「すまねぇ! そんなに怒んなって!」
――今ので魔力が乱れるのは、我ながら情けないな……
「んな威圧しなくてもいいだろ、ほんとに商品を見に来たのか?」
「最初からそう言っているだろう……」
「そうか、ようこそコスタ工房へ! メリシア一の革製品を取り扱ってる老舗だ! 俺は品出しを済ませないといけないから、自由に見て回ってくれ!」
先程威圧したせいか若干腰が引けているが、流石商売人と言うべきか。驚きの切り替えの早さでそう言うと、店員は元居た棚の前へと戻っていった。
――メリシア一と言っていたが、本当にすごい品揃えだな。
店内を回りながら、時折商品を手に取ってみる。正直あまり詳しくないのであくまで感覚だが、作りもしっかりしていて品質も高そうだ。丁度手に取っていた胸当てを見ながら、グラードフ領で支給されていた貧相な胸当てを思い出す。
――あれは嫌がらせの意味もあっただろうし、比べるだけ失礼だな。
胸当てを元に戻し、店の奥に進むと壁一面に革靴が並んでいた。
――靴か……
服をそろえた今、武器防具よりも靴が最優先で欲しかった。ストラーク大森林からずっとヴィセンテの靴を借りているが、少しだけ大きすぎる。移動に支障をきたすほどではないがずっと気になっていた。
「靴も良いもん履いてるのに、買い替えてぇのか?」
品出しを終えた店員がこちらに近寄り、声を掛けてくる。
「ちょっと大きすぎるんだ。動き辛いほどじゃないが、できれば自分にあった物を履きたくてな」
「上着も古着を買ったって言ってたし、靴もそうなのか?」
「まぁ……お下がりみたいなものだ。田舎から出てきて冒険者になったんだが、装備を見直そうと思ってな」
「そう言う事なら早く言ってくれ!」
水を得た魚のように俊敏な動きで店員が展示されている靴に近づくと、一足掴み取りこちらに差し出して来る。
「この靴は丈夫で撥水性も高い。蒸れるのが玉に瑕だが……冒険者にも職人にも人気の型だ」
「蒸れるって、どのぐらい蒸れるんだ?」
「……結構蒸れるな。撥水性が高い分どうしても通気性が悪くなっちまってよ……脱いだ後は風通しの良いところで換気する必要がある」
――革靴は総じてそういうものだが、事更に蒸れる事を強調しているのが気になるな……
「それでも人気の型なのか」
「安いし、何より丈夫だからな! ちゃんと手入れさえすれば長持ちするんだが……」
「履き潰す客が多いのか?」
「冒険者なんかは特に面倒くさがって、すぐ靴を駄目にしちまうな……手頃な価格だとすぐ買い直せるだろ? 店が繫盛するのは喜ぶべきかもしれないが、職人としちゃあもうちょい大切にしてほしいのが本音だな」
――店番もしながら、革職人もしているのか。
感心しながら手渡された革靴を確認する。確かに丈夫そうだ。革を触ると、艶やかな表面は一切水を通さない加工がされているのが分かる。
「革の手入れは、店でやってくれるのか?」
「持ち込んでもらえれば、代金は貰うがいつでも対応するぜ! 靴なら一足四千ゼルだ」
「どれぐらいの頻度で手入れした方がいいんだ?」
「使い方次第だけど、大体月一回手入れに持ってくるのをおすすめしてるな」
「そうか、ちなみにこの靴の値段は幾らなんだ?」
「二万二千ゼルだ」
月一回の手入れで毎年四万八千ゼルか。職人の心情はさておき、半年で靴が駄目になったとしても手入れなんか気にせずに買い替えた方が安上がりだな。
「なるほどな……できれば丈夫で通気性の良い靴の方が嬉しいんだが、他におすすめはないか?」
「そうなるとちっと値が張っちまうな、兄ちゃん全身古着だし大丈夫なのか?」
――さらっと失礼なことを言うな……
「……そんなに値段が違うのか?」
「一番おすすめなのはこれだ。特殊な加工をしてて外から水は入ってこねぇが通気性もあって蒸れにくい。一足十四万八千ゼルだ」
手渡された靴は、今履いている靴と似た材質のようだ。足首まで覆うしっかりとした作りで、柔軟性はあるが刃物を通さない強固さも兼ね備えているのが分かる。
「試着してみたいんだが、いいか?」
「兄ちゃんに合うものを在庫から持ってくるなら、足の採寸を取らなきゃいけねぇが……本当に大丈夫なのか?」
「試着はタダだろう? それに安めの靴を履き潰して毎回買い替えてたら結局同じぐらい金を使いそうだしな。長い目で見たら、最初から良いものを買ってしっかりと手入れしたほうが良さそうだ」
「へぇ、銭勘定が上手いな。いいぜ、ちょっと待ってな!」
店の裏から採寸道具を持ってきた店員に足を測ってもらい、運よく在庫のあった靴を試着させてもらう。まだ革が少し固いが、やはり自分にあった大きさのため借り物の靴よりも履き心地が良かった。
「ぴったりだな。このまま購入したい所だが……冷やかし呼ばわりされたし、一応他の店も見てみた方がいいかもしれないな」
「悪かったって! 詫びも含めて十四万ゼルぽっきりでどうだ?」
「枯れ専呼ばわりもされたな」
「本当に悪かった! 十三万五千ゼルで勘弁してくれ、これ以上値段は下げられねぇ!」
「商談成立だな」
盗賊討伐の臨時収入があったので財布の緒が少し緩んでいた気がしないでもないが、良い買い物ができた。新しい靴の履き心地を確かめながら、丁度良く時間を潰せたのでオブレド伯爵邸に向けて歩を進めた。