「「「「「「きゃーーーーーーーーー!!!!!!」」」」」」
南門をくぐって街に戻って来たオブレド領軍の先発隊が、集まった住民達の鼓膜が割れんばかりの歓声に迎えられる。
「「「「「「きゃああああああああああ!!!!!!!!」」」」」」
先頭を進んでいた白馬に跨った兵士が兜を取った瞬間、先程以上の声量で主に女性が最早歓声とも呼べない絶叫を上げ始めた。
――人気者だな……あれがオブレド伯爵なのか?
周囲の住民達の熱気に付いていけず、居心地の悪さを感じながら観察を続ける。馬を止めて、はにかみながら住民に手を振っていた金髪の美丈夫が声を上げる。
「皆の者、出迎えてくれてありがとう! 先発隊は一時帰還したが、討伐任務はまだ完了していない。オブレド伯爵領領主、ビエル・オブレドの名において誓おう! 必ず、街道を脅かす盗賊達を討つ!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」
今までと比べ物にならない空気を割るような住民達の歓声に、思わず耳を覆う。一人場違いな行動をしていて周囲から注目され始めたので、人の海を掻き分けながら大通りから離れた。
やっとの思いで脇道に入り、大通りの裏道まで辿り着く。南門の方向からは、引き続き住民達の歓声が聞こえてくる。
――あれがオブレド伯爵で間違いないな……あんな約束をしてしまって大丈夫なのだろうか?
盗賊達は既に死亡しているので、ある意味街の住民達と交わした約束は既に果たされているのだが。
――宿を出た後街が騒がしかったから、もしやと思って南門に向かって正解だった。
オブレド伯爵の容姿を確認できたのは大きい。ジステインから預かっている手紙を渡さなければいけない相手の顔が分からない事が、ずっと不安だった。
住民の歓声によって引き起こされた耳鳴りが収まった所で、裏道を歩きながら街の中心部を目指し始める。昨日店主に説明してもらった通り、大通り沿いに進めばいいはずだ。南門からある程度離れた段階で、脇道を通り大通りに戻った。
南門の方を振り返ると、まだ人垣が見えるがオブレド伯爵の挨拶が終わったのか領軍は移動を再開していた。
大半の住民たちが領主の出迎えのため南門に向かったのか、大通りは閑散としていた。馬車も通らず人通りも少ない大通りを進んでいると、見覚えのある街角が目に留まった。
――昨日の……
バレスタ商会の馬車から降りた後、街の西側に位置する繁華街まで繋がっていた道だ。頭の中で昨日見せてもらった地図を思い浮かべながら、記憶に留める。
――二度と行くことはないだろうが……覚えておけば今後避けられる。
マルコス達と話しギルドに対する不信感は少し減ったが、セイジの件がある。冒険者証を剥奪された彼が街の西側に滞在し続けるのか分からないが、出来れば出会いたくない。歩きながら昨日歩んだ道程を思い返す。
――昨日は良く分からないまま、セイジの道案内に従ってパティオ・ロッソまで行ったが……
昨日宿の店主に見せてもらった地図通りであれば、パティオ・ヴェルデは街の中央寄り。そしてパティオ・ロッソは繁華街の端、街の西門近くに位置しているはずだ。
――セイジが宿を変えなければ、出会うことはなさそうだな。
土地勘を得るために、記憶と街並みを擦り合わせながら歩み続ける。しばらくすると道沿いに並ぶレンガ調の建物が徐々に大きくなっていき、華美な装飾を施されたものも増えてきた。遠目には、街中とは思えないような緑の広がる噴水広場が見える。
――すごいな……
東西南北の大通りを円で繋いだ中心に、半径五十メートルは優にありそうな公園がありその中心に巨大な噴水が鎮座している。四方から噴水まで石畳の道が続き、道の脇にはベンチまで備えられている。
噴水の傍まで寄ると、まるで森の中に居た時のような静けさに驚く。
「おはよう!」
急に背後から声を掛けられ振り向く。初老の男性が、杖をつきながら石畳の道をこちらに向かって歩いてくる。
――街に入ってから不意に接近されることが多すぎる……街の中でも魔力感知擬きをした方がいいのか?。
「……おはようございます」
「良い朝だね」
「そうですね」
男性が傍まで寄って来て立ち止まる。噴水を眺めながら大きく息を吸うと、杖を両手で持ちながら伸びをし始めた。
「初めましてだね、公園には良く来るのかい?」
「今日、初めてきました」
「そうかそうか、良い所だろう?」
「そうですね、街の中とは思えないです」
上機嫌な男性が伸びを終えると、こちらに向き直る。
「私は毎朝来てるんだが、一日をここで始めると調子が良くなる気がしてね」
「……ここに来れば、一日を気持ちよく始められそうですね」
「その通りだ! 実は家内と出会った思い出の場所でもあってな。あれは、まだ私がメリシアに仕事を探しに来たばかりの頃――」
無難に相槌を打って会話を終えるつもりだったが、男性の語りが止まらない。身振り手振りで大げさに表現しながら半生を語る男性を相手に、そのまま聞き手に徹しながら数十分の間拘束されることになった。
「――それもこれもあの時無一文で家を出た私を、甲斐甲斐しく支えてくれた家内と出会わせてくれたこの公園のおかげなんだ」
「……思い出の場所なんですね」
「分かってくれるか! おっと、私とした事が自分語りに夢中で時間を取らせてしまったな。何か予定があったのであれば申し訳ない」
「特に予定はないので気にして頂かなくても大丈夫ですよ。初めて街に来たので、公園を見てみようと訪れただけなので――」
「君も街に来てすぐこの公園に来たのか!」
――やってしまったかもしれない……
ようやく解放されそうだった所に、火に油を注いでしまった様だ。
「……はい、先日街に到着して――」
「なんという奇遇だ! なぜ訪れようと思ったのか聞いてもいいかい?」
「小さな村から来たので、宿屋の主人に街について聞いてみて気になったので――」
「そうか! 小さな村から来たなら高級住宅街なんかも珍しいだろう!」
男性が杖を差し棒のように扱い、ぐるりと周囲を指す。
「この公園を囲むような形で、高級住宅街が広がっている」
杖を止め、真っすぐと噴水の先にある街の北側を指しながら男性が続ける。
「大通り沿いにずっと北に進んでいくと住宅街に合流するが、丁度高級住宅街と住宅街の境目の辺りに一際大きな屋敷がある。そこが、領主様の邸宅だ」
――話を聞いてよかった……
願ってもいないのに重要な情報を聞けた。
「高級住宅街の中心ではなく、端に領主様の邸宅があるんですか?」
「私も詳しい理由は知らないが、先々代の領主様が邸宅を高級街の中心から移した跡地がこの公園らしい」
「なるほど……」
――市民向けに公園を解放しているし、昔富裕層と一般市民との間に確執でもあったのだろうか? そうであれば領主邸を住宅街寄りに移した理由も辻褄が合うが……
「領主邸は本当に立派だ。塀越しにはなるが庭園なんか見ものだ、この後街を観光するならおすすめするよ!」
「行ってみようと思います」
「そうか! 案内してあげたいが家内が待っているから、私はここで失礼するよ」
「色々と話してくれてありがとうございました」
「こちらこそありがとう!」
男性が機嫌よく石畳の道を引き返していくのを見送り、街の北側を噴水越しに見つめる。
――行くか。