――正解は違和感の方向に向かうことだったのか?
枷をはめられた両腕を見つめながら深く息を吐く。思い返せば違和感を感じている方向はこの草地と逆方向だった。
眼前では自分の見張りを除く城塞都市エスペランザの兵士達が、手際よく野営地の設営を進めていた。
「待たせたね! 聴取は私の天幕でするからついてきてくれ」
先ほど声をかけてきた若い兵士に再び話しかけられる。一応見張りの兵士の方を見ると口を開かずに顎だけでついていけと指示してくる。
「……分かりました」
まだ設営が完了していない中、一足先に天幕が立っているということはこの若い兵士が指揮官で間違いないだろう。声をかけられた直後に兵士に囲まれたのも何かの合図だったのかもしれない。
好奇の目に晒されながら野営地を突っ切ると、一際大きな天幕に到着した。
さすがに荷ほどきまで終わっていなかったようで、荷物はすべて天幕の端に寄せられ広い天幕の中心に小さな椅子が二脚ぽつんと置かれていた。
「ラウル、外の見張りを頼めるかい?」
一緒に付いて来ていた見張りの兵士に指揮官が指示を出す。
「ミケル様、念のため同席させて頂きたいのですが」
「武装を解いて枷もはめてるんだ、それに彼は今までずっと協力的だったんでしょ? 問題ないよ」
「……承知しました、何かあったらいつでもお声がけください」
「ありがとう! 助かるよ」
ラウルと呼ばれた兵士が一礼して退出する。
「立ったまま話すのもなんだから座ってくれ!」
「……分かりました」
ミケルと呼ばれた男が流れるように席に着き、自分も向かい合う形で着席した。ミケルの立ち振る舞いや言動にどことなくイゴールの面影を重ねてしまい、返答がぎこちない。
「さて、僕達も色々と忙しいから手短に聞かせてもらうね。君はどこの誰で、なぜここにいるのかな?」
満面の笑みにも関わらずまるで感情が全て抜け落ちたかのようなぞっとする眼差しをこちらに向けながら、ミケルの尋問が始まった。
「俺は……ガナディア王国から逃げてきた脱走兵です」
ガナディアと聞いてミケルの眉がぴくつく。
「脱走兵ね、ストラーク大森林に面してるのはグラードフ領だけだと記憶してるけど?」
「グラードフ辺境伯領軍に所属していました」
「名前と年齢と所属してる隊」
「……デミトリ、十七、正式な部隊ではなく遊撃班に所属していました」
咄嗟に家名を伏せてしまった。捕まってしまった以上、隠し事をして後々発覚するよりも今の内に情報を開示したほうがよかったかも知れないと少し後悔する。
「君以外に仲間はいない?」
「一人でここまで来ました」
「なんでわざわざヴィーダ王国に逃げてきたのかな」
「亡命を求めてヴィーダ王国を目指していました」
「今は戦時中じゃないけど、両国の関係性は理解してるよね?」
「理解しています。亡命が認められない可能性があることも」
こちらの心を見透かすような虚ろな視線から目を逸らさず、淡々と質問に返答していく。
「脱走した理由は?」
「ご存じかどうか分かりませんが、グラードフ領では戦士の資質がない人間の扱いは……決してよくありません。遊撃班は戦士の資質がない者たちの寄せ集めで、いずれ敵を見ずに死ぬ可能性が高いと思い恥ずかしながら逃げだしました」
一瞬ミケルの目が見開いた。
ガナディア軍では戦場以外で死ぬこと全般を敵を見ずに死ぬと言う言い回しがある。使われる文脈次第で兵役を終え天寿を全うして死ぬことも、謀殺されることも指す。
発言した後になってガナディア特有の分かりづらい言い回しを使ってしまい失敗したと思ったが、正しく理解してくれたようだ。
「なるほどね、そこまで命の危険を感じてたんだ」
「逃げなければ確実に死んでいました」
一拍置いてミケルは腕を組みながら笑顔を崩し、難しい表情で尋問を続けた。
「……祖国のためにヴィーダ王国に仇なす気は?」
「自分の命が惜しくて国を捨てた身です。今更国のために命を捨ててヴィーダ王国に仇をなす道理がありません」
「何か良からぬことを企んでない?」
「生き残るために必死ですが、進んで人の道を踏み外すようなことをするつもりはありません」
ミケルがはっきりと困った顔をする。
――さっきから感じる、妙な引っ掛かりはなんだ?
決定的に何かが嚙み合ってないわけではないが、会話に認識できないずれが生じているような居心地の悪さが気になる。
「本気なんだね」
「今まで話したことが全て真実だと誓えます」
「それは女神ディアガーナにかい?」
「……自分の命にです」
ミケルが目を閉じて固まってしまった。じっと次の発言を待っているとミケルが急に立ち上がり、天幕の端に寄せられた荷物を漁りながらこちらに語りかけてきた。
「僕はね、エスペランザ……ひいてはヴィーダ王国を守るために日々頑張っているんだ」
話の行方は分からないが沈黙して耳を傾ける。
「ストラーク大森林への遠征はね、危険な魔物の間引きだけじゃなくてガナディアが妙な動きをしていないかの偵察も兼ねてる。こちらにちょっかいを出してきてないか警戒して常に目を光らせているわけだ」
――国は違っても考えることは一緒だな。
「そんな森に急に人が現れたら怪しいよね? しかもあの危険な森をあんな貧弱な装備でたった一人で渡って来たって言うんだ!」
収納鞄に色々としまっていて、確かに発見されたときはボロボロの軽装と剣、鞄位しか持っていなかった。説明を挟むタイミングを伺おうとしたがミケルが興奮した様子で捲し立てる。
「怪しさ満点なのに嘘をついてないし、ヴィーダ王国に仇をなすつもりがないのも本当みたいだ。だけど民を守るために危険な犯罪者予備軍の亡命をそう易々と受け入れることは出来ない!」
ミケルの発言の節々に感じる妙な引っ掛かり、急に段階を一つ飛ばしたような物言い、犯罪者予備軍という不穏な単語に混乱しながら椅子の上で身構えていると、ミケルが突然にこちらに振り向いた。
「嘘偽りなく、なんでこんな物を持っているのか説明してもらえるかな!?」
ミケルがそう言いながら掲げた右手。その右手が特徴的な傷を負った頭蓋骨を乱暴に鷲掴みにしているのを認識した瞬間、魔力の制御が乱れた。
「ミケル様!!」
見張りをしていたラウルが天幕に飛び込み俺を椅子から床に引きずり降ろす。組み伏せられながら片時も頭蓋骨から目を離さず、呆然としながらこちらを見つめるミケルに床から声を掛ける。
「今あなたが掴んでいるのは……私の恩人の遺体です。丁重に扱ってください」
「……!」
返答は無かったが、ミケルがゆっくりと頭蓋骨を両手で丁寧に持ち直したのを確認して落ち着きを取り戻す。乱れた魔力も徐々に制御を取り戻していく。
――しくじった……
その後ミケルがラウルに何かしらかの指示を耳打つと天幕から連れ出され、考えうる最悪の形で尋問は終了した。