「なるほど、それで私を訪ねて来たのか」
領主邸の応接室で、ヴァネッサと共にオブレド伯爵と向かい合う。
「急に来てしまって、すみません。」
昨日ヴァネッサにはなんとかなると言ったが、不安の芽は事前に潰しておいて損はない。前触れもなく訪問するのは少し気後れしたが、いつでも相談してほしいと言っていたオブレド伯爵の言葉に甘えて朝一でヴァネッサと共に領主邸を訪問した。
「メリシアに来てから一度も相談に来てくれなかったから、頼りにしてくれて嬉しいよ! ジゼラからも君の活躍は聞いているが、色々と大変だったみたいだな」
「……すみません」
――俺の身柄を預かっている立場からしたら、問題に巻き込まれすぎていて気持ち良くはないだろうな……
「気にしないでくれ! 早速だが質問に答えよう。ニルは王家の影で間違いない」
真っすぐとこちらの目を見ながら、力強くオブレド伯爵が言い切る。威風堂々とした居ずまいで、嘘を付いている様には見えない。
「そこにいるヴァネッサ嬢は、魅了魔法が使えるんだったな?」
「っ! はい!」
昨晩の内に今日の予定をヴァネッサに伝えておけばよかったと後悔する。急に伯爵と対峙することになり、貴族と今まで関りのなかったヴァネッサはかなり緊張している。
「私がニルに魅了魔法で操られていない確証がない以上、二人は私が何を言っても心の底から安心できないだろう? 試しに、私に魅了魔法を掛けてもう一度質問してみてくれ」
「オブレド伯爵!?」
オブレド伯爵の唐突な提案に驚きを禁じ得ない。彼の立場で魅了魔法を掛けられて良い訳がない。
「貴族や為政者、それに王家の影なんかは回りくどいやり方ばかりで信用できないだろう? 私はそれに嫌気がさして、本当は伯爵家を継がずに冒険者になりたかったんだ。ジゼラとも、家出して冒険者として過ごしていた時に出会った」
――さらっと凄い事を言っているが……考えてみれば出会った時から、オブレド伯爵は直情的な印象を受けた。俺もそこまで貴族と絡んだことはないが、貴族らしからぬ気質だとは思っていた。
「腹の内を探り合うのではなく、腹を割らないと本当の意味で信頼関係は築けない。そこら辺は、普通の貴族よりも理解しているつもりだ」
「だとしても、魅了魔法は……」
「私は政治は得意じゃないが、代わりに友人に恵まれている。デミトリ君の事を私に任せてくれた親友のアイカーが、君を信用してるんだ。であれば、私はデミトリ君が守りたいヴァネッサ嬢の事を信じる。魅了魔法を掛けてくれ」
ヴァネッサと顔を見合わせて、どうすればいいのか悩む。
「本当に、良いんですか……?」
「勿論だ。後、他に誰もいない時はそんなにかしこまらなくても良い。ジゼラと話している時みたいに話してくれ」
「……分かった」
「あの、私はまだ魔力をちゃんと制御できません。加減を間違えてしまったら大変――」
「構わない、思う存分掛けてくれ!」
終始戸惑った様子だったヴァネッサが、オブレド伯爵の一声で意を決して魔力を練り始める。
――一日指導を受けただけで、大分魔力操作のコツを掴めているみたいだな。
ヴァネッサの魔力が揺らいだのを感じる。
「……もう一度聞くが、ニルは本当に王家の影なのか?」
「その通りだ。君達が彼の誘いに応じて王家の影になった場合、酷い扱いを受けることも当然ない。今言ったことが全て事実だと、ビエル・オブレドの名に誓おう! ……時にヴァネッサ嬢」
「はい!?」
「君は素敵な女性だが、私にはジゼラと言う将来を誓い合った素晴らしいパートナーがいる。君の気持ちには応えられない」
「ヴァネッサ、魔力を止めてくれ!」
「は、はい!」
慌てながらヴァネッサが魔力を収めると、先程まで若干緩んでいたオブレド伯爵の表情が元通りになる。
「ほう……魅了魔法に掛かっても私のジゼラへの愛は不滅のようだな!!」
「……そうみたいだな」
以前も俺の前でギルドマスターと自分達の世界に入っていたが、オブレド伯爵の彼女への気持ちは本物らしい。
――魅了魔法に掛かっていたとは思うが、不完全な形だったのか? 確かギルドマスターの執務室でヴァネッサが無意識に魅了魔法を発動した時、ギルドマスターは魅了に耐えていた。心の持ちようで掛かり具合が変わるのかもしれないな……
「いやー、いい経験が出来た! 今度ジゼラに自慢しないといけないな!」
――俺達としては信頼を得るためにしてくれた行動に感謝しかないが、ギルドマスターに伝えたら怒られるような気がするが……
ギルドマスターとオブレド伯爵の過去のやり取りを思い出し心配していると、オブレド伯爵が懐から見慣れた小包を取り出しこちらに差し出してきた。
「ジゼラで思い出したが……これを受け取ってくれ」
「受け取れな――」
「デミトリ君の状況については報告を受けてる。ヴァネッサを保護するために二人部屋を借りたのに、依頼も受けられずに待機させられているんだろう? 私から金を渡されると、国の紐付きにされているようで気持ちが悪いかもしれない。だが亡命した君の身柄を預かった以上、援助する義務が私にはある。私を助けると思って受け取ってくれ」
「すまない……ありがとう」
小包を受け取ると、オブレド伯爵が見るからに上機嫌になった。
「君の現状について、アイカーにも共有しておくべきだな。ニルから接触があったのであれば、彼経由でも王都に報告が行くと思うが……私も事情を把握してる旨を報告しないといけないな。デミトリ君達の方で共有してほしい事があれば、一緒に報告できるが何かあるか?」