「起きて、カズマ!」
「大丈夫ですか!?」
――大した怪我じゃなさそうだったが、そんなに揺らして大丈夫なのか……?
「み、んな……?」
「カズマ!」
「良かった……!」
真横でまだ治癒魔法を掛けている僧侶も、俺も、イムランの存在すら認識していない様子で冒険者達が抱き合う。
「良かった……みんなを守れた」
「無茶しないでよ!」
「本当に、心配したんですからね?」
――何を言っているんだ、こいつは?
守るどころか、出会った時点でカズマ以外重傷を負っていた。あの時たまたま俺が通り掛からなかったら、彼らは今頃死んでいただろう。魔力の揺らぎを感じて横に立っているイムランの方を見ると、険しい表情で冒険者達を睨んでいる。
「お前ら、なんでブレアド平原の奥地まで行った?」
「……イムランさん」
声を掛けられてようやくこちらを視界に入れたカズマが、イムランを見た瞬間ばつの悪そうな顔で吐き捨てるように返事した。
「鉄級に上がりたてのお前達じゃ、強い魔物に遭遇したら太刀打ちできないから絶対に行くなって講習で説明したよな?」
「……」
――色々と詳しいとは思っていたが、イムランは初心者向けの講習をしているのか?
「黙ってねぇで、何か言ったらどうなんだ?」
「奥地に行っても、俺らの実力なら問題ない」
「その有様でよく言えるな?」
「メドウ・トロルを倒して気絶したけど、見ての通り無事だ!」
――倒した?? 殴りかかった直後、吹き飛ばされて気絶していたが……
「ほう、お前がメドウ・トロルを倒したのか」
「そうだ!」
「私も見てたわ!」
「私達を守るために、一人で戦ってくれたんです!」
仲間の援護射撃にご満悦な様子で、カズマがにやける。
――イムランの魔力の揺らぎに、こいつらは気づいてないのか?
噴火直前の火山の様な危なっかしく力強い魔力の揺らぎを放ち続けるイムランに、内心引きながら念のため身体強化を発動しておく。
「どうやって倒したか説明してみろ」
「渾身の一突きで、一発だったぜ」
「「カズマ……!」」
――多分見た目と名前からしてセイジと同じ転移者だろうが……異世界から来た奴にまともな奴はいないのか……?
その理屈だと自分にも当て嵌まるため無駄に傷つきながら、無言を貫く。事態がどう転ぶのか分からないが巻き込まれたくない。
「そうか。今メドウ・トロルの死体を回収中だが、死因を確認するために解剖をギルドに依頼する。素材が一部台無しになっちまうが、それでも良いかデミトリ?」
「え!? ああ、構わないが……」
急に話を振られて素っ頓狂な声が出る。
――まだイムランに名乗っていなかったはずだが……そういえば今朝、彼に冒険者証を見せていたな。
「おい、メドウ・トロルは俺が倒したんだ! 俺らに相談しないで勝手に決めるなよ!」
「カズマ、俺はお前らの力量を把握してる。負傷したお前たちをここまで運んできたのも、メドウ・トロルを倒したのもここに居るデミトリだ。メドウ・トロルの死体の状態も、デミトリから細かく聞いてる」
座ったままのカズマたちの元まで歩み寄って、見下しながら怒気の籠った声でイムランが威圧しながら話し続ける。
「もしもお前が言ってることが本当なら、俺がメドウ・トロル一体分の報酬金に詫び金を上乗せして払ってやるよ。ただ、お前が言ってることが嘘だとバレたらどうなると思う?」
イムランが屈みながらカズマ達と目線を合わせて、ゆっくりと一人一人目を合わせて行く。
「救助された身でありながら虚偽の報告をして、救助者に不義理を働いた冒険者の末路をしっかりと想像してみろ。お前らは、それでもカズマがメドウ・トロルを倒したって主張するんだな?」
カズマはピンと来ていないみたいだが、彼に縋りついている冒険者たちの顔色が一気に悪くなる。
「上等――」
「「カズマ!!!」」
いきなり叫んだ二人に驚き、発言を止めたカズマの代わりに冒険者達が口を開いた。
「相手するだけ無駄よ!」
「カズマならメドウ・トロル位いつでも討伐できますし、ここで揉めても得はありません!」
「だけど――」
「こんな奴らに、どう思われてもいいじゃない!」
「私たちはカズマを信じています!」
「……分かったよ、冷静になれた。二人ともありがとう」
三人の会話が終わり、治療を終えた僧侶がその場にへたり込んだのと同時にカズマ達が一斉に立ち上がった。
「二人に免じて今回は引き下がってやる……けど、いつか必ず……覚えてろよ、デミトリ!!」
――どうしてそうなるんだ……
イムランの方は見向きもせず真っすぐとこちらを見て捨て台詞を吐いた後、三人組は挨拶も無しに立ち去って行った。
「……すまねぇ」
「いや、イムランさんは悪くない……むしろ問題を持ち込んでしまって申し訳なかった」
ぐったりと横になってしまった僧侶の方に近寄り、頭を下げる。
「彼らを治療してくれて、ありがとう。治療費を支払わせてくれ」
「受け取れ……ねぇよ……」
魔力をふり絞ったのだろう。息も耐え耐えの僧侶の状態に申し訳なさが募る。
「お前から金を取る気はねぇから、変に気を遣うな」
「だが――」
「お前は冒険者として当然の事をした、あいつらの態度はお前のせいじゃねぇから気にすんな」
イムランが俺の肩に手を乗せて、ぎゅっと安心させるように握る。
「あいつらがメドウ・トロルの所有権を主張しない言質は取れたが……後で何を言い出すか分からねぇ。念のため、解剖依頼は出しておいた方がいいかもな……」
――見事に逆恨みされてしまったからな……
「俺も、そうしたほうが良いと思う」
街道の方向から、土煙を上げながら定期馬車が近づいてくるのが見える。
「……もう正午か。イエローウィンドには俺の方から諸々伝えとくから、お前は早いとこメリシアに帰っとけ。また絡まれたら面倒だろ」
「お言葉に甘えるよ……色々と助かった、ありがとう」
自分一人では、途方に暮れていただろう。最大限感謝を伝えるために、深々と頭を下げる。
「だから、気にすんなって! メリシアに戻ったら冒険者ギルドに行って、受付で救助について報告してくれ。渡しておいた割符を見せれば、証人がいるのも伝わって話が早いはずだ」
――ギルドに報告か……
「……どこまで話せばいいんだ?」
「俺のパーティーもメリシアに戻ったら報告する。カズマ達との会話の内容含めて、包み隠さず全部話しちまえ」