――『貴様が食料に怪しい薬を混ぜていたのも知っている!』と、ギルド前で言っていたが……
「セイジと出会った時、彼と揉めていた冒険者達の言っていた事を思い出したよ。『お前が毒を盛ったんだろ、お前のせいでアダンが怪我したんだ』と言っていた、彼らを信じるべきだった……」
マルコスが肩を丸めながら項垂れる。
「俺達を見下ろしながら、ジェニファーに無言で歩み寄るセイジを見つめる事しかできなかった……すまない……」
「だからマルコスのせいじゃないって言ってるでしょ! 何とかなったし、あいつも居なくなったんだからもういいわ」
「大丈夫だったんですか……?」
質問しても良いものか迷ったが、恐る恐る聞いてみた。
「上手く魔法を撃てなくて殺し損ねたけど、風魔法で吹き飛ばして気絶させたわ」
「ジェニファーのおかげでみんな助かった。セイジが意識を取り戻す前に体の自由が戻り、彼の所持品だけ持って街に戻った」
「止めは……」
つい物騒な事を口走ってしまったが、自分が同じ状況になっていたらセイジを始末している可能性が高い。
「冒険者同士の殺し合いはご法度だ。正当防衛なら許されるが……それでもギルド側で調査した上で最悪の場合、過剰防衛扱いになって冒険者証を剥奪される可能性もある」
「冒険者同士のいざこざにギルドは厳しいの。依頼中に雇っているポーターを放置して街に戻ったから、トワイライトダスクも罰を受けるわ。降格された上で今後ポーターを雇えなくなるかもしれないわね」
「え……」
「デニスさんは私たちの事を信じてくれてるみたいだけど、逆に私達の言ってることが全部嘘でセイジを陥れるために口裏を合わせてるかもしれないわ。そんな奴らとポーターを組ませたくないでしょ?」
「それはそうですけど……」
――納得いかないな……被害者が不利な構造になっていないか?
セイジから詳しい話を聞いていない上、片方の意見だけで決めつけるのは良くないがマルコス達が嘘を付いているとは思えない。
「街に戻りセイジの持ち物を確認して盗まれていた物が見つかった。ギルドに報告した上で、毒を盛られた可能性もあったので調べてもらったが黒だった。ただセイジの持ち物の中に毒は見つからなかった。結果的に立証出来た窃盗を理由にセイジは冒険者証を剥奪されることになり、我々はポーターを置き去りにした件で罰せられる事になった」
――それはどうなんだ?
「セイジの窃盗が立証されたのに罰を受けるんですか? それに……気分を害されてしまったら申し訳ないのですが、先程ジェニファーさんが仰っていたようにセイジを陥れるために盗品を荷物に仕込んだ可能性はギルドに指摘されなかったんですか?」
――ギルドの判断基準が分からないな。
「疑問に思うのはごもっともだけど、ギルドもそこまで馬鹿じゃないわ。これが素行の悪いパーティならともかく、私達かなり優等生なの。今回の件で少し経歴に傷が付いちゃったかもしれないけど」
あっけらかんとしているようで、悔しさを隠しきれない様子でジェニファーが続ける。
「私たちがメドウ・トロルを討伐するためにブレアド平原の奥地まで進んでいたのは、他の冒険者達にも目撃されてたの。ポーター一人を陥れるために、危険な魔物のいる平原で全員毒を飲むなんて馬鹿な事しないことぐらい理解してもらえたわ」
――確かにその目撃情報があるならトワイライトダスクの主張の信憑性は増すが……
「それに……セイジに対する苦情は、マルコスが説明した件以外にも他の冒険者からかなり出てたらしいわ。証拠はないけど、仲間に毒を盛った話は過去にもあったみたい。ギルド側でも色々と調査をしていたらしいわ」
「事前に目を付けられていたんですね……」
――証拠が集まるまでは罰さないギルドの姿勢は、冤罪が起こらないための配慮だと思うが余計に被害が拡大しているような……
「そういうこと。それはそれとして、いくら命の危険を感じたからと言って冒険者四人がポーターを置き去りにするのを許した前例を作らないために、私達も罰を受けることになったわ」
――他のポーターを守るためか……それにしても罰が重い気がするが。
「デニス殿が鉢合わせたのは、街に戻ったセイジと俺達とギルドの三者間での話し合いが終わった所だ。ギルドの決定に納得のいかなかったセイジが引き下がらず、どうしてもパーティーに残らせてくれと聞かなくてな……」
「……それで追放したんですね?」
――冒険者証を剥奪されて冒険者登録が抹消されたなら、わざわざあんなこと言わなくても良いような気もするが……
「あれは冒険者ギルドの習わしでな。今後の就職にも関わるから、出来る事ならやりたくなかったんだが……犯罪を起こしたり規律違反をした冒険者を他の冒険者達に知らせる目的がある」
マルコスが両手で顔を覆ってしまった。
「冒険者としての人生を終わらせるだけでなく、冒険者ギルドの関係者とは二度と仕事が出来なくなる。正直に言うとセイジは人として軽蔑しているが、一人の冒険者の生涯をこの手で閉ざしてしまった事は嬉しいものではない……」
「言わせた……ギルドマスターのせい!」
「マルコスは悪くないわよ!」
「あれはギルド職員にやってほしいよね……」
――なんだそのふざけた習わしは……冒険者側の負担が大きすぎないか……
「兄ちゃん、あの時はすまなかったな!」
急に隣のテーブルの客に声を掛けられてびっくりする。振り返ると、あの時野次馬をしていた冒険者達が何人か隣のテーブルに座っていた。
「追放中は、追放する奴とされた奴以外話しちゃいけない決まりがあってな」
「巻き込まれて困ってそうだったが、あの後大丈夫だったか?」
「え、あー大丈夫でした?」
――なんだそのふざけた決まりは。
「俺も本当はデニス殿に小包が当たってしまった時すぐに謝りたかった。改めて申し訳なかった……追放を告げたらすぐにその場を去る必要があって……」
マルコスの方に振り返ると、また頭を下げていた。
「本当に気にしてないので大丈夫です……なんだか、色々とお疲れ様でした」
――ギルドには、今後関わらない方がいいな。
追放の作法に、転生者が絡んでいる気がするしそうでなくともギルド側の対応に色々と不信感が残る。
「色々と話して頂きありがとうございます」
「いや、長々とすまなかった。食事の邪魔をして申し訳ない」
「これ以上……冷める前に食べるべき!」
「そうね、食べましょ」
そのまま辞退しそうな勢いだったマルコスを引き留めながら、ジェニファーとイラティが食事を始める。
――これ以上気を遣わせてしまうのは、可哀そうだな。
躊躇するマルコスの背中を押すために、自分も食事を取り始める。
「ありがとう……」
そう呟くと、マルコスも食事を取り始めた。