――幸先が悪すぎるな……
まだ昼過ぎなのに、相も変わらず満員の酒場が並ぶ通りを歩きながら繁華街を後にした。
――これまでも何かと問題に巻き込まれがちだったが、冒険者ギルドと関わってから加速している気がするな……
冒険者活動を開始し二日目にして、既にやって行けるのか不安になっている。とは言え、目下の目標は冒険者の等級を上げることだ。ギルドを避けて生活するわけにもいかない。
――丁度、明日は月曜日だし講習を受けるか……?
イムランのすすめていた講習を受けてみたい気持ちもあるが、講習にカズマ達が参加していた事実が後ろ髪を引く。異世界転生者や転移者と関わる可能性があるなら、不特定多数の冒険者が集う講習には参加したくない。
――思えば、マサトにセイジにカズマ。ガナディアを出てから転移者に関わる事が多すぎる……救助の件でカズマには逆恨みされたみたいだし、気を付けないといけないな……
セイジが異能を授かっているかどうかは分からないが、今日のカズマの様子からして彼は鎧か、装備を出現させる異能を持っている可能性が高い。まさか襲ってくるなんて馬鹿げた事をするとは思いたくないが、どうしても最悪を想定してしまう。
――……早くポーションを手に入れよう。
身の安全を守るためにも、色々と準備しなければならない。頭の中でパティオ・ヴェルデで店主に見せてもらった地図を思い浮かべながら、ストラーク大森林で何度も命を救ってくれたポーションを求め街の北側に歩を進めた。
――――――――
「お願いします!! 僕を雇ってください!!」
「だから! うちは冒険者ギルドに品を卸してるし、ギルドから除名された子は雇えないって何回も言ってるでしょ!」
「なんで分かってくれないんですか!? 僕の薬を作る力は凄いんです!」
「何で分かってくれないんですか? は、こっちの台詞よ! 商売の邪魔だからいい加減帰って!」
――勘弁してくれ……
商業区を練り歩きやっとの思いで見つけた薬屋の店先で、騒ぎを起こしているセイジの様子を少し離れた場所の街路樹の影に隠れながら観察する。
――薬を作る力……? トワイライトダスクが被害に遭った毒の件もある、まさか薬や毒を調合する異能でも持ってるのか……?
聖騎士達を倒した時に作った毒袋の事が一瞬よぎるが、すぐに思考から追いやる。
冒険者ギルドを追放されたセイジと関わりを持つだけで問題になりかねない。仮に彼の協力を得て毒を用意してもらっているのがバレたら、タダでは済まされないだろう。
――それに……協力してくれるとしても俺がセイジを信用できない以上考えるだけ無駄だな。
「もういいです、絶対に後悔させてやる!」
――どれだけ敵を作ったら気が済むんだ……
ずかずかと薬屋を後にしたセイジが遠くの街角を曲がり、完全に姿が消えたのを確認してから隠れていた街路樹の裏から出る。
――流石にもう戻ってこないよな? 店員は店の中に戻って行ったが……
騒ぎから一分も経っていないのに、店に入っても良いものか悩む。結局街路樹の下で屯して、他の客が店に入ったのを見計らって後を追うように店の中に入った。
建物の大きさに比べて、店舗内は驚くほど狭かった。扉を閉めると、店の奥から漂ってくる薬剤の匂いが鼻腔を刺激する。
――何も、展示されていないな……
簡素な店内の奥にあるカウンターでは、店員が先程の客に小さな小包を渡していた。客は小包を受け取り中身を確認すると、代金を支払ってすぐに店を後にしてしまった。
店内に二人きりになり、店員と目が合ってしまったのでカウンターまで進む。
「いらっしゃいませ」
まだセイジの件を引きずっているのか、店員の声にはまだ少し棘がある。
「ポーションを買いたいんだが」
「あなた、冒険者さん?」
「……ああ」
店員はセイジと揉めたばかりなので冒険者であることを伏せるべきか一瞬迷ったが、今後この薬屋とは長い付き合いになるかもしれないので素直に答える事にした。
「もしかして、さっきの見てた?」
「盗み聞きするつもりは無かったんだが……丁度あの少年を追い返している所は見た」
「はぁ……」
深いため息をつきながら、店員がカウンターに持たれ掛かってしまった。
「……まさかあなたまでギルドを除名されてないわよね?」
「この通り、現役の冒険者だ」
胸元から冒険者証を取り出し、店員に見せた。
「ならいいわ。見苦しい所を見せちゃってごめんね、うちとしてもギルドに品を卸してるから除名者の扱いには敏感なの」
「その……浅学で申し訳ないんだがギルドに品を卸していると言うのはどういうことか聞いても良いか?」
「え? 知らないの? うちのポーション冒険者ギルドでも買えるわよ?」
――そう言う事は、誰か説明してくれ……
「すまない……冒険者になったばかりで知らなかった」
「鍛えてて髪型も荒っぽいけど見かけた事がなかったから、てっきり他の町から来た熟練の冒険者かと思ったわ。新人さんだったのね」
指摘されて、思わず乱雑に切りそろえた髪の襟足を摘まんだ。
「あら、もしかして気にしてた? うちの向かいの床屋さん、腕も良くて冒険者の客も多いからおすすめするわよ!」
「……ありがとう……検討する」
女性に、遠回しに髪を切った方が良いと指摘され胸の内がざわつく。
――かなり、辛いな……
すでに精神が疲弊していた所に思わぬ攻撃を受けてしまい、久しぶりに暴走しそうになる魔力を必死に抑える。
「そんなことより――」
――そんなこと……
「――うちでは冒険者証を提示すれば、ギルドに卸してるのと同じ価格で商品を買えるわ。品揃えもギルドの売店よりは良いから、中級ポーションよりも品質のいい薬を買いたいなら店まで来た方が確実よ」
「……ギルドでは、中級ポーション以上は取り扱っていないのか?」
「売れる本数が少ない上、高価で在庫も限られてるからね。うちとしても一本百万ゼルする商品を、ぽんぽんギルドに納品するわけにもいかないのよ」
「百万!?」
ストラーク大森林で値段など全く気にせず高級ポーションを飲んでいたことを思い出し、更に具合が悪くなる。
「とにかく、今日はうちでポーションを買わないで冒険者ギルドの売店に行って買いなさい。これから冒険者として活動していくのに、いつまでも売店がどこにあるのか分からなかったら困るでしょ? 後見た目がベテラン風だからって調子に乗らないで、ちゃんと講習とか受けた方が良いと思うわよ」
「……わかった、色々と教えてくれてありがとう」
――――――――
冒険者ギルドにはどの道明日行くので売店は後回しにしたが、薬屋を出たその足で向かいの床屋へ行き、髪を短髪に整えてもらった。