「大分待たせてしまってすまなかった。ようやく君の処遇が決まった」
「心の準備は出来ています」
エスペランザに滞在し始めてから初めて部屋の外へと案内され、応接室と思われる部屋の中でジステインと相対する。心の準備が出来ていると言ったが、内心かなり不安だ。
「そう緊張しなくても良い。ただ、良い報せと悪い報せがある」
手を膝の上で固く握り、微動だにせずジステインが言葉を続けるのを待つ。
「まずは良い報せから伝えた方がよさそうだな。ヴィーダ王国の法に則り、君の亡命が正式に認められた。議会で採決され、陛下の承認も得ている。ヴィーダへようこそ、デミトリ君!」
「……! ありがとうございます……!」
想像以上に緊張していたのだろう。まるで肩の荷が降りたかのように、全身が軽く感じる。
――良かった……
「君の生家については、一部の人間にしか共有されていない。こちらは引き続き他言無用で頼む。そして、悪い報せなんだが……」
――酷い内容じゃなければ良いが……
「しばらくの間、君の行動には制限が掛かる。君が軍事機密、言うなれば城塞都市エスペランザの防衛機能や国境警備に充てている戦力、ストラーク大森林の警戒区域や遠征内容をガナディアに流す可能性の芽を潰したいと一部の貴族がうるさくてな……」
「ご心配されている内容は理解できますが……ガナディアに帰るつもりもなければ、また一人でストラーク大森林を渡るのは死んでもごめんです」
相当嫌な顔をしていたらしい俺の顔を見て、ジステインが苦笑しながら続ける。
「私は君を疑っていないし、あまり気にしないでくれ。肝心の行動制限の内容だが、君が情報を得られないようにしつつガナディアと通ずる可能性を潰すのであれば、君を他領へ移して物理的にエスペランザから遠ざけるのが一番良いということで合意した」
「他領ですか?」
「そうだ。しばらくの間はその領を管理している貴族の監視下の元暮らしてもらうことになる」
行動に制限は掛かるが、願ってもいない好条件に驚く。
「亡命の許可が降りるよりも、君を移す領地をどこにするのか決定するのに一番時間が掛かった……」
ジステインが遠い目をしながら固まってしまった。
「以前開戦派の貴族について教えて頂きましたが……もしかして保守派や中立派の貴族は私を受け入れる利点が無く、かと言って開戦派の貴族に任せるのも阻止したいので議論が泥沼化してしまった感じ……でしょうか?」
遠い目をしていたジステインが苦笑いを浮かべた。
「その通りだ。中々結論が出そうにもなかったので、兄に相談して立候補してもらった」
「それは……!」
――かなり迷惑をかけてしまったかもしれない……
「なのでこれから兄が治めているジステイン伯爵領に移ってもらう。我々は君を歓迎するよ」
「何から何まで……本当にありがとうございます」
受け入れ先になるということは、万が一なにか面倒事が発生してしまった場合ジステイン伯爵家が責任を負う可能性がある。
――本当に、頭が上がらないな。感謝は当然として、粗相のないように気をつけないと……
「私からの共有は以上だ。何か気になる点はあるか?」
真っ先に聞くのも失礼かもしれないと思いつつ、ずっと気掛かりだったことを聞く決意をする。
「一つ、質問をしてもいいでしょうか?」
「ドルミル村の事だろう?」
何を聞くつもりなのか、ジステインにはお見通しだったようだ。
「ドルミル村はアルティガス子爵領にある。ジステイン伯爵領からそう遠くないが、君の状況を考えると一時的な訪問であってもすぐに別領へ行くのはおすすめできない」
「そうですよね……すみません」
「そう恐縮しないでくれ。少し時間は掛かるかもしれないが必ず行けるさ。訪問する際はアルティガス子爵の許可を事前に得た方が良いだろうし、その手回しはジステイン伯爵家が協力する」
すぐには無理かもしれないが、いずれドルミル村に訪問できることを確認できて安心した。
「本当にありがとうございます」
「何度も言うが気にしないでくれ。他に気になることはあるか?」
「それでは……ジステイン伯爵領滞在中に、私が就ける仕事についてお聞きしてもいいですか?」
ジステインがぽかんとしたと思うと、怪訝そうな顔で問いかけてきた。
「就ける仕事とは、どういう意味だ?」
「無一文でここまで来てしまったので、滞在先での家賃や生活費を稼ぐために働きたいのですが……自分が許可された労働が何なのか気になってしまい。今まで衣食住を全て提供して頂いてたので、今更感がありますが……」
改めて考えるとかなり厚遇されていた。恥ずかしさを噛みしめながらなんとか絞り出すように言い切ると、ジステインが両手で顔を覆いながら溜息を漏らしながら何やら呟く。
「……あの糞野郎共に君の爪の垢を煎じて飲んでほしい……」
「……?」
「すまない、気にしないでくれ。息子を救ってくれた礼に、ジステイン伯爵領でも兄に頼んで客として迎えてもらうのも可能だが?」
申し訳なさが顔に出てしまったのか、ジステインが腹を抱えて笑いです。
「はっはっは、君はそういうのはあまり好まない性分だな。安心してくれ、冗談だ。仮にも軍事機密を得られないように君をエスペランザから移すんだ。色々な情報が流れ込む貴族の屋敷に客人として招いてしまったらそれこそ本末転倒だ。上の許可も出ないだろう」
――言われてみれば、その通りだ。
「宿泊先については兄の判断に任せることになる。掛かる費用や生活費は、君の身元を受け持つジステイン伯爵家が当面支援する形になるが……仕事か。今後ヴィーダで過ごす以上早めに見つけるのに越したことはないが」
ジステインが悩まし気な表情で思案し始める。
「……言い方は悪いが、君は脱走兵なので領兵に志願する事や警備の仕事に就くのは難しいだろう。そうなると、君の兵士としての経験を活かせない仕事を探すことになるが、実は手に職を付けてたりは……?」
――戦うことすら苦手なのに、それ以外に取り柄と呼べるようなものが一切ないな……
あからさまに落ち込んでしまったのに気づいたのか、少し気まずそうにジステインが続ける。
「その様子だと無さそうだな……まぁ、ストラーク大森林を一人で横断するだけの根性があるんだ、なんとかなるさ!」
――大丈夫だろうか……
ぎこちなく笑うジステインの激励はさほど響かず、就職に対する不安を胸にしたまま会話は終了してしまった。