『君は呪われているかもしれません』
クリスチャンに言われた言葉が頭の中で繰り返される。横転した馬車の屋形の中で這いつくばりながら、周囲を確認する。
――一体何が……?
急な衝撃と合わせて馬車が横転してしまったため、状況が全く理解できていない。なんとか立ち上がり、手を焼きながら天井に位置を変えた扉を開き屋形から這い出る。
馬車の外で確認した凄惨な光景に、一瞬理解が追いつかなかった。
「……ユーセフさん!!」
正気を取り戻しユーセフの元へと駆け寄る。馬車が横転した原因は、ユーセフごと御者台を貫いていた。
「血が……しっかりしてください!」
巨大な土の杭がユーセフの横腹を貫通して、御者台と屋形の繋ぎ目に深々と突き刺さっている。青白くなり苦悶の表情に歪むユーセフの顔とは対照的に、鮮やかな赤色の血が止め処なく地面に流れ出ている。
――このままでは……!
「ここら辺じゃ見ねぇ紺色の髪、あいつがデミトリだな」
「殺しちまってたらどうするつもりだったんだよ!」
「騒ぐなイザン、死んでねぇから問題ないだろ!」
急に背後から聞こえた声に驚き振り向くと、黒い外套に身を包み目元までフードを被った大柄な二人組の男達が街道の反対側に立っていた。
――こいつらが……!
「さ……む……」
「っ! ユーセフ……さん……」
か細い呟きが聞こえ振り返った時、既にユーセフは呼吸をしていなかった。
「だからそういう問題じゃねぇって言ってるだろ!」
「じゃあどういう問題なんだよ!」
口論を続ける男達を無視しながら、ユーセフの目に手をそっと置いてから瞼を下げる。
「あの馬車はどうすんだよ! あれじゃ魔術士に襲われたのが丸分かりじゃねぇか!」
「『馬車を止めるぞ』っつったのはおめぇだろ!」
立ち上がり馬車の傍を離れ、街道の反対側に立つ二人組の男達と対面する形で街道の端に立った。こちらに気づいたのか、二人は口論を止めて声を掛けてきた。
「おい! てめぇがデミトリで間違いないな?」
「……そうだ」
「ほらな! 死んでなかったじゃねぇか」
「いい加減にしろ! おいガキ、俺は今腹の虫の居所が悪いんだ。死にたくなけりゃ妙な真似はすんなよ? じゃないと……」
不快な魔力の揺らぎを放ちながら、男が馬車に向けて腕をかざす。
「やめろ!!」
何をしようとしているのかに気づき叫んだ直後、眩い炎の塊が馬車目掛けて一直線に飛んだ。着弾した火球が爆ぜ、ユーセフの体が猛火に包まれた。
「こうなっちまうからな! 死にたくなかったら大人しく付いて来い」
肌が溶け髪が焼け焦げる悪臭が漂う中、少しも表情を変えずに男はそう告げてきた。
「散々おれの事言っといて結局お前も魔法を使ってんじゃねぇか!」
「うるせぇな、お前のせいでもう隠そうとしても手遅れなんだから良いんだよ!」
呆然としている自分が、まるでその場に居ないかのように男達は口論を再開した。
『改めて、第二騎士団所属のユーセフです! デミトリ殿の護衛を務めさせて頂きます!』
ユーセフとは数えられるほどしか言葉を交わしていない。知り合いと呼べる程の仲でもない。ミケルの部下ということを除けば、赤の他人同然だ。
それでも、一緒に過ごした時間は短かったが明るく真面目そうな印象を受けた。
せっかく旅を共にするなら、もっと話してみたいとも思った。
エスペランザで過ごした期間中に少し人との会話に慣れたが、口下手はそんなにすぐには治らない。何と声を掛けていいのか分からず、移動中は話すことができなかった。
馬車に揺られながら、必死にどう声を掛けるべきか考えた。
宿場町に到着したら、御者台から聞こえてきた鼻歌が何の歌だったのか勇気を出して聞いてみようと。そう考えていた。
どれだけ後悔しても、ユーセフと話す機会はもう二度と訪れない。
『ここら辺じゃ見ねぇ紺色の髪、あいつがデミトリだな』
『おい! てめぇがデミトリで間違いないな?』
「俺のせいだ……」
「あ? 何ぶつぶつ言ってんだ?」
ユーセフを焼いた男がこちらに注意を向け、懐から縄を取り出しながら歩み寄ってくる。
「とにかく、てめぇもああなりたくなかったら妙な真似は―― がっ!?」
こちらに近づいて来た男との距離を一気に詰め、男の顔面に放った拳を己のすべての力を込めて振り抜く。
骨肉がぶつかり合う鈍い音と、宙を舞う血潮。
殴られた男が地面に到達すると、陥没したかつて顔だった物から大量の鮮血が溢れ出た。
「……マテオ!? てめぇ!!」
一連の出来事に呆気を取られていた、イザンと呼ばれていた男が剣を鞘から抜くのと同時に収納鞄からヴィセンテの剣を抜き出す。
「調子に乗るなよクソガキ!」
――使う魔法の属性からなにから、似ているな……
怒り狂うイザンに良く知っている人物の影を重ねながら、剣を構え走り出した。