――良く寝れたな……
昨日ヴァネッサにはああ言ったが……ちゃんと寝台で休息を取れて大分疲れが取れた。いつの間にか腕に絡みついていたヴァネッサを起こさないように起き上がるため、彼女の方を見てぎょっとする。
「おはようございます」
「おはよう……」
既に目覚めていたヴァネッサと、しっかりと目が合った。
「ちゃんと……眠れたのか?」
「はい、私もさっき起きました」
「そうか……」
するりと俺の腕を解放し、起床したヴァネッサの後に続き寝台から立ち上がる。軽く伸びをしていると、ヴァネッサが二人分の水をコップに注いでから片方をこちらに手渡してくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして、私は先にシャワーを浴びてきますね!」
コップの水を飲み干してから、ヴァネッサが着替えを持ってシャワー室に入って行く。
――ヴァネッサはバレスタ商会で軟禁される前は父親と二人暮らししていたんだ……もしかすると、俺以上にこの状況に慣れているのかもしれないな……
昨晩は彼女の負担にならないよう気を遣っていたつもりだったが……ヴァネッサがこの状況に慣れているなら、変にこちらが気遣いしすぎると逆に負担になるかもしれないと反省する。
――あれだけ言っていたくせに、彼女の行動のおかげで落ち着けたのだから笑えないな……
あのままソファで一人横になっていたら、延々と破滅的な思考を巡らせていた可能性が高い。ヴァネッサの行動にはびっくりしたが、おかげで妙な思考に囚われずに休むことができたのは事実だ。
一人悶々と昨晩の事を振り返っていると、ヴァネッサがシャワー室から出てきた。ヴァネッサと交代する形でシャワーを浴び、二人共準備が整ってから宿の受付に向かう。
「おはようデミトリ君、ヴァネッサちゃん」
「「おはようございます」」
宿の店主が、こちらに気付くと元気よく挨拶してくれた。たまに受付で接客しているのを見かけるが……宿泊中の客だけでなく、過去に泊まった事がある客まで全員名前を覚えているらしい。
「お手数おかけしてしまい申し訳ないんですけど、伝言を頼めますか?」
「それ位なら任せて欲しいよ」
「ありがとうございます。もし誰かが俺を訪ねて来たら、正午には戻ってその後はずっと宿にいる予定だと伝えてもらえますか?」
「分かったよ、そう伝えておくね」
「ありがとうございます」
店主に礼を言い、宿屋を出て商業区に向かってヴァネッサと共に歩き始める。
「……本当に宿で待機しなくても大丈夫なんですか?」
「何も準備しないままずっと待機していろなんて、そこまで酷な事は求められていないと思う」
「それもそうですね」
会話をしながら、自然と手を繋がれて歩みを止める。
「どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞だが……」
ヴァネッサがこちらに顔を寄せて小声で囁く。
「デミトリは開戦派の貴族や教会の関係者に襲われる可能性があるんですよね? 私が彼等に人質に取られたら、助けるのが無理だったら見捨ててくれても良いと思ってます……でもデミトリは悩みますよね?」
「当然だろう……」
「それならリスクをなるべく減らした方が良いです。セイジを差し向けたり、回りくどい方法で今後もデミトリと接触しようとするなら今度は私の事を攫ってデミトリを誘い出そうとするかもしれません」
昨日の今日でそこまで考えてくれていたことに驚く。
「王国の保護対象にされてる魅了魔法の使い手だって分かってたら、下手に手出しはできないかもしれませんけど……あんな雑にセイジを送り込むぐらいだし、警戒はした方が良いと思うんです」
「それは……ヴァネッサの言う通りだな……」
「私の加護で私に都合の良いように周りが狂うから、傍にいた方がデミトリも安全なはずです。逆に、私がデミトリの傍にいれば攫われそうになってもデミトリが阻止できる可能性が高いですよね? だから、外出している時は手を繋ぐのが一番安全なんです」
「なる……ほど……?」
納得しかけたが、傍にいれば良いだけで手を繋ぐ必要性はないはずだ。
「どんな異能を持った敵に襲われるか分からないんですよ? 例えば触れた相手や物をテレポートさせる異能を持った人間に襲われたら、手を繋いでないだけで一発アウトですよ」
ヴァネッサが言ったことを想像して、背筋が凍る。
――そういう異能があっても、おかしくない……
「本当は手を繋ぐより、腕を組んだ方が良いと思うんですけど」
「そうすると咄嗟の対応ができない――」
「じゃあ、取り敢えずこのままでいいですね」
押し切られる形で、ヴァネッサに手を引かれながら歩き出す。言われたことを切っ掛けに、異能対策を怠っていた事に強い焦りを感じながらヴァネッサの後を付いて行く。
――教会が動き出したなら本格的に異能の対策を練らないといけない、まずは――
「デミトリ、歩き辛いから並んで歩きましょう?」
「……! すまない……」
思考の海に沈みそうになったが、ヴァネッサに声を掛けられて歩く速度を上げ、彼女の隣に並んだ。
「デミトリは……話し方もそうですけど転生者だって気づかれないようにかなり気を付けてますよね?」
「……この世界でどれだけありふれたものか分からなかったから、自分が転生者だと開示しても得にならなそうだと思っていただけなんだが……話し方が気になるのか?」