――相変わらず賑わっているな。
冒険者ギルドに到着し、奥の受付を目指す。昨日の件もあったので、今回は敢えて一番列の長い受付に並んだ。十五分ほど待つと、ようやく自分の番が回ってきた。
おっとりとした雰囲気の受付嬢が、元気よく挨拶してくる。
「冒険者ギルドへようこそ!ご用件は依頼の発注でしょうか、それとも受注でしょうか?」
「冒険者の救助をしたので、報告したいんだが」
「救助!? 救助された方は無事なんですか!?」
「ブレアド平原で助けたんだが、他の冒険者に協力してもらってその場で治療した。命に別状はないはずだ」
「……分かりました、少々お待ちください!」
受付嬢が、窓口を離れて建物の奥に消えてしまった。時間が掛かりそうなのに気づいたのか、後ろで並んでいる冒険者達が肩を落としている。
――窓口を増やした方がいいんじゃないか・・・?
背後からの視線に肩身の狭い思いをしながらしばらく待っていると、受付嬢がギルドの制服を着た細身の男性を引き連れて戻って来た。
「詳しい話は係りの者が聞くので、このまま二階の会議室に向かってください!」
「分かった」
窓口を離れて受付横の階段まで移動すると、受付嬢と一緒に建物の裏から出てきた男が合流した。そのまま男性の案内に従い、ギルド二階の会議室に通された。
「適当に座ってくれ」
会議室中央のテーブルに着くと、男がテーブルに肘を掛けながらこちらを見つめる。
「何があったのか、説明してくれるか?」
――イムランも全部話せと言っていたし、頭から説明するか……
「……依頼でブレアド平原に行ったんだが、平原奥地で冒険者達がメドウ・トロルに襲われていた。俺が駆け付けた時には冒険者が既に二人負傷していて、カズマと言う冒険者が一人メドウ・トロルと対峙していた」
共有に齟齬がないように、記憶を辿りながら順序をおって説明する。
「カズマがメドウ・トロルに殴り掛かったんだが……そのまま攻撃されて気を失った。助けに入り、メドウ・トロルを倒してからカズマ達をブレアド平原の馬車広場まで運んだんだが――」
「話の腰を折ってすまない。今の話、目撃者はいるか?」
男が片手をあげてこちらを制止してきた。
「メドウ・トロルと戦闘した時、周りに誰もいなかったから目撃者はいない。カズマ達を抱えて広場に戻ったのは、アイアンフィストの面々が目撃してる。彼ら以外にも今日の正午付近に、ブレアド平原に居た冒険者に話を聞いてみれば俺の事を目撃しているはずだ」
掲げた手を下し、男が頷く。
「続けてくれ」
「カズマたちを治療したのは、アイアンフィストの僧侶だ。カズマ達を救助した事と、救助した時に放置したメドウ・トロルの回収をイエローウィンドに依頼した事については、アイアンフィストが証人になってくれた。これが証拠の割符だ」
収納鞄から、アイアンフィストの割符を取り出して男に見せる。
「アイアンフィストの割符を持っている事については受付で対応したポリーンから聞いていたが……確かにこれは彼らの割符だな」
「元々メドウ・トロルの回収をイエローウィンドに依頼する時に割ったものだから、割符の片割れは彼らが持っている。後、ブレアド平原から戻ったら今回の救助について報告するとアイアンフィストのイムランが言っていた。俺の報告した内容に疑わしい点があれば、その時彼らに確認してくれ」
「そうさせてもらう。一人でギルドに来たが、救助したパーティーはお前と一緒にメリシアには戻らなかったのか?」
「カズマ達は治療されて意識を取り戻した後、メドウ・トロルを倒したのは自分達だと騒ぎ始めて……アイアンフィストのイムランが諭してくれて引き下がってくれたんだが、覚えてろよと脅し文句を言いながらどこかに行ってしまって……」
「それは……」
話を聞いた男が、黙り込んでしまった。
「俺も妙なことに巻き込まれたくない。念のため、メドウ・トロルの解剖を依頼したい旨をイエローウィンドにアイアンフィストが伝えてくれている。アイアンフィストが証人になってくれるはずだが、カズマ達はカズマの正拳突きでメドウ・トロルを倒したと主張している。実際は左足首以外体は無傷で、死因は首を刎ねたことのはずだ」
「はぁ……」
男が顔を片手で覆いながら、もう片方の手の指でテーブルを高速で叩いている。
――相当苛ついてるな……
しばらく時間を置き、少し落ち着きを取り戻した男が質問してくる。
「ブレアド平原には、依頼のために行ったと言っていたな?」
「ああ、偶然メドウ・トロルの討伐依頼を受けていて――」
「なっ! 冒険者証を見せてくれ……」
落ち着きかけていたのにまた苛つきだした様子の男を逆なでしないように、素早く首から下げていた冒険者証を取り出して確認できるように差し出す。
「デミトリ……お前のパーティーは何人いる?」
理由は分からないが、笑顔のまま額に青筋を立てる男に若干気圧される。
「パーティーは、組んでないが――」
テーブルに置かれた男の拳の下で、ミシリとテーブルが嫌な音を立てる。
「そうか、一人か……依頼書を、見せてくれないか?」
――顔はにこやかだが……
あまりの怒りに理性が飛んでしまいそうな男の機嫌を損ねないよう、自分でも驚くほどの手際で収納鞄から依頼書を取り出す。
「……お前にこの依頼を斡旋した馬鹿は誰だ?」
「それは……」
「大丈夫だ、確認したいだけだから正直に答えてくれ」
「冒険者側から見て、一番右側の列が短い窓ぐ――」
「そうか」
急に立ち上がった男にびっくりしながら、豹変してしまった表情を見て固まってしまった。
「色々と話してくれてありがとう。さっきの話だと、メドウ・トロルは倒したんだな? 討伐証明はあるか?」
「一応、持ってきたが……」
収納鞄から取り出したメドウ・トロルの耳を見て、男が歩き出す。
「すまない、ちょっと対応しなくてはいけない事ができたから明日また冒険者ギルドに来てくれないか? 昼過ぎに来てくれると助かる。受付でマルクと予定があると、今日君の対応をしたポリーンに伝えてくれればいい」
男が返事を待たず会議室のドアを物凄い勢いで開き、壁に衝突した扉の衝撃で部屋中の埃が舞い散る。
「分かった……」
「ありがとう! 待っているよ」