「すみませーん」
翌日、私達は教会にやって来た。
目的は昨日の祝日宣言をした司祭様に会うためだ。
「はいはい、教会に御用ですか?」
するとあっさりと目的の司祭様は見つかった。
まぁ見つかるも何もないくらい小さな神殿だったんだけどね。
「あの、私達旅の商人なんですけど、司祭様に聞きたい事があってやってきたんです」
「おやおや、こんなに可愛らしい商人さんに尋ねたい事とは、私で良いのなら何でもお聞きください。ささ、何もない教会ですがお座りください」
思った以上に好意的に歓迎された私達は、小さな礼拝堂の椅子を薦められる。
「それで、聞きたい事とは?」
「えっとですね、私達が町に来た時に何か凄い災害が起きたみたいなんですけど、それなのに皆さん大喜びしているからどうしてかなと思って」
「もしかして貴方達は他国からいらした方ですか?」
「はい、そうですけど分かるんですか?」
「でしょうね、昨日の事が分からない方となると他国の方以外ありえませんから」
「と仰いますと?」
「我が国の水はここ数年ずっと原因不明の汚染に悩まされていたのです。そして汚染された水が原因で土も空気も汚れ誰もが苦しんでいたのです」
数年前って事は結構前から事件は起きてたんだね。
という事は南都で悪さをしたのはここ最近外に手を伸ばしたって事?
「水が汚染されたのニャら水源を調査する必要があったんじゃニャーのか?」
と、ニャットが核心を突く。
実際水源には変な装置が設置してあったもんね。
「勿論我々は調査を進言しました。しかし領主様に声が届く事はありませんでした」
精霊達が領主の館を押し流した事といいやっぱ黒幕だったからなんだろうな。
「さらに言えばこの件で私は政敵に追いやられ、街はずれの小さな支部に追いやられてしまいました」
あー、領主も敵に回しちゃって教会内の権力争いに負けちゃったのか。
「不幸中の幸いといいますか、そのおかげで先日の災害が起きた際私は洪水に流されずに済んだ事は神のご加護だったのかもしれません。それもあって今この町には人々を導ける者がおらず、過去に神殿の大司祭を務めていた私が皆さんを纏める役に就くこととなったのです」
うん? それってつまりこの町の教会も悪だくみに加わってたって事?
それに大司祭って事はこの人かなり偉い人じゃん!
色々教えて貰えそう!
「あの、水が汚染される前の町ってどうだったんですか?」
まずは領主が何故水源の汚染に関わっていたのかを知らないと。
「そうですね。豊かとはいえませんが落ち着いた良い町でしたよ」
「豊かじゃニャい? これだけの規模の町がニャ?」
「ネッコ族の方が不思議に思われるのも無理はありません。ですがここはあちらに見える山脈が隣国との壁になっており、防衛の面では優れていますが貿易などの流通面でのメリットはないのです」
成程、山脈が邪魔をしてその向こうに行けないって事は、流通の面では最果ての土地って事だもんね。地球の道路みたいにあちこちに道が沢山繋がってどの土地へも安全に移動できるわけじゃない。
「確か街道を作るには魔物の巣が無いか、道を作るのに適した土地かを調べないといけないんですよね」
って、以前侯爵家で教わったんだよね。
「そうです。ただ隣の町まで道を繋げようとすれば、大型の魔物の餌場を横切る形になる場合もあります。それだけではなく危険な肉食植物が蔓延る土地もありますので」
「ひぇぇ」
「オニャーと初めて会った時に森の中に居た事がどれだけ危険か分かったかニャ?」
「そ、その節は大変お世話になりました」
ヤ、ヤバかった。最悪の場合魔物に襲われる前に植物に襲われて死んでた可能性もあったのか……
「そしてこの地は他に街道に出来るルートがない為、これ以上大きくなることが出来ないのです。もしやるなら、魔物の巣を根こそぎ壊滅させる必要がある。とても大変な大事業です」
「魔物が数匹でも逃げ延びたら別の場所で数を増やして縄張りを奪い返す為に襲ってくる恐れがあるのニャ。そうなったら街道の安全性は一瞬で崩壊して誰も使わなくなるのニャ」
「街道の移動は自己責任じゃなかったの?」
「それでも使う価値があると判断すればの話ニャ。出来上がったばかりの街道は利点と将来性と危険性が正確に測れニャいのニャ」
はえー、街道を作るのも大変何だなぁ。
「そしてこの町は特産というほどの物もありません。一応山脈を開発して鉱山が無いか調査が続けられていますが、山脈は強力な魔物が多く調査どころかふもとに降りてくる魔物の討伐にも労力を割かねばなりません」
うわぁ、領主様の生活も世知辛いなぁ。
「ですので町の者達は汚染された水の調査が遅々として進まないのは領主様が何かしているのではないかと噂していたほどです」
うだつの上がらない領主が一発逆転の為に危険な事に手を染めた可能性かぁ。
「司祭様もそう思っているんですか?」
「……私は違うと思います」
あれ? 違うの?
「というのも、水の汚染はこの町だけではなく国中で起きているからです。しかし領主様が関わっているのなら他の土地の水が汚染される事はない筈です」
ただそれは領主が単独犯ならの話だね。
でも精霊達に屋敷が流され教会も流された以上、領主は実行犯の一人ってとこだろう。
「色々教えて頂いてありがとうございました」
「いえいえ、私としても丁度良いタイミングで喜びを分かち合える方が来てくれてよかったです」
「丁度良いタイミング?」
「ええ、他の町に行かれましたら是非我々の町は汚染された水と空気から救われたと宣伝してください。それに町の人達が総出で町を救ってくださった洪水の精霊様を讃える彫像を作っているのですよ。完成したらその彫像を中心に行う祭りを町の名物にする予定なんです!」
「洪水の精霊様を讃える彫像!?」
それってミズダ子を讃えるって事!?
『あらあら、ふふふ』
こっそりと、司祭様に見られないように隠れているミズダ子の笑い声が聞こえた気がした。
というか、名物が何もないって言ってたのにこの騒ぎを町おこしに使おうとか、思った以上に逞しい人達だよ。
◆
宿に戻って来た私達は、さっそく作戦会議を始める。
「という訳で他の町も汚染されてるっぽいね」
他の町が汚染されてる事は聞いてたけど、てっきり全部同じ水源だと思ってたんだよね。でも司祭様の話だと別の水源から流れている川も汚染されているとの事だった。
「そうなると当然他の水源にも今回のような変な装置や研究施設があると思うんだ」
「まだちょっかい出すつもりニャ?」
「原因をなんとかしておかないと次は東都に魔の手が伸びる危険があるからね。家を出たとはいえお世話になった人達が被害を受けたら後味が悪いよ。それに何でこんな事をしたのかもまだ分かってないしね」
何せ資料が殆ど流されちゃったからなぁ。
唯一残った一枚もこれだけじゃ何が何だか分かんないし。
「さんせー! 汚いものは全部洗い流しちゃいましょー! なんならこの国ごと!」
「こんな事言ってるし」
「……ウニャ、仕方ニャーのニャ。国ごと流されたら流石に他の連中がニャんて言い出すか分かったもんじゃニャーしニャ」
「他の連中?」
「ニャんでもニャイのニャ」
なんだろ、この国を狙う他国がパニックに乗じて侵略してくるかもって事かな?
『……』
「あら?」
と、その時だった。突然部屋の中に水の球が浮かび上がってきたんだ。
「何これ?」
「これは水の精霊ニャ」
「え? これも精霊なの?」
目の前にいる大精霊は人間の形してるけど。
「力の弱い精霊だからニャ」
『…………』
「ふむふむ」
水の球がプルプル動くとミズダ子がうんうんと頷き、おもむろに水の球の中に手を突っ込んだ。
「ちょっ!? なにして!?」
「はいこれ。この子からカコにですって」
「え? 私に?」
ミズダ子から差し出されたのは、小さな宝石だった。
「何これ?」
でも何か見覚えがある様な……
「こ、これは!?」
その球を見たニャットが目を丸くする。
「後継者の宝珠じゃニャーか!」
「え!? これもそうなの!?」
後継者の宝珠って言えば森の主の魔物から貰った大きな宝珠の事だ。
でもこれは私の親指くらいの小さな宝石。
装飾もないし全然それっぽく見えない。
「というか何で精霊さんが持ってたの?」
『…………』
「ふむふむ、嫌な奴を巣ごと押し流したら残ってたから私を連れて来てくれたカコにあげる、だって」
つまりこれ、領主の持ち物って事?
「いいんじゃない。悪党の持ち物なんて誰かから奪ったものでしょ」
流石にそれは言い過ぎだと思う。
「ウニャァ……まさか2つ目がもう見つかるとか出来すぎなのニャ……まさか本気でカコを……」
んー、ニャットは何かブツブツ言ってて話が聞ける雰囲気じゃないし、とりあえず合成できるものがあるか検索能力でチェックしてみようかな。
『合成対象:大いなる後継者の宝珠』
あっ、これに直接合成すればいいんだ。
「それじゃ大いなる後継者の宝珠に合成!」
ピカっと宝珠が光ると小さな宝珠が姿を消す。
『大いなる後継者の宝珠+1:手に入れたものに大いなる力を授ける。小宝珠一つでは新たな力を授けるにはまだ足りない』
ありゃりゃ小さな宝珠じゃ前みたいにスキルがパワーアップしないのか。
+1って書いてあるしこれは何個か必要なタイプなのかな?