期当主として励んでいる」
「……そうなの?」
「そうだ。
理由は……いつか必ず伝えるから、待っていて欲しい」
真剣な眼差しだ。
これはもう、間違いなく祖父は王女に惚れている。
しかし祖父はいずれ祖母と出会い、運命の恋人と呼ばれる関係になる。
だとしたら祖父が心変わりしたのは、祖母と出会ってから?
「ん、わかった」
返事をした王女は、相変わらず無表情だ。
甘酸っぱい感情は、全くもって湧いていない。
何となくだが、俺は王女を妹に重ねてしまっているのだろう。
王女の様子に心のどこかでホッとしている自分がいた事は、胸に留めておこう。
そう思った時、目がチカチカし始める。
次いでクラリと目が回り始めた。
「くそ、またか」
目眩は激しさを増し、意識を保つのが難しくなる。
グラリと体が傾く。
倒れる直前、王女と目が合ったように感じた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
作者:恋愛ジャンル……あれ?
キャスケット:ベルに何させてるの!
作者:ちょっ、また?!わぁぁぁ!
ラビアンジェ:作者の恋愛脳が死んでいるわ。それにしても、お祖父様ったら。1つ人生を挟んで見る初心時代、尊い。リンダ嬢がいれば……腐腐腐。