「何が……」
「ワフ?」
同時に呟くポチに気づいて、突然の不思議現象が俺以外にも起こっていると悟る。
『王女なんか関係ねえ!
ベルジャンヌ、お前は子供だ!
子供が自分勝手な大人の理不尽を、我慢なんかしてんじゃねえ!』
なおも続く怒声。
すると少年の怒声に呼応するかのように、王女の様子が一変した。
「き、貴様?!」
国王が慌てるのも無理はない。
王女は聖獣達の拘束から難なく逃れ、国王が一斉に放った全ての刃を弾き、国王の前に踊り出た。
国王が王女の進行を防ぐべく張った障壁も、結界も、王女が拳で殴って、硝子が砕けるかのように消しながら。
「あらあら、まるでショウワの格闘技マンガ」
シャローナよ、ショウワやらマンガやらは、どこから……いや、本当にシャローナか?
微笑ましげにポチを抱えて、王女を眺める顔が、まるで……。
『フレ〜! フレ〜!』
すると今度は、頭の中の少年が片手ずつ、腕を横斜め上に上げた。
手の平がピシッと上へ向いている。
上体をそらせて腹から声を出し、野太い声で叫んだ?!
「「はぁ(ワフ)?」」
『ベ・ル・ジャン・ヌ!』
困惑する俺達など!そもそも知る由もないだろう。
少年は一言ずつ区切りながら王女の名を叫ぶ。
一言発すると同時に片手ずつ前上方へ、次に再び片手ずつ両手を左右上方の位置に素早く戻す。
な、何事?!
『フレ! フレ! ベルジャンヌ!
フレ! フレ! ベルジャンヌ!』
すると今度は言葉を繰り返すと同時に、手をキビキビと前後左右へ、規則的に動かし始めた?!
「「?! ?! ?!」」
ポチと共に拡大する困惑を抱える中、少年が声援……声援、だろうか?
声援を送り始めた。
何に向かうともなく、宙に向かって声援を送る少年の、度肝を抜く声援だ。
「ぐっふぅ〜……幾つになっても推せるぅ……初生応援団員……たまらん〜」
んん?
鼻息荒いシャローナ……の中の人物は、俺の時代の学園で時折見る変態恍惚とした……。
背中にゾワリと悪寒が走り、見てはならない禁断の何かを垣間見た錯覚を覚える。
魔獣を相手にするより、ずっと手強い逃走本能が刺激されまくりだ。
もう間違いなく、シャローナの皮を被った……。
「ぐっうぅ」
国王の苦しむ声に、ハッとする。
あまりに予想外な展開で、意識が完全に逸れた。
見ると王女が、国王の首を正面から鷲掴んでいた。
もちろん王女の手は小さい。
ただ掴むだけで、あんな風に国王が苦しむ事はないだろう。
身体強化?
いや、王女の体からは薄っすらだが、魔力の低い俺でも認識できるくらい、魔力が発せられている。
「貴様っ……ぐっ……余の魔力……乱して、魔法を阻害……」
そうか、王女は国王の体内魔力に干渉している。
国王がこれ以上、魔法を発動しないように防いでいるのだと察した。
確か治癒魔法の1つに、己の魔力を他者の体に流す方法があった。
かなり緻密な魔力コントロールが必要な方法だ。
王女はその方法で更に、他者の魔力に干渉して、魔法を使えなくしたと言うのか?
理論的に考えれば、できなくはないが……不可能に近いはず。
どれだけ魔法の才能があるんだ。
「ふふふ。
エッシュの瞳の訓練に、付き合っていたお陰ね」
シャローナの体で撫でられているポチを見れば……。
「……ポチ……」
直感的にはシャローナの中の人物が誰か、既に理解している。
ポチも同じだろうが、ポチのこの変わりようには、つい呆れが口を突く。
ポチは大人しくなった、というより、むしろ撫でてくれと言わんばかりに、頭をシャローナの手にこすりつけている。
尻尾なんか、はち切れんばかりに左右へブンブン振りまくりだ。
それより今、エッシュと言ったか。
王女がソビエッシュを私的な場で呼ぶ時の愛称だ。
少なくとも、この時点のソビエッシュとシャローナとの関係性でも、シャローナの中にいるのが俺の思う通りの人物であっても、愛称を口にするとは思えない。
何より、ソビエッシュの瞳の訓練?
思い出されるのは時折、ソビエッシュの瞳が煌めいたようになる事。
ミハイルにも起こる現象だ。
もしかすると血族間で引き継がれる、魔法とは違う固有スキルのような力の事かもしれない。
魔法に秀でた王女なら、2人は定期的に交流もしていたから、知っている可能性は高い。
それなら余計に、シャローナも、中の人物も知っているとは思えない。
しかし常識を忘れて、俺がこれまでに見てきた出来事と、度々、王女の中に垣間見た、ラビアンジェ=ロブールらしき片鱗を繋ぎ合わせていけば……。
『助けたくば、見つけよ』
あの中性的な声の主が告げた言葉。
見つけた。
更に王女の真実も見つけた。
そして王女と、ラビアンジェ=ロブールの関係性も……。
課題はクリアできた……のか?
自信はないものの直感的に、この試練が終わると告げている。
しかし……このまま王女を……。
「王座と言うものに興味はない。
だからあえて放っておいたのに……愚かしいね」
「……っぐぁっ」
父親、いや、異母兄の腹を蹴り上げる王女を、改めて見つめる。
ここへ来た目的は、公女を助ける事。
なのに王女の真実を知った今、俺は王女も助けたい。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ラビアンジェが元々記憶していた、ベルジャンヌが初めて怒った理由が変わって困惑しているのは、No.482に。
理由がわからないけど怒ったのよね〜、と国王に話していたのはNo.411に書いてます。
気になった方は、よろしければご覧下さいm(_ _)m