「……お待たせしました」
「そんなに待っていないので気にしないでください。次は自己治癒だけ発動する予定でしたが……」
「傷を付けた直後に治り始めてしまうので、検証するのが難しそうですね」
「まずは同じ深さの傷を治癒するのに自己治癒だけで、どれ程時間が掛かるのか確認するのはどうでしょうか?」
「そうしましょう!」
結果は驚くことに、クリスチャンに回復魔法を掛けてもらった時と比べて少し遅い程度だった。
「自己治癒のみでここまで早く……」
「遊撃班に所属していると生傷が絶えず、ほぼ毎日使っていたので……」
説明に納得していなさそうな表情をしたクリスチャンが唸る。
「回復魔法の効きが自己治癒と同じ……屈辱だ……」
「えー……気を取り直して今度は傷を付けた後に身体強化と自己治癒を同時に発動してみましょう」
「……そうですね、検証を続けましょう!」
身体強化と自己治癒を同時に発動した結果、傷が塞がるのに掛かる時間は自己治癒を発動した時間と変わらなかった。
「自身の魔力だから回復力が阻害されないのは理屈が通っていますね。問題は、自己治癒を発動した状態と、身体強化と自己治癒を同時に発動した状態での回復魔法の効き目の違いの検証ですが……」
二人で考えてみたが、中々いい案が浮かばない。小さな切り傷ではすぐに塞がってしまうし、より大きな傷を付ける案も出してみたが流石にクリスチャンもそれには反対した。
――すぐには答えを出せそうにもないな……
当初決めていた条件下での検証が難しいとわかり、クリスチャンはかなり落胆している様子だ。
「自分の場合は意識を失っていない限り、戦闘中に傷を負ったら魔力に余程余裕が無い場合を除いて自己治癒を発動します」
「……第二騎士団の兵士達も、同じだと思います」
「実戦と似た状況を再現して検証するのであれば、自己治癒を発動している時に回復魔法の効き目が変わるのかどうかは確認すべきだと思います。そんなことはないと思いたいですが……仮に助けられたはずの兵士が発動していた自己治癒が原因で、回復魔法が阻害されて命を落とす様な事があったら悲惨すぎます」
「そうですね……」
何か思うところがあったのか、クリスチャンの顔に暗い影が落ちる。
「身体強化と自己治癒を同時に発動した状態も、同じ理由でしっかりと検証をした方が良いと思います。今すぐに適当な検証方法が浮かばないのであれば、取り敢えず魔力枯渇状態で回復魔法の効きが変わるかどうかだけ先に検証してみませんか?それが分かるだけでも前進のはずです」
「……色々と考えてくれてありがとうございます。そうしましょう!」
元気を取り戻したクリスチャンに安心しながら、検証の準備を進める。手の甲に切り傷を付けてもらった後、自分の内にある魔力を全て使い切るつもりで身体強化に注ぐ。
「……っ、準備ができました……」
そう告げた直後、クリスチャンがすぐさま回復魔法を掛け始める。眩暈と倦怠感に襲われながら、なんとか抗い椅子の上から転げ落ちずに済んだ。
「すごい、全然早いですよデミトリ君!」
「それは……良かったです……」
なにやらまた早口で独り言をしながらノートを纏めだしたクリスチャンを横に、今日の検証結果を頭の中で整理する。
――魔力が枯渇した状態なら回復魔法の効果が高まることが分かったのは大きい収穫だ。本当に呪われているのかどうか分からないが、今後もしも怪我をしてしまい、治療を受けることがあったら知っているだけ得だろう。
怪我をする前提なのが少し悲しいが、備えあれば憂いなしと考える。
――クリスチャンから色々と聞いた後少し心配だったが、身体強化と自己治癒を同時に発動しても回復力が落ちないのを検証できたのも良かった。あんなに早く傷が塞がるとは思わなかったので、知っていれば一人でも検証できたかもしれないが……
魔力量が増えた影響なのか、ストラーク大森林での過酷な旅のおかげなのかは分からないが自己治癒の性能が高まっていることはうれしい。
――後は、身体強化を発動していると回復魔法の通りが悪くなるのが分かったのも大きい。回復魔法しか検証できていないが、他の魔法への耐性も上がるかもしれない。魔法を使う魔物や魔獣に遭遇する予定はないが……これも知っていて損はないだろう。
「ふー……」
大きく息を吐く。魔力枯渇状態は何度経験しても慣れない。すぐにでも横になりたいが……
――後少しすれば、夕食時。それまでの辛抱だ。
せっかく作って貰っている食事を、無駄にしたくはない。
テーブルの上の栞を挟んだ本を手に取り、カリカリと今日の検証結果がクリスチャンのノートに書き込まれる音を聞きながら、ただただ時間が流れていくのを待った。