声を掛けてくれた冒険者に案内され、彼のパーティーの天幕前まで移動する。
「もう戻ったのかイムラン? あの馬鹿野郎は止められたのか?」
――イムランって言うのか。
イムランのパーティーメンバーが、天幕から顔だけ出しながら声を掛けてきた。
「いいから、静かにしててくれ!」
男の頭を天幕の中に押し戻すと、イムランが戻ってくる。
「いろいろとすまなかったな……それで、何が聞きてぇんだ?」
「実は冒険者になったばかりで、右も左も分からない状態なんだ」
「なったばかりって、銅級だろ?」
「……たまたまやったことを実績として認められて、分不相応に等級だけ上がってしまってな」
驚愕に染まった表情で、イムランが小さく呟く。
「そんなことがあるのか?」
「うさん臭い話だよな……」
拳を顎に当てながら、イムランが黙ってしまった。
「……去年、ダリードの冒険者パーティーが異例の昇級をして一気に金級になったなんて噂が出回っていた。駆け出し冒険者を中心に噂が広まってたから気に留めなかったが、本当にそんなことがあるんだな……」
何やら一人で納得してしまったイムランに、思い切ってずっと気になっていたことを聞いてみる。
「初歩的な質問で申し訳ないんだが……冒険者の等級を教えてくれないか?」
「まさか、そんなことも知らないのか!?」
――反応が大きいが、それだけ知らない事がおかしいんだろうな……
「大声を出してすまねぇ、冒険者登録した時か新人講習で聞く内容なんだが」
「講習をまだ受けてないんだ」
「なるほどな……冒険者の等級は下から青銅級、鉄級、銅級、銀級、金級、白銀級、白金級まである。登録したての冒険者は全員青銅級から始めて、青銅級のうちは簡単な採取依頼や労働依頼しか依頼を受けられねぇ」
「労働依頼?」
「人手の足りねぇ仕事の手伝いだな。街の清掃から建築現場での重労働、商会の倉庫整理の手伝いとか依頼主によって内容は大きく変わるな。正直、俺の経験上ここで躓く冒険者が一番多い」
「え?」
今度はこちらがびっくりしてしまった。
「魔物や魔獣の討伐より楽そうだが……」
「英雄譚の主人公みてぇな冒険者になる気満々の新人冒険者が、一気に現実を見せつけられるからな。早く討伐依頼を受けてぇってふてくされる奴が後を絶たない」
「そんなに直ぐ挫折していたら、どの道……」
疲れた表情をしながら、イムランが遠くを見つめる。
――わざわざ俺を呼び止めてくれたし、新人の面倒をよく見ているんだろうな……
「お前の想像通りだ。そんな奴はどの道冒険者としては大成できねぇ。戦うことばかり注目されがちだが、冒険者の仕事は依頼人とギルドの信頼関係の上に成り立ってる。労働依頼で依頼人への接し方、仕事に対する取り組み方と責任感、しっかり時間を守れるかどうか、冒険者としてやっていく上で必要な資質を持ってるか新人を篩に掛けるわけだ」
「それだと、労働依頼で新人冒険者がやらかしたら依頼主とギルドの関係にひびが入らないか?」
「労働依頼先で依頼主の持ち物をちょろまかす馬鹿もいるし、問題が起こることも織り込み済みで報酬や依頼金についてはギルド側で一部負担してるらしい。依頼主はタダ同然で労働力を得られる代わりに、問題が起こってもある程度許容する姿勢でギルドの新人研修に付き合ってるわけだ」
「そうなのか……かなり、しっかりと新人を見るんだな」
――それに、イムランが妙に詳しいな……冒険者としては一般常識なのか?
「依頼によっちゃ人の命も預かるし、鉄級以上の冒険者は街中でも帯刀を許可されてる。慎重すぎるぐらいが丁度いいだろ。晴れて鉄級になれた冒険者は討伐依頼を受けられるようになって、そこからは実績を積むごとに等級が上がっていく。銅級に上がってからは護衛依頼なんかも受注できるようになるし、銀級以上になれば指名の依頼が入ったりする」
「なるほど……」
――そうなると商会の護衛依頼を打診されていた、トワイライトダスクは銀級以上か……?
「おーい、準備ができたからそろそろ出発するぞ」
「お、とうとう出番か。行くぞイムラン!」
「っ! 話の途中ですまねぇ――」
天幕から飛び出た男にすれ違いざまに肩を叩かれたイムランが、申し訳なさそうにこちらに頭を下げる。
「良いんだ、色々と教えてくれて助かった。ありがとう」
「ギルドの受付に聞けば、資料室を開放してくれるはずだ! 冒険者規律やメリシア周辺の魔獣と魔物の分布図とか色々な情報を確認できる。それと毎週月曜日の午前中新人向けの講習が開かれてるから、行ってみるのをおすすめする!」
早口でそう言いながら、イムランが仲間たちの方へと走って行く。
――ギルドの受付に聞けば、か……
昨日の事を思い出しながら、ため息を吐く。
――資料室については他の受付嬢に聞くか……講習も受けた方がよさそうだな。
イムランのパーティーが向かって行ったブレアド平原の方向を見ながら立ち尽くす。
丘陵に富んだ広大な草地が地平線まで続いている。人の手の入っていない草は腰の高さまで伸びていて、いくつかの丘の上には森とも林とも呼べない繁茂が生い茂っている。涼やかな風が、草の上に波を起こしながら吹き抜ける。
――日を改めるか……?
一瞬メリシアに帰ることを考えて、すぐに首を振る。
――定期馬車が来るまで時間もある。せっかく来たんだし、予定通り下見をするか。