「きょ、今日……本日! 依頼は発注です? ご、ご用件は! 受注でしょうか?」
「リア、俺の対応をする時だけおかしくなるのはどうにかならないか?」
「緊張しちゃうから仕方ないでしょ!」
ギルドの一番右側の受付で、研修中の受付嬢とお決まりのやり取りをする。
「もう二週間経ったんだ。そろそろ慣れて欲しいんだが……」
「まだ二週間でしょ!!」
カズマとパーティーを組んでいたリアとアレクシアは、マルクが予想していた通り請求された謝礼金を支払うことが出来なかった。ギルドマスターの計らいで彼女達の債権はギルドが買い取り、丁度ノーラが解雇されて人員が不足していた冒険者ギルドの窓口で研修受付嬢として働いている。
犯罪奴隷に堕ちたカズマと違い冒険者証を剥奪されず、受付嬢として働かせることでギルドの心象も悪くないと示して冒険者に復帰する道を残して貰っている。
「俺の対応はともかく、受付嬢の仕事は板に付いてきたんじゃないか? イムランさんが褒めていた」
「イムランさんは、やさしいから……私なんかまだまだ勉強中だし。それで、結局何しに来たの?」
「討伐依頼の完了報告だ。タスク・ボアを一頭納品窓口で受け渡しを済ませて、依頼書を討伐証明書と交換してもらった」
「ありがとう、確認するから冒険者証も頂戴」
討伐証明書と冒険者証を受け取ると、リアが手元の帳簿と照らし合わせ始める。先程はもう二週間と言ったが、研修を始めたばかりなのに慣れた手つきで作業を進めている。
イムランがマルクに聞いた話の又聞きになってしまうが、リアもアレクシアもかなり仕事が出来るとギルド職員にも評判だ。有能な後輩が一気に二人増えて、先輩受付嬢達から猫可愛がりされているらしい。
――話してみて思うが、カズマが絡まなければ二人共普通に良い子達だったな……
不謹慎かもしれないが、カズマが暴走してギルド内で暴れなければと思うとぞっとする。最初に抱いた彼女達への悪印象は覆らず、個人的な感情に任せて一方的な報告をしたせいで彼女達は冒険者に復帰する道を絶たれていただろう。
――対立した人間に無駄に情けを掛ける必要はないが、人として後悔しないようにしっかり自分を持たないといけない……
敵対する者には一切容赦をしない。イザンに襲われてから徐々にそう追い詰められていった思考が、呪力を知覚してからタガが外れて時折危険な方向に振り切れている自覚がある。
――気を付けないとな……
「ぼーっとしてどうしたのよ? 確認が取れたから報酬をこの場で受け取るか口座に振り込むか決めて?」
考え事をしていると、リアから声を掛けられ現実に引き戻された。
「口座振込で頼む」
「分かったわ。金遣いが荒いみたいだけど、ちゃんと貯金もしないとだめよ!」
「勝手に口座の残高を確認しないでくれ……」
「振り込み手続きをする時に見るんだから、しょうがないでしょ」
――モルテロ盗賊団の討伐報酬とメドウ・トロルの討伐報酬、それに加えてギルドが肩代わりしたリアとアレクシアの謝礼金。全て合わせて、それなりに懐が潤っていたはずなのにな……
ジステインとオブレド伯爵に渡された生活費を除いて、合計で約三百八十万ゼルあったはずの貯金はもうほとんど残っていない。
「……色々と、入用だったんだ」
「どうせ酒か女でしょ」
「お前には、俺がどういう風に見えているんだ……」
一人で冒険者活動を続ける上で、討伐した魔物や魔獣の遺体を回収することが後々問題になるだろうとメドウ・トロルの一件で学んだ。カテリナ達の収納鞄を最大限活用できるように、彼女達の遺体と遺品を別に保管するための収納鞄を購入した。
イムランの紹介で訪れた商会で、カテリナ達の物と比較すると収納容量は劣るが小さな荷馬車一台分の容量のある収納鞄を見せてもらった。値段が二百三十万ゼルすると聞いた時は動悸が止まらなかったが、即決で購入した。
カテリナ達の収納鞄は現在依頼で大活躍しているだけでなく、中にはギルドの売店で一本十万ゼルで購入した中級ポーション五本と薬屋で約百万ゼルで購入した高級ポーション一本が仕舞われている。
――本当は、もっと高級ポーションの本数を揃えたかったんだが……
作業が終わったリアに、冒険者証を返却された。
「振込手続きが終わったわよ。タスク・ボアの討伐報酬、十八万ゼルが口座に追加されたから計画的に使うのよ!」
「……分かった、気を付ける」
「よし、じゃあ他になにか用はある? 新しい依頼を受注して行く?」
「いや、今日はやめておく。対応してくれてありがとう」
「どういたしまして!」
(依頼を受けないってことは、決心がついたの!?)
――頼むから、ギルドを出るまで少し待ってくれ。
「それじゃあ、またな」
リアに別れを告げ、冒険者ギルドを出た瞬間また声が頭の中に響く。
(決心は……)
――ブレアド平原に着いたら、試してみる。
(やった!)
冒険者活動を開始した初日から色々と巻き込まれてしまったが、カズマの一件が片付いてからは平穏な日々を過ごしていた。ラスとの一件が気掛かりだったが神器を試すつもりもなく、体に異変が起こるのではと心配していたがなにも変わりなかった。
ラスと出会った夜の出来事は白昼夢だったんじゃないかとそう思い始めていた矢先、急に頭の中でラスの悲鳴が響いた。
『(なんで変身してくれないの!?)』