「やっとデミトリのおかげで隷属魔法を解いて貰えたのに……今度は、私の事を助けてくれなかった人達に監視魔法を掛けられるの? ニルは、監視魔法は魅了魔法が発動した時に分かるだけの魔法だって言ってたけど……怖いよ……」
震える声でそう言い放ったヴァネッサが、こちらに身を寄せる。
――あの場では保護を受け入れると言っていたが、ヴァネッサは納得していない。色々と考えが甘かった……魔法で縛られる事に対する、彼女の恐怖を軽視していた……
ヴァネッサの懸念は正しい。
国が保護する程危険視している魅了魔法の使い手が、魔法を使ったら分かる程度の監視魔法を掛けられただけで解放されると言われて信じる方が難しい。
魔法を使ったら報告義務が発生するとも言っていたが、保護する程危険視しているのであればそんな緩い縛りしか設けないのも信じ難い。
「すまない、ヴァネッサの気持ちをちゃんと考えていなかった……怖くて当然だ。監視魔法について、調べてみよう」
「でも、どうやって……」
「ヴァネッサの隷属魔法を解除したリディア氏は、元々宮廷魔術士だ。協力してくれるか分からないが、彼女に会えないかギルドと交渉してみる。後、ニルにももう一度ちゃんと保護の事と監視魔法について聞いてみよう」
「……ニルには、聞かない方がいいんじゃ……」
――完全に、王国の事を信用していないな……ギルドは中立だから、そこまで忌避間を抱いていないみたいだが。
「ニルは王家の影だ。言い方は悪いが、ヴァネッサの事なんて二の次で王国の利益を優先しているはずだ。ヴァネッサが心配している様に、俺達はあの場を乗り切るための彼の口八丁手八丁に上手く乗せられたのかもしれない」
「だったら――」
「それでも聞くべきだと思う。俺達を騙すつもりなら、こちらが聞きたいと思ってる事しか言わないかもしれないが……真摯にこちらの疑問に答えてくれるなら、納得の行く説明をしてくれるかもしれない」
「……どうしてそう思うの?」
「ヴァネッサや俺と同じ疑問を持った人間が、過去にもいたはずだ。説得に失敗して保護を受け入れなかった人間も中にはいたかもしれない。ニルが言っていたように本当に王国側が魅了魔法の使い手の事を考えているなら、ある程度保護を受け入れやすいように説明を用意しているんじゃないか?」
ヴァネッサが腕を絡ませながら、顔を腕に埋める。
「あの場で話さなかった時点で、そんな納得できる話なんてないよ……」
――俺の場合……世話になったジステイン達が信用している国だから、考えが若干ヴィーダ王国寄りかもしれない。彼等と関りがなかったら、恐らくヴァネッサと同じ考えに至っていた可能性が高いな……
「分かった、ニルに話を聞くのは止そう」
「……ごめんなさい……」
「謝らなくていい……疲れているだろう? そろそろ休もう」
「うん……」
――俺はジステイン達に不義理を働きたくないから現状に甘んじているが、ヴァネッサは違う。監視魔法の内容次第では、彼女を逃がす方法を考えないといけないかもしれないな……
考えれば考えるほど、監視魔法が伝えられている内容よりも重い制約のある魔法に感じる。ニルが言っていた通りの魔法であれば、保護を受け入れた段階で掛けてしまえば良いはずだ。
――魔法を掛けられる人間か、その方法が限られているのか?
ニルは、現段階ではヴァネッサを王都に連れて行けないと言っていた。監視魔法は王都でしか掛けられないのかもしれない。
――俺はあの場では好き勝手言ったくせに、結局ヴァネッサをニルに預けようとした。ニルに指摘された通り、彼女の人生の責任を取るつもりもなかったのに……自分の正義を振りかざして言いたい放題だった……
腕から伝わってくるヴァネッサの体温が、彼女が生きている事を強く意識させ罪悪感を加速させる。
出会った時は最悪殺しても良いと思いながら、ヴァネッサを魔法で脅した。その後隷属魔法を掛けられていたことに怒り、転生者だと知り、憲兵に虚偽の報告をしてまで助けた。
助けた手前彼女に不幸になってほしくないと思い保護の内容に口出しをしたが……自分の事で手一杯で責任を取れないからと、早々に手放そうとした。
――最低の下衆だな。俺が死にたくないのと同じぐらい、彼女は生きたいと願っているのに……この期に及んで彼女だけ逃がす……? 結局責任から逃れているだけだ。
自分のあまりの身勝手さに吐き気を催しながら、昏い感情に触発された呪力が暴れ出そうとするのを必死に抑える。
「デミトリ……?」
「ヴァネッサ、すまない……」
「なんで謝るの……?」
「俺は……最低だ。でも、もう絶対にヴァネッサを見捨てない」
「急に、どうしたの?」
「さっき言った事は忘れてくれ。一緒に目的を果たせるように全力を尽くす」
必ずヴァネッサを守るという強い意志で、暴れる呪力を制する。
「……ずっと……一緒にいてくれるの?」
「ヴァネッサが望む限り、傍にいる」
――今までは、誰かの人生に関わる事に対して覚悟が足りなかった。自分の目的も、ヴァネッサの願いも両方叶えてやる。
「ありがとう……! ずっと一緒だよ、約束だからね!」
「ああ、約束する」
――いつか、俺は平穏に暮らしたいヴァネッサの枷になるだろう。その時は、彼女に望まれたら彼女の元を離れればいい……それまでは、絶対に彼女を守る。